1999.3.17〜22年後の奇跡
22年前の1999年3月17日、彼の最後の勇姿となってしまったダイオライト記念を私の愚の選択により見に行けなかったのをずっと後悔していますが、この先はもう後悔したくないのでせめて「奇跡が起きる妄想小説」を書いてみました。
この日記を読んでない方には全くわけがわからない内容の小説になってしまうのでお手数ですが読んでない方はこちらを先にお読みください。
2021年2月21日、アブクマポーロ 死亡 29歳
忘れられないあの日の後悔が押し寄せる…
「神様お願いします!私にもう一度1999年3月17日をやり直させてください」
Twitterとnoteにつぶやいたところでどうにもならないのに…
…
…
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「えっ???」
朝、目が覚めた私は驚きのあまり飛び起きた。
ここは東京の自宅の私の部屋だ、しかもカレンダーは1999年3月…
枕元に置いた携帯を見ると、ガラケーなのはもちろんauじゃなくてIDO?
開いてみると3/17 wed 7:45と表示されている…
ああ、電話と時計と同じ携帯会社同士のショートメールのみしか機能がないやつだ…
鏡を見ると27歳の時の私がそこにうつってる!
わお!やったぁ、シワもないし肌もまだハリがある!
なーんて喜んでる場合じゃないんだよ、私は1999年3月17日にタイムスリップしたようだ。
そして27歳の時の私を乗っ取ってる状態になってるってことなのかなこれは。
あのつぶやきの願いが叶ったのだとしたらこの奇跡は今日一日だけだろう、よし!もう二度と後悔しないように善は急げだ。
まずは仕事でもうこっちに向かっているだろう義母の携帯に電話しなきゃ
「昨日の遅い時間に20日の結婚式に来られない友達から今日会えることになったから渡したいものもあるし会えないかって電話があって急遽会うことになったんですよ、その友達、千葉に住んでるのでそこから東京駅まで行って新幹線でそちらに向かいます、せっかく迎えに来て頂けるということだったのに申し訳ありません、ちょっと遅い時間になるかも知れませんが20時までにはそちらに着きます、夕飯も食べてくると思いますので…本当にすみません」
了解してもらえた、船橋競馬場は千葉県だしそこは嘘ついてない、うん!
あとは前の旦那だ…まだ始業前だから電話できるな、急ごう
「お〜こんな早くにど〜した?親父とお袋迎えに来るの昼過ぎだろ〜」
うわー!22年前のこの人の話し方と声のトーン、ますますもって多井隆晴プロに似てるなぁ…
最近の方がもうちょっと落ち着いた話し方だわ、と言っても今は年に2〜3回電話で話す程度だけど。
「あのね、私はダイオライト記念を見てからそっちに行く、さっきお義母さんには電話して結婚式に出られない友達に会うことになったからってお迎え断ったの、ちょっと遅くなるかも知れないけど20時には着くとも言っといたから」
「ちょっと待てよ!なに勝手に決めてんだよ!俺に恥をかかせる気か?」
「今日行かないと私は絶対一生後悔するの、申し訳ないけどこれだけは譲れない、あなたから何を言われてもポーロ様に会いに行きます」
「後悔するとは限らないだろ!アブクマポーロは今年も現役続行するって言ってるんだし、それにもし俺が友達に会うのは嘘だと親父とお袋に本当の理由を話したらお前は今後うちの親とギクシャクするぜ、その方が後悔するんじゃないか?」
「例えそうなっても構わない、行かないで後悔するよりも行って後悔したいの」
「なんか、今日のお前はいつもと違うな…そんな腹括ったかのように淡々と動じない喋り方するの初めて聞いたよ」
そりゃそうよ、今あなたと喋ってるのは49歳の私だもの。
「とにかく何時の新幹線に乗るか決まったらまた連絡するから」
「わかった、色々言いたいことはあるけどそれは会ってからだな、とりあえず会ったら覚悟しとけよ」
さぁ、そろそろ出よう。
でもその前にどうしてもしなきゃいけないことがあるんだ…
一階のリビングに降りていく
父がいる…
自営でタイル屋をやっているので平日の朝も家にいるのだ。
パパ…生きてる……
涙が溢れそうになるのを必死で堪えた。
私にはもう一つ、後悔していることがある、それは長野に来てからもほぼ毎年東京に行って父と飲みに行っていたのに最後の3年間は会わずに電話とメールだけのやり取りになってしまっていたこと、別に喧嘩をしていたわけでもなかったのに…
「パパ、もう職人さんもみんな現場に向かったから時間空いてるでしょ、ちょっと飲もうよ!」
冷蔵庫から缶ビールを取り出し、二つのコップに半分にして注いで一つを父に渡した。
「よし、ちょっとくらい飲むか!乾杯」
「乾杯!」
こんなことで会わなかった最後の3年間が帳消しになるわけじゃないけどやっぱり嬉しい。
「今日は結婚式に来られない友達とこれから会ってからそのまま長野に行くことにしたからあちらのご両親のお迎えはお断りしたんだ、だからもうちょっとしたら出るね」
「そうか、パパ達は明後日行くからな」
「うん、あっ!そうだ、一緒に写真撮ろうよ」
母に撮ってもらおうと携帯を渡した…
「えっ?ちょっとこれ携帯じゃないの、どうやって写真撮るのよ〜」と笑う母、つられて笑う父。
そうだ、これ昔の携帯だったね、カバンの中に使い捨てカメラがあるはずだ…やっぱりあった、大体持ち歩いてたからね。
「間違えちゃった、これね」
「はーい、チーズ」カシャッ!
「じゃ、行くね。明後日待ってるよ」
さぁ、22年前の忘れ物を取りに行こう!
船橋競馬場到着、まずは特別観覧席を取るところから。
彼がレースに出る時は必ずそうしていた、指定席だから席を外す時に新聞などを置いて席取りをしなくてもいいし、ゴール板近くなのでレースの時の迫力が半端ない、そしてなんと言っても室内で冷暖房完備だから快適なのだ。
さて、私の席はここか…
やっぱり平日だけあって午前中は空いてるなぁ。
と思ったら私の隣の席にもう誰か来た…
その瞬間、27歳から今までの記憶がすべて消えていた…
「ん???だって私は27歳なんだからそれ以降の記憶があるわけないじゃん、未来の記憶があるならそれこそ馬券当たり放題でウホウホだよ、何考えてるんだ私」
…
…
…
「つも、8時過ぎたからそろそろ起きようか」
旦那に起こされる
「えっ?やばい!大遅刻」
「いや、今日は3月17日水曜日でダイオライト記念、あの22年前のダイオライト記念と同じ日にちと曜日だからワンチャン船橋まで行けたら行きたいねって一緒に有休取ったでしょ」
「あっ、そうだったよね。首都圏の緊急事態宣言再延長しちゃってまだ無観客競馬だから結局行けなかったけど2人でゆっくり過ごすのもいいよね」
そう、1999年3月17日水曜日にダイオライト記念
そして今年2021年も3月17日水曜日にダイオライト記念
あの当時の写真なんかないかな…あっ!
「ねぇ、ダイオライト記念に行く直前にパパと撮った写真が出てきた!」
「ホントだ、お義父さんもつもも若い!そして2人とも嬉しそうだね」
「なんかこの写真撮ったのがついさっきのことみたい、不思議」
「そういえばあの時のダイオライト記念の話って全然話したことなかったよね、あの日からちょうど22年経ってるのになぜか本当につい最近のことみたいに鮮明に覚えてる、不思議」
「そういえば聞いたことないね、行くつもりだったのに17日の夕方には長野入りしろって言われて、了解したフリをして当日船橋に行って『今船橋にいる、レースを見たらすぐそっちに向かう』って電話しようと思ってたのに向こうのご両親が車でつもを迎えに来ることになって諦めたって聞いてたから行けなかったのかと思ってた。」
「うん、でも諦めたら一生後悔するだろうなって思い直して、当日の朝ご両親に電話して結婚式に来られない友達に会うことになったのでってお迎え断ってから前の旦那に『船橋行くから、これだけは譲らない、見終わったら行く』って電話した」
「えーっ、じゃ長野ついてから揉めたんじゃないの?」
「と思うでしょ、それがね…」
私は旦那に22年前の船橋競馬場での出来事を話し始めた。
…
…
…
私の隣に座ったのは同年代と思われる男性、初めは私も隣の人も無言で黙々とレースの予想をしたり、馬券を購入したりしていたが徐々に「次のレース何買います?」「◯番と△番がいいと思うけど…」とお互いの注目馬を聞き合っているうちに仲良く会話し始めた。
これ競馬場あるあるですね、隣の人と仲良くなる、そして盛り上がる!
時には近くの席の人みんなで盛り上がって酒盛りに発展することまであったなぁ。
そして、お互い名前も連絡先も聞くことはなくすべてのレースが終わると「じゃまたどこかの競馬場で会いましょう!」とそれぞれの帰路につく、こういうのも競馬場での楽しみの一つなのである。
もちろん、その後その人達とまたどこかの競馬場で出会ったことはないのだが。
隣の人、名前も知らないからこう表記するしかないのだがちょっと味気ないのでお隣さんということで「音鳴さん」と表記することにしよう。
音鳴さんは普段は特別観覧席は取らず、無料のスタンド席にいつも座るそうですが、この時期花粉症持ちには外はつらいということで特別観覧席に来たとのこと。
なんかこの人と話してるとなぜか自然体になれる、なんだろう、この感覚は…
私は音鳴さんにずっとアブクマポーロに恋していること、3日後長野で結婚式を挙げること、旦那から今日の夕方には長野に来い、ダイオライト記念は諦めろと言われたが諦め切れずに強行突破して今ここにいること、間違いなく今旦那はカンカンに怒っているだろう…ということを包み隠さず話した。
「間違ったことはしていない、悪いことしたなんて絶対思わずに長野についたら堂々としていればいいよ」
私の心がフッと軽くなった、そうだ!私は堂々としていればいいんだ。
「そうだよね、ありがとう。なんか気持ちが急に楽になっちゃった、せっかく来たんだから今日は楽しまなきゃね」
「でも俺からしたら羨ましいけどな、うちの奥さん競馬やらないから一緒に行ったりとかしないし」
あら、既婚者だったのね、って私ももう1月に籍は入れてるんだから同じようなものか。
早くもダイオライト記念の一つ前のレースのパドックが始まる時間だ。
「私、次のレースはパスで、ちょっと出かけて来る」
「あっ、トイレの鏡で身だしなみチェックしてダイオライト記念のパドックを最前列で見るんだっけね」
「そう、ポーロ様が出るレースの時はこれがシステムだから、ではいってきまーす」
「いってらっしゃい」
私は鏡の前で願いをかけた
「今日が私の人生の中で一番綺麗な私でいられますように」
普通は3日後の結婚式にそれを願うんだろうけど…
なぜか彼のパドックとレースを見られるのはこれで最後のような気がする…
なら、一番綺麗な姿で彼を間近で見たい!
パドックの最前列に立ち、彼を待つ。
ダイオライト記念出走馬のパドック周回が始まった、彼が私の前を通る…いつものように胸がときめく…
「ああ、やっぱり来てよかった…」
パドックが終わり、席に戻ると音鳴さんが私にビールを手渡した。
「前祝いしよう、本当はダイオライト記念が終わってからがいいんだろうけどレース終わったらすぐ行っちゃうんだもんね」
「ありがとう、さっきパドック見て今日も絶対勝つって確信したよ、だから前祝い賛成!」
「じゃ乾杯!」
「乾杯!」
音鳴さんがじっと私のことを見る。
「ん?どうしたの」
「いや、なんかパドックから帰って来てからさっきより綺麗になったな〜って、お世辞じゃなくて本当に」
「うわ、嬉しい!実はさっき身だしなみチェックの時、鏡の前で私の人生の中で今日が一番綺麗な私でいられますようにってお願いしちゃったの」
「じゃ俺は旦那さんを差し置いて一番綺麗なキミを隣で見ちゃったんだね、悪いことしたなぁ…とは思ってないけどな」
と言ってグイッとビールを飲む音鳴さん
つられて私もグイッとビールを飲む。
本馬場入場が始まりしばし無言で見入る。
ついにレースが始まる…
すごい…ほとんどムチを入れずに馬なりで勝った!
場内に大歓声と拍手が巻き起こる…
ああ、こんな素晴らしいレースを見られるなんて本当に来てよかった、諦めてたら一生後悔しただろう…
涙が溢れ出す…
音鳴さんが私の肩をポンと叩く
「完勝だったね」
「うん!」
まだ大歓声と拍手が鳴り響く
私達はしばし見つめ合いキスをした。
私は3日後に結婚式、音鳴さんは既婚者なのに不思議と全く罪悪感はなかった、むしろ清々しい気持ちで一杯だった。
「もう行かなきゃ」
「いってらっしゃい、楽しかったよ」
「私も!」
最後までお互い名前も聞かず笑顔で別れた。
多分もう二度と会うことはないだろう、なのに寂しさは全くなかった、なんだろう、この感覚は…
…
…
…
「でね、その後新幹線に乗って、前の旦那が上田駅まで迎えに来てたんだけど改札から出てきた私が『やり切った』って顔して堂々と出てきたから『ああ、これでよかったんだ』って気づいたんだって、だから揉めるどころか『楽しかったみたいだね、よかった』って笑顔で言ってくれたんだよね、あの隣の人のおかげだと思ってる」
ん?旦那どうしたんだ、鳩が豆鉄砲喰らったような顔をしている。
「俺さぁ、今思い出したんだけど、俺もあの日に船橋行ってて特別観覧席に座って隣の女の子と仲良くなってさ、その子はアブクマポーロにずっと恋してて3日後に長野で結婚式でさ、ダイオライト記念終わった後その子とキスした、本当にさっきの出来事だったように鮮明に覚えてるのに何で今まで忘れてたんだろう」
「えーっ?じゃ隣の人って…」
「俺だよ」
「じゃ私達が初めて会ったのは19年前だと思ってたけど22年前だったんだ、でもそれから3年しか経ってないのに何であの時お互い『もしかしてあの船橋での…』って思い出さなかったんだろう、不思議」
「うん、不思議だよなぁ」
「でもあの時不思議に思ってたんだけどそりゃキスしても罪悪感あるわけないよね、だって私達夫婦なんだから」
「あはは、確かに」
「そして別れた後寂しさがなかったのもあの時は不思議だったけどそりゃそうだよね、今夫婦になってるんだから」
私達はしばし見つめ合いキスをした、あの時のように。
「よし、今日はダイオライト記念の馬券買ったらラーメン食べて麻雀行くか!」旦那が言う
「うん、それが一番!」私は答える
素敵な思い出が出来た1999年3月17日(水)2021年3月17日(水)はどんな日になるのだろう。
きっと私達夫婦らしい一日になるのでしょうね。
(完)
あとがきも読んで頂けると涙流して喜びます!