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中学時代のウーの記憶

 中学生の頃、私は学校で他の生徒達から嫌われていた。

嫌われる原因は自分でも分かっていた。
当時から私は集団行動が苦手で、友達の輪の中にも絶対に入ろうとしない人間だったからだ。
そればかりか、周囲の生徒達を敵視するような刺々しい態度が、よけいに私の孤立を深めていたと思う。

しかし、私がどんなに冷たくあしらっても、いつも同じように普通に接してくれる優しい男子生徒が1人いた。

同じ学年の「ウー」と呼ばれていた生徒だ。


彼が「ウー」と呼ばれる理由は、2つあった。

1つは、『ウルトラマン』に出てくる「ウー」という怪獣に顔がちょっと似ていたから。

そしてもう1つは、脳に少しだけ障害があるらしく、彼は事あるごとに「ウ~ウ~」と小声で唸り声を上げるクセがあったから。

そんなウー君が他の生徒達からのいじめに遭っていることは、私も気づいていた。
が、とくに何も対応しなかった。

かわいそうだなとは思っていたが、自分が他人の問題に絡まれることは避けたいという意識が強かったからだ。
私のような傍観者は、いじめる側よりも罪深いと思う。


あれは 高校受験を間近に控えた夕暮れどきのことだった。

校庭の片隅で、そのウー君が集団に囲まれているのを見た。
ウー君がしぶしぶ財布を出して、彼らに取られているのが分かった。

私はそのまま一旦は通り過ぎたのだけど、もう一度引き返して、その集団に近づいていった。

「おい、やめろ!」
気が付くと、私は集団に向かって怒鳴っていた。
いつもは他人と関わらない自分が、どうしてそのときはそんな行動をとってしまったのか、私自身にもよく分からない。

集団の視線が一斉に私に向けられた。

「はあ、なんだ、おらぁ?」
その集団の中心から卒業生とおぼしき革ジャン姿の高校生ぐらいの男が反応すると、次の瞬間にはあっという間に今度は私が集団に囲まれていた。

そして、あたりまえのように彼らに財布を要求されて、むりやりにもぎ取られた。
なんてことはない、私が自ら追加料金を彼らに払いに行ったようなものだ。

けれども、それで終わりではなかった。
その集団のなかにいた甲高い声の男子生徒が、私を指さして革ジャンの男にこう告げ口した。

「こいつ、すげえ生意気なヤツです!」

それは、リンチのための口実だったのだと思う。

それから一瞬の静けさの後、いきなり革ジャンの男が無言で私を殴ってきて、他の連中も雪崩を打つように私への殴る蹴るの集団暴行が始まった。


どれだけの時間が経ったのかは憶えていない。

気がついたら、私は校庭の隅で泥まみれになったボロ雑巾のように転がっていた。

集団の姿はもうなかったが、私の隣りにはウー君が私の様子を心配そうにうかがいながらペタリと座りこんでいた。

口の中が切れていたらしくて、血の味がしていた。
全身がじんじん痛くて、体を起こそうにもなかなか自由に動けなかった。

「ウ~ウ~、ど、どうせやられるんなら、
 ぼ、ぼくのほうだったら、よかったね~」

ウー君が確かにそう言ったのを憶えている。

そのとき、はっとした。
(ウー君に心を見透かされている…)と、気づいた。

まもなく高校受験を控えている自分が、どうしてこんなにも殴られなくちゃいけなかったんだ。
殴られる相手は、受験する私じゃなくて、進学しないウー君だったらよかったのに…。

心のどこかで私はそう思っていたと思う。
そういう私の薄汚れた本心を、ウー君はおそらく見抜いていたのだろう。

卑しい自分が恥ずかしくて、わざと私は「ヒャッヒャッヒャッ…」と、いきなり気が狂ったように笑ってやった。

ウー君が目をまるくして、じっと私を見つめていた。

「ほっといてくれ!
 俺は殴られるのが趣味なの!」

私は大袈裟にそう言ってやると、全然痛くないフリをしながらなんとか立ち上がって、そそくさとその場を立ち去った。

ウー君が呆然と私を見送っているのを背中に感じていた。

だけど、私は振り向きもしなかった。
もし、振り向いて目を合わせたら、ウー君に自分の弱さを見透かされてしまいそうな気がしたからだと思う。


そのウー君も、今頃はどこでどうしているのだろう。

知る由もないけれども…。