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24/10/18 雨の中のにおい

ベランダの窓を開けたら、雨と金木犀のにおいが混ざっていた。雨のにおいか金木犀のにおいか、考えると曖昧になる。少し独特の甘さに湿っぽさがある。まだ知らない香りに出会えて、目覚めたらばかりの、曇り空のぼんやりのなか、気持ちは寝ぼけながら笑うようになる。

お昼休みに蕎麦を食べに行く。すぐ近くのシェア商店だけど、雨はそれなりに降っているので傘をさしていく。蕎麦屋はシェア商店での営業は今日が最後とのこと。そのことを春にその蕎麦屋に一緒にいった友達に伝えたら、ちょうど忘れ物を取りに行く予定もあったので、一緒に食べることになった。
友達は先に来ていて、店の前のベンチに座って待っていた。最終日もあってか満席だった。友達と外で、前回来たときはうららかな晴れだったけど、今日は雨だねなどと話しながら待つ。店の前に飾られている大きな能面が、お歯黒なことに気づく。傘を忘れそうと言ったら、雨が降っていれば大丈夫じゃない?と言われた。たしかにそうだ。たぶん20分ぐらい、そうして2人でベンチに座って待っていた。

席につく。お品書きを見てぱっと決める。もりそばと名物の鯖の燻製とだし巻き卵を頼む。しかしなんと、鯖の燻製は忘れてきてしまったとのこと。それはもちろんがっかりした。最後なのだから。ただ、今度移転をするらしいのだが、移転先がなんと国分寺だった。国分寺なら自転車で行ける。これからは好きなときに食べに行けるし、飲みに行ける。逆に気持ちは高かく高く飛びあがって踊った。ここの蕎麦は、今日はどこの産地の蕎麦かを教えてくる。たぶん、春に食べた時の蕎麦と違ったかもしれない。今日の蕎麦は弾力があった。食感がしっかりとしていた。力強さに、舌だけではなくて顔が喜んでいたかもしれない。だし巻き卵も味がじゅわっと沁みていてうっとりする。お昼休憩の時間が終わりそうなので、友達に会計を頼み、蕎麦屋を後にする。その後、友達にお会計を教えて欲しいとメッセージを送ったら、いつもお世話になっているので今日はごちそうさせてとのことだった。かたじけない。いつもお世話になってるのは僕なのに。今日はありがたくごちそうになるとして、今度は僕からごちそうさせてほしいと返事をした。

家に帰るまでの道、雨はあがっていたかもしれない。傘をさしたかどうか覚えていない。でも、傘は忘れずに持ち帰っていた。

夕方に小鳥書房に行く。このときは傘を持たずにいったので、雨は止んでいた。今日は小鳥書房で随分とゆっくりした。それは1時間半ぐらいいたという時間的なこともあるが、気持ち的にもゆっくりしていた。店主の落合さん、インターンの方2人と、ゆっくり話す。文章のこととか、小鳥書房で不定期で開催するBAR営業「良夜(あたらよ)」のこととか。
インターンの方の一人が蟹ブックスで手に入れた、蟹ブックス店主の花田菜々子さんの本、『44歳、目的のないイスタンブール一人旅の日記』を読ませてもらう。まず装丁がとてもいい。赤の背景に白い字でタイトルと著者名、たぶんトルコの国旗の色と同じ色使いだろう。表紙の写真はどこかの家か店の前だろうか。植物と雑貨がひしめきあっている。植物の緑が背景の赤といいコントラストを出している。
中は日付の数字だけが手書きなことに、旅情を生々しく感じる。文章は出来事が淡々とつづられていく、車窓から窓を眺めるような、心地よく、気持ちよく流れるように綴られていく。そうかと思えば、急に語尾に内情が現れてくる。また装丁の話に戻ると、文庫サイズかつページ数も少なく、それが手帳のようでよかった。旅と手帳の親和性は想像に容易いだろう。手のひらに旅がある。手のひらにイスタンブールが広がる。あるいはポケットの中にイスタンブールか。
久しぶりに小鳥書房のあたたかい珈琲を飲んだ。しかも今日はウイスキーを少したらして。今日はなんだか、小鳥書房でとてもあたたかい気持ちになった。インターンの方のうち一人が、長いインターン期間だったがついに今日で最後だった。その方が珈琲を入れてくれたのだけど、最後に飲めてよかった。とてもおいしくて、落ち着く味だった。最後に色々とお話をしてくれたことなどお礼を言った。その方も楽しんでくれたみたいでよかった。また今後も小鳥書房とは関わっていくはずだと思うし、来月の良夜も主催としてやるかもしれない。今後もまた、一緒に楽しく話したりできるの楽しみにしている。

小鳥書房から家に帰ろうとしたけど、このまま散歩してもいいなと思った。金木犀の横を通り過ぎて、そのまま大学通り、国立駅方面を目指す。交差点を渡って、木の葉に映った信号の赤が青に変わって、少し歩いたとき、顔にぽつりと雨粒を感じた。今日はもやがかっていた。だけど心は軽い。心は楽しくもやに包まれているようだった。もやは街頭によって灯り、またもやは街頭の灯りを弱めていた。そんな灯りの大学通りを、その光の中を気持ちよく、僕は足取りに合わせて流れていた。たぶん、小鳥書房であたたまったお陰だろう。
一橋大学に差し掛かる頃には、街灯は雨が本降りになっていることを照らしていた。天気予報はいつのまにか雨に変わっていた。地球屋の前で少しだけ雨宿りをして、ちょっとだけ弱くなったところで、引き返した。
大学通りを若い男3人が自転車で走り、角を曲がる。うち2人は網を持っていて、一人は釣竿を持っている。これから釣りに行くのか、その帰りか。
雨に降られたけど、今日は雨のお陰でまだ知らない香りを味わえたのでよしとする。ふと他のにおいは雨の中だと、どんなにおいがするのだろうと思った。例えば僕は雨の中でにおいが変わるのだろうか。もちろん自分のにおいというのは分からないが。雨の中のにおいが気になった。

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