“不満” が “不信” に変わる前に
この文章は、5 年以上前の2013 年11 月に、以前使っていたブログに投稿した内容。改めてnote 用に文章や言葉をリニューアルにしてみることに。
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昨日(2013年11月某日)、ふと疑問に思ったことを綴ることに。
昔から「不満を言うな」ということをよく言われる。私自身も「不満を言わずに、仕事に取り組め」と、よく言われた。加えて、「きっちり仕事しているんやから、不満言わない方がかわいい」とも。
不満を言わず(言えず)に我慢しているといつか、“不信” へと変わっていく。
日本では少ないが、海外では社会の不満がたまり不信に変わったとき、暴動などが起こる。近年(2013年当時)起こっているアフリカでの改革も、ひとりひとりの不満がたまり、政治への不信がピークに達して、改革という行動を起こした。
「不満が不信に変わるのは、どういう時か。」
満足できていない状態が “不満” で、信用できない状態が “不信”。
「何をもって信用できなくなるのか。」
自分だけでなく他にも、同じような体験や経験、意見、思いをもつ人たちを知ったときに、不満が不信に変わる。不満に共感共鳴したときに、不信に変わるのかもしれない。
「では、不満や不信を取り除くパワーは同じか。」
失った信用を取り戻すことは、とてつもなく難しい。よく言われるのは、信用を得るまでの二倍と言われる。単純に、0からプラスの信用を得るまでと、マイナスの不信からプラスの信用を得るまでを比べると、二倍になる。しかし、実際は二倍どころではない。このことを知っている人ほど、信用信頼を裏切らないようになる。
しかし、不満を解決するのは満足を与えるだけでなく、不満を聞くことだけでも和らげることはできる。ただ不満を聞く側にとってはなかなか辛いものがある。
私は不満を言う方だったが、不満をよく聞かされる方でもあった。「ちょっと聞いて」と言われて、職場や私の所属していた経理部や会社などの不満などをいろいろな人から聞かされた。時には何度も同じことを。
一度、経理処理の解決策を聞かれていると思い、答えの解決策を伝えると怒られた。「答えも教えてほしいけれど、それよりも、話(愚痴)を聞いてほしい。」と。
そう、相手の求めていることは二つ。
● 答えは当然ほしい
● それ以上に、愚痴をただ聞いてほしい
ネット社会になり、不満を耳(目)にする機会は大きく増えた。不満な人同士がつながる機会も増えた。その不満がつながったとき、とてつもないパワーとなって襲ってくる。
炎上もひとつの不満がたまった状態で、炎上しない対策ばかりみんな考える。しかし、炎上は必ず発生する(といっていいのか微妙)ので、炎上しないのではなく炎上してからの対策の方が効果はある。
炎上を解決できれば、不信の炎を消すことができる。不満を聞く仕組みがあれば、不信になる前に手が打てると思う。ネット社会で不満から不信に変わるスピードは、大きく早まった。だからこそ、不満を聞く仕組みが必要になる。
例えば、アンケート。
満足度をはかっているが、これは逆に、不信を煽ることにもなる。それは、気づいていなかった不満が、掘り起されるから。不満を聞く仕組みはまた、信頼を得る仕組みになる。
「不満を言うな」から「不満を言ってください」という姿勢こそが、行政や企業などに求められる気がふとした。
2019年の今から5年以上前に書いた文章だけれど、いまだに同じことが繰り返されている。わかっていない訳ではないとは思う。わかっていても、行動に移せない何かをこれから考えていきたい。