再開発の後、10年代の秋葉原
もう00年代、10年代…そういう言い方に慣れてきた。
2010年以降の秋葉原にアングラは無かった。アニメがメジャーシーンとなる時代に秋葉原という街がアンダーグラウンドにいる理由は無かった。
流れてくるジャンクも、流行る店も廃れる店も、何もかも予定調和の中にあった。この街は最早ディープなオタクのものでなくただ一般のティーンエージャーののものになった。
10年代の到来と共に高校生になった私は電子工作にドはまり…ではなくいっちょ前に高校生ぶってギターを手に取り、持ち前の器用さ(オタクスキル)を活用しエフェクター(ギターの音をロックっぽくする機械)の自作に明け暮れた。
それが今の飯のタネになったのはいいとして、この時期の秋葉原は無味無臭もいいところで、面白いことなど何もなかった。
グレーゾーンのハード(マジコンとかね)の類は既に粛清済み、スマホ関係のジャンクの流通は十分でなく、大手同人販売店の介入もそこまで進んでいなかった。
極めつけは文化のランドマークであるところのラジ館が改装の時期で「今、秋葉原に何があるか?」この問いに答えたれる土壌は無かったと今でも思っている。
昨今のラジデパ復権(最終処分場を筆頭とする代替わり)まで何もなかった。
本当に10年代ってなにも書くことないんですよ。00年代のマジカル上海や三月兎みたいなアングラのヒーローが居なかった。それに加えて有名店の引っ越しが続いたことがトドメになったと思う。
その中でも最後の一打になったのはZOAの跡地に入ったPCNETが閉店したことだと思う。その直後に最終処分場が秋葉原の復権に出るが、私は最盛期への回帰には至っていないと思っている(無論其処に至ってほしいが…)。
最早アングラでもなければサブカルでもない、そうなった秋葉原で誰が何を成し得るというのか…
再び再開発が始まる秋葉原に明日はないのかもしれない。それでも私はこの街から離れられずにいる。