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店のメニューにはない「タラコスパゲティ」を注文できる人になるまでの話。

有名な料理にはそれなりに、客にまつわるエピソードがあるものだ。

ポテトチップスは「ジャガイモをできるだけ薄く揚げろ!できるだけだ!」と言った客に、店が意地になってフォークでさせないほどの薄さで揚げて出したら逆に喜ばれてしまってできた、とか。

ラーメンの麺が残っていたので、店員がまかないとして、濃い汁でモリソバのように食べてたら、客が「それうまそうだ、俺にもくれ!」と言われ「つけ麺」が誕生した、とか。

スパゲティ屋で「キャビアでパスタを作ってくれ!」と頼まれて作ってみたら美味しかったけど、さすがに高いからタラコを使い始めた結果タラコスパゲティが看板メニューになった、など__枚挙にいとまがないのだが、今回はそんな「タラコスパゲティ」にまつわる話だ。

うらやましい。僕も、そんな客になってみたい。新メニューを考えるのはまだまだ難しいから、せめて「食べたいけど、メニューにないもの」をお願いできるくらいにはなりたい。でも、お店から嫌われるような「ただのワガママな客」になってしまってはいけない。いかに「お店の人から嫌われずに目標を果たすのか」を追い求めるのが正しい「ワガママ常連客道」なのである。おそらく。

家から歩いて2分のところに、イタリアンレストランがある。地域に根づいた、いわゆるトラットリアというやつだ。僕はイタリアンが大好きなので、この店にはちょくちょく行っていた。しかし、僕の大好きな「タラコスパゲティ」は和風に属しているせいなのか、メニューに無いのだ。朝起きて、どうしても「タラコスパゲティ」が食べたい気分のときは、バスに乗って大きな街まで出ていっていた。好みのタイプのタラコスパゲティじゃないと、満足できないのである。

僕は目標を決めた。このイタリアンレストランの主人と仲良くなって、いつか、僕の一番好きなレシピで「タラコスパゲティ」を特別に作ってもらえるくらいの常連になろう。そして、周りのお客さんがメニュー通りの「ボロネーゼ」とか「ボンゴレ・ロッソ」を注文している横で、一人「タラコスパゲティ」を食べるのだ。

さて。仕事柄、自分でだいたいの休みを決められるのは幸いした。「今日は休みにしよう」と決めたら近所のコンビニに行き、雑誌の「Dancyu」を買って小脇にはさみ、目標のイタリアンレストランに行く。12時過ぎに行ってはいけない。11時半の開店と同時に入る。そして、毎回同じ席に座った。常連というのはおそらく毎回同じ席に座るものなのだ。そして、この席はホールの全てが見渡せる”はじっこ”の席である。

「Dancyu」は「食べることが好きだ」というせめてものアピール(もともと愛読誌だが)であり、11時半に入るのは「混んでるときに入店しない」という自分ルールである。全てが見渡せる席に座るのは「他の注文が立て込んでいないか(自分の注文が手間にならないか)」をその都度確認するために、である。そして、メニューを持ってきてくれた店員さんに「あ、メニューはまだ良いです。おすすめの白ワインを、グラスで。」と頼んだ。

「謎な人」の演出である。平日の昼間、開店直後に来て、白ワインを飲みながら雑誌を読んでいる事自体が、あまり普通ではない。いつしか12時の”ランチ客”が一斉にドアから入ってくる。しかしそれでも構わずただ黙々と白ワインを飲み続けるのだ。(追記:ちなみに僕はワインだけ飲んでいるのがそもそも大好きである。つまみはなくても良い。ボトルで頼まないのは、いろんな種類を出してくれて楽しいからだ。)

もう一つの自分ルールがある。「(忙しいときは)ワインのおかわりをこちらから要求しない」というものである。僕のワイングラスが空なのを店員さんが気づいてくれないのは忙しくて余裕が無いからであって、そんな時に私なんぞのワインのおかわりなんて要求しては申し訳ない。あちらから気づいて頂けるまでただただ待つ。店員さんは僕がチェーンドリンカー(絶えず飲みつづける人)なのはすでに知っているので、気づいたらすぐに次のワインを注いでくれる。

杯数にして7〜8杯。良い具合に酔っ払ってきたところで時計を見ると13時半。すでにピークは過ぎ、オーダーは落ち着いたようだ。ここで最後にかっこよくアーリオ・オーリオを頼む。「なんだか分かってる人のような気がする注文」がアーリオ・オーリオ・スパゲティなのだ。

食べたあとはおもむろに立ち上がり、お会計。6000円位である。ランチの値段としては高すぎだが、その分もう夜は外に食べに行かない。無論現金で払う。カードだと手数料が店の負担になってしまうからだ。「店として都合の良さそうな客」と思われる行動を、数え役満のように寄せ集めた人間になってみた。

毎週1回、これを続けてみたところ1ヶ月経った頃、ついにとある変化が起きる。僕が入店したときの掛け声が「1名様ご来店で〜す」から「はい、じゃあ◯◯さん(本名)で〜す」に変わったのだ(※ちなみにこの「はい、じゃあ」というのは店員さんの口癖である)。名前は以前ここで手書きの領収書をもらったから知ってくれたのだろう。この掛け声がキッチンに伝えられると奥の部屋からノシノシと店長が出てきて、注文しなくても勝手にワイングラスが置かれ、白ワインが注がれるようになった。「今日も同じ感じで大丈夫ですか」と聞いてくれる。<よし…この調子だ…>と心のなかで思うが「ええ…」とだけ、淡白に答えておく。まだ調子に乗ってはいかんのだ。

そんな生活を3ヶ月ほど続けた。

とある土曜日の深夜。僕が近所を歩いていると、どこからか僕の名前を呼ぶ声がした。振り返ると、その店の店長だった。しかしもう閉店している時間だ。「どうしたんですか!」と横断歩道越しに聞いたら「いま店員みんなで店の中でワイン飲んでるんです。よかったら一緒にどうです!?」と言ってくれた。「いやいや、そんな、閉店してますし!」と答えると「いいんですいいんです」と、中に入れてくれた。お店の人はみんな適度に酔っ払っていた。

お店の人たちが一人ひとり、自己紹介をしてくれた。いつも名前を知らなかった人の名前がようやく分かった。そして「先日はフルーツをありがとうございました」と、お礼を言ってくれた。そう、僕は何か地方に用事があるとその土地のお土産を買って、いつもの通りワインを飲みながら「これ、もしよかったら…」とお渡ししたりしていたのだ。

お店の人が僕に「不思議すぎてどういう人なのかめっちゃ気になってました」などと軽口が出るほど酔っ払っていることを確認して、ついに僕は切り出した。

「僕…あの…実は、タラコスパゲティだけは遠くに食べに行ってるんですよね…タラコスパゲティがもしあったら、僕はもうこの店以外行かなくなっちゃう!笑」

「え!そんな、全然言ってくださいよ!作れますよ!タラコありますし!笑」

… 苦節(?)数ヶ月、こうして僕はこの店で念願の「タラコスパゲティ」を食べる権利を授かったのである。チャチャチャチャーラーチャッチャチャー(レベルアップの音)


その後、タラコスパゲティがグランドメニューに載ったかどうかは、僕と店長さんだけの秘密。(紅の豚のラストシーンのように)

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その後僕はこの店長さんとめちゃくちゃ仲が良くなり、今度一緒にお蕎麦屋さんに行く予定だ。あれから数年経つが、今回お話した「タラコスパゲティを作ってもらいたいがために」のエピソードを以前ぶっちゃけたところ、大笑いして「もうちょっとジラせば良かった!?」と言ってくれるほどになった。

今でも休みの日には11時半にお店に向かい「店長〜!今日は目玉焼きにトリュフかけたの食べたい〜!」などと言っている。「お、白アスパラ一緒に焼いてだそうか?」などと返してくれる。そして毎回買っていた「Dancyu」は、お店が定期購読して書棚に置いてくれるようになった。

僕は多分、憧れの常連になれたのだ。

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事務員G
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