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息を吐いてから、本を読んでみる|本

三週間以上前に買った本がある。

この本は、ある人からデザインの勉強にと紹介された一冊。
紹介された時はまだ会っていなくて、その後会うので買った。

『かたちの詩学』(向井周太郎著)

本が届くと正直驚いた。
あまりにも本の装いがすごくて、封を開けるのをためらってしまった。
深呼吸してから、じっくり読む態勢になってから、封を開けようと決めた。

ある人に会った時にこの話を伝えると、「確かに装いがね」と言われた。
決めてから10日ほど経って、封を開けて読み始めた。

なかなか、ページをめくるスピードが速くならない。
文章があまりにも面白くて、立ち止まって感じながら読むから進まない。
このような本は久々だ。

ふと振り返ると、装いだけで読むことにひるんだ本が何冊かある。

頭にまず浮かんだ一冊が、この本。

『ゲーデル、エッシャー、バッハ あるいは不思議な環』(ダグラス・ホフスタッター著)

ゲーデルは数学者で、エッシャーは画家で、バッハは音楽家。
エッシャーのあの絵は誰もが一度は見たことがあると思う。
バッハの音楽も、学校で誰もが聞いたことはある。
ゲーデルの数学・・・、多くの人は知らない。

ただ、数学と美術と音楽に共通するのが、不思議な環だと。

いろいろな本で紹介されていたので、正直高かったが買った。
こちらも届くと、辞書のように本を収める段ボールがついていた。
その時点でひるんでしまった。

そこでいつものように本の帯を捨てる感覚で、その段ボールを捨てた。
捨てることで、何とか本と対面することができた。
二回読んだが、自分が不思議な環の中にいるような感じだ。

他にも何冊か、読むことにひるんだ本がある。

次の三冊は、大学院の授業のテキストとして買った本たち。

『コトラー&ケラーのマーケティングマネジメント』(フィリップ・コトラー著)
『ビジネス統計学(上・下)』(アミール・アクゼル著)
『コーポレートファイナンス(上・下)』(リチャード・ブリーリー著)

今まで買った本の中で、
  『マーケティングマネジメント』が一番高く、一番分厚い。

確か先生も本を枕にできると言っていたが、それぐらいの厚さがある。
試しにしたが、堅くて寝れなかった。

大学院で最初に買った本でもあり、大学院らしいと思ってワクワクした。
残りの二冊は、単純に量が多い。

その後は、2014年に発刊されてすぐ買った、次の本もある。

『学習する学校』(ピーター・センゲ著)

この本も分厚かったが、一週間で読むと心に決めて読み切った。
心にまで決めて読んだ本は、もうない。
知人に譲った、というか・・・。

その後に、好きな経済学者のアダム・スミスの一冊。

『道徳感情論』(村井章子・北川知子訳)

この道徳感情論に関する本は、何冊か持っている。
この本と同じような訳本(高哲男訳)も持っている。
本が大きく分厚いだけで、ひるんだ。
哲学書に近いので、言葉を理解しようとするから読み疲れる。

最後の一冊が、この本。

『心の社会』(マーヴィン・ミンスキー著)

この本も別の本で紹介されていて、興味を持って買った。
ちょうど、心理学に強い関心があった時期だったと思う。
人工知能の第一人者の科学者が心を紐解くことに、強く惹かれた。

この本も分厚く、重たかった。
ページをめくると二段書きで、その時点で心が折れそうになった。

ひるんだ本は、読み切ったことだけで満足していた。
理解しようと思ったが、当時は理解しきれなかった。
何とく、言わんとすることは感じたが、そこまでだった。

今一度、本を読んでみようかと思う。
少なくとも、今はひるむ気はない。
理解しようという気も実はない。

ただ、言葉を自分の内側で感じるだけ。
言葉を感じて、そこから自分の言葉が生まれていくのを楽しむ。
そういう風に考えると、読むのが苦痛でなくなった。

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