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初詣
正月は、元旦の夜にアカリママ・マナミ・ルリナ・私の4人で食事会をしたほかは何もイベントを入れなかった。
家の中で本を読んだり、映画を観たり、音楽を聴いたり…。
いつもと変わらない時間が流れていた。
そんなときに突然、マナミからショートメールが入った。
「この近くに人がいない初詣の場所はありますか?」
何だろう、その質問は。
私は ChatGPTじゃないぞ。
・・・と思いつつも、頭の中を巡らして(あ、そういうことか!)とすぐに質問の意味に気づいた。
マナミとルリナにとっては、この田舎町に引っ越して来て初めて迎えた新年なので、まだ初詣の場所も知らない…ということだ。
しかも、娘のルリナは人混みが苦手なので、参拝客がほとんどいない初詣の場所を探しているのだろう。
それは確かに地元の人間にしか訊けない質問だ。
「ここは過疎地なので、近くの寺や神社はどこも人がいません。」
・・・と返信しようとしたが、それでは態度が冷たいかと思い直した。
そもそも近くの寺や神社を地図で探すところからマナミは始めなければいけないことになるだろう…ということにも気づいた。
しかも、マナミは車を持っていないので、バスの路線や時間も調べて行かなければいけないことになる。
これは暇な私が案内したほうが早そうだ。
「もしよろしければ ご案内しましょうか?」と送ってみた。
すると、すぐにマナミからお礼の返信が飛んできた。
顔文字入りで喜んでいるようだ。
そして、マナミとルリナを連れて3人で初詣をすることになった。
例年はあんまり私は初詣をしていなかったので、今年はこれが私にとっても初めての初詣となる。
車でマナミとルリナをピックアップしてから、ドライブがてら山の上の神社に行ってみた。
この辺りの地域は冬でも雪がほとんど降らないので、山頂のほうも問題なく車で行くことができる。
しかも、そこなら本当に人がいない。
神社としてちゃんと成り立っているのか心配なくらいだ。
着いてみると、予想どおり駐車場にもほとんど車がなくて、参拝客はまばらだった。
山の上から見下ろす景色がいいので、マナミとルリナが喜んでくれた。
神社に着いても、今にも崩れそうな古ぼけた本堂の前に賽銭箱があるだけで、正月らしさはほとんどない。
お守りを売っているはずの社務所も閉まっていた。
きっと人手不足なんだろう。
辛うじて無人のおみくじがあったので、木製の小さな賽銭箱にお金を入れてルリナに引かせたら「末吉」だった。
「末吉って何?」
と、ルリナが少しいぶかしげな顔をして訊いてきたので、私がこんな説明をしてやった。
「これからどんどんいいことが増えていくってことだよ…」
そしたらルリナは嬉しそうに頷いていたので、ちょっとほっとした。
神社の階段が意外にハードだったのか、帰りはルリナが杖代わりに私のジャンパーの袖の部分を握りしめながら下りていた。
すれ違った老夫婦がそんな私達を見て笑顔で会釈してきた。
きっと私達のことを普通の親子だと思っただろう。
なんとなく一瞬だけ本当にルリナの父親になったみたいな…、なんだか不思議な気分だった。
それも悪くない。
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