この喪失感すら愛おしい。『ATRI -My Dear Moments-』をレビュー。
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先日、『ATRI -My Dear Moments-』(以下、『ATRI』)というノベルゲームをプレイした。
僕は普段あまりノベルゲームはやらないのだが、ある日、天啓のようにこのゲームの存在が降りてきた。そして、バナーの少女が放つ魔力にあてられた僕は、吸い込まれるようにこのゲームを衝動買いしてしまったのだ。
というわけで、今回は勢いで購入した『ATRI』に一週間以上引きずるほど心打たれたので、この良さを知ってもらうべくレビューを書いていこうと思う。
今回の記事は致命的なネタバレはなしとなっているので、もし『ATRI』に興味を持ち「やってみよう」と思っていただけるなら、これ以上の幸せはない。
『ATRI -My Dear Moments-』というゲーム
『ATRI -My Dear Moments-』は『グリザイア』のフロントウイングと『サクラノ詩』の枕が共同制作し、アニプレックスによるノベルゲームブランドANIPLEX.EXEにより2020年にリリースされたノベルゲームである。
ジャンルは"泣きゲー"。いわゆる、感動で涙が出てしまうようなストーリーを売りにしたゲームである。
こうしたゲーム名や開発元を目にして、「聞いたことある!」と思う方も多いのではないだろうか。というか筆者がそうである。めちゃくちゃそういう分野に詳しそうな雰囲気で書いているがこの男、ノベルゲーム初心者である。
しかし逆に考えれば、そんな僕でも十分に楽しむことができたゲームだったのだから、これからプレイする方も心配無用と言えるのではないだろうか?
もしノベルゲーム初心者で不安だという方でも、安心してプレイしてみてほしい。
ということで、次項から『ATRI』の魅力について話していこうと思う。
美しいグラフィックとサウンドが彩る、ポストアポカリプス的世界観
あらすじでも触れられているが、『ATRI』の世界では原因不明の海面上昇により、地表の大部分が海に沈んでしまっている。主人公・夏生が住む田舎町もまたこの影響を大きく受けており、インフラが十分に整っておらず、電気もろくに通っていない状態だ。水没した家の住民は引越しを余儀無くされ、より便利な都市部へと移住する住民もみられる。その結果、人口は減り続けているのである。
『ATRI』の舞台は、緩やかな滅びを受け容れる「ポストアポカリプス」の世界観に近いといえる。
しかし、そんな実情に反して、皮肉にも、この世界の風景には息を呑むような美しさがある。
ボートに乗らなければ入ることも難しい学校。機能停止し、海に突き刺さるように佇んでいる電柱。潮の満ち干きで水没してしまう道路。滅びゆく世界は美しいグラフィックとサウンドによって彩られており、そのどれもが神秘的で心躍る。
特に、物語の題材となっている海や水の表現は素晴らしい。
作中では潜水艇で海底へと潜るシーンがあるのだが、ここは特に凄い。幻想のような背景と、水圧による軋みや水泡のサウンド演出、そして美しいBGMが噛み合い、ビジュアルノベルでありながらアニメを見ているかのような没入感がある。
『ATRI』の世界観は現代とは大きく違っている。本来、こういった世界観を綺麗に観客に伝えることは難しいことだと思う。しかし本作では、ビジュアルノベルらしい視覚や聴覚へ訴えかける丁寧な世界観描写によって、まるで自分がその場にいるかのような臨場感を楽しむことができる。是非とも自分から世界に足を踏み入れるような、のめり込むような姿勢でプレイしてみてほしい。
遠い存在のようでどこか親近感の湧く、キャラクターたちの魅力
小説でもアニメでも、作品への没入感や愛着には魅力的なキャラクターの存在が欠かせない。そんな魅力的なキャラクターたちの中でも語らずにはいられない存在が、メインヒロインのアトリだ。
アトリは、海に沈んだ倉庫の中で眠っていた謎多きヒューマノイド。要するに、ロボットの少女である。
ヒューマノイドは海面上昇が起きる以前に生まれた技術力の結晶で、人間と見分けがつかないほど精巧に作られている。見た目や肌触りは人間そのもの。人間らしさを再現するため、機械音声ではなく喉を震わせて喋るし、ご飯を食べて味を認識することまで可能だ。
アトリの特徴はその表情の豊かさにある。美味しいものを食べて喜んだり、冗談を言ったり、照れて頬を染めたり。「ロボットに心が芽生えることはない」というのは現代でも定説であるが、彼女の感情豊かな振る舞いはあまりにも人間らしく愛嬌たっぷりで、心があると錯覚してしまうほどだ。
そんなアトリは、主人公である夏生を新しいマスターとして認識し、何処へ行くにもついてきて夏生の手助けをしてくれる。料理や洗濯、掃除といった身の回りのことはもちろん、手を繋いで歩いてくれるし、なんと夜は抱っこして寝させてくれるのだ。ただし、自信満々に家事を請け負う姿に反して、アトリはその出来が壊滅的なポンコツロボットであるのだが……。
それでも、マスターの幸せを願って尽くすアトリの健気な姿には、思わず慈愛の念を抱いてしまうこと間違いなしだ。
アトリのかわいらしさを美麗なアニメーションでこれでもかと表現したPVが公式様から出ているので、こちらもぜひご覧いただきたい。
さて、ここで、彼女のマスターであり、本作の主人公でもある斑鳩夏生についても少し触れておきたい。
夏生はかつてアカデミーと呼ばれるエリート育成校に在籍していたが、ある事情によって休学することになり、祖母の家があった海辺の町へと移り住んだ。しかし、祖母の家は既に水没してしまっており、夏生は祖母が遺した船の上で一人で暮らしながら、彼女の遺した多額の借金を背負わされている。
また、あらすじでも少し触れられているが、夏生は幼少期の事故によって自身の片足を失っており、義足を付けて生活している。頼れる人間もいないため、一人で生きていくのにかなりの不自由を強いられている。
夏生の苦難はこれに留まらない。彼は幼少期の事故がトラウマとなり生じた幻肢痛(ファントムペイン)に悩まされているのだ。暗くて静かな場所にいると、失ったはずの脚が痛みだし、悶えるような苦しみに襲われる。
これが理由で、夏生はトラウマを刺激しないよう、電気とラジオを付けっ放しにして眠っているのだが、船に搭載された小さな風力発電ではその電力を十分に賄うことができない。その日の風の状態によって、度々明かりもラジオも消えてしまう。その度に彼の存在しない脚には激痛が走り、満足に眠ることすら許されない状態なのである。
壮絶な境遇に置かれてしまった夏生の心は荒み、冷たく疲弊しきっている。
そんな時に現れたのがアトリだ。
夏生にとってアトリは、売れば借金を返してもお釣りが来るレベルの大金が手に入る(!)というまさに棚からぼたもちな存在である。では早速売り払ってしまうのかというと────そう簡単にはいかないのが『ATRI』である。
いったい2人の生活はどうなってしまうのか?夏生とアトリが織りなす蜜月の日々(アトリ談)はこの作品の醍醐味のひとつといってもいい。
高校生らしからずクールで大人びている夏生と、表情豊かで騒がしい世話焼きなアトリ。アトリの押しを夏生が躱すようにいなしながら言い合う、2人のカップル漫才のようなやりとりには終始ニヤニヤが止まらない。自分がアトリと一緒に生活していると錯覚してしまうほどだ。
そんなアトリとの関係には驚くべきどんでん返しが待っているのだが────それについてはぜひご自身の目で確かめていただきたい。
『ATRI』に登場するキャラクターは皆、住む世界こそ私たちとは大きく違っている。しかし、彼らが喜び、苦しむ姿は等身大で、私たちと何ら変わりない。どこか親近感の湧くキャラクターたちの魅力は、私たちをすんなりと物語に感情移入させてくれるのだ。
丁寧かつ繊細に練られたストーリー
アトリの魅力について沢山語ってしまったが、ノベルゲームたるもの、やはり肝となるのはストーリーだ。せっかくキャラクターが良くても、ストーリーがお粗末では本末転倒である。趣味で二次創作小説を書くこともある身としては、自分で言っていて耳が痛い。
しかし、ことストーリーに関しては、はっきり完成度が高いと言いたい。その理由は、『ATRI』が「無駄な一文が全くない」と表現したくなるくらい、綿密に練られたストーリーとなっているからである。
ストーリーの内容そのものについてはあまり詳細には語れないので、ここでは『ATRI』のストーリー構成の上手さについて少し語りたい。
『ATRI』のストーリーには様々なテーマが内包されている。
「衰退していく世界に希望はあるのか?」
「ロボットに心はあるのか?」
「『幸せ』とは一体何なのか?」 etc…
1つ1つテーマを抜き出してみると「それほど珍しくもない題材だな」と思ってしまうかもしれない。しかし、これら全てのテーマを過不足なく内包した1つの物語に纏めると言ったら、どれだけ難しいかは容易に想像がつくのではないだろうか?大体は「結局何が言いたかったのかわからないまま終わった物語」になりがちだ(自分で言っていて耳が痛い)。
その点、『ATRI』のストーリー展開と伏線回収は極めて秀逸である。
夏生とアトリ、そしてそれを取り巻く人々の日常は情緒たっぷりで描かれている。コミカル・コミカル・シリアス・コミカル────心地よいテンポで進むストーリーの端々で、少しずつプレイヤーの疑問を煽る伏線が張られていく。
しかし、その伏線の張り方は押しつけがましくないのである。
『ATRI』は謎多きストーリーだ。「なぜアトリは水没した倉庫の中にいたのか?」「夏生がアカデミーを休学した理由は何なのか?」など、実際にプレイしてみると、これ以上にたくさんの疑問を抱くことになるだろう。だが、『ATRI』のストーリーにおける情報の出し方は「出すべきタイミングで、必要な分だけ」が徹底されているように感じる。
これができていないと、プレイヤーは情報の洪水に襲われがちだ。あまりに多い情報量は、目まぐるしく動くストーリーの最中では正直全部は覚えていられないだろうし、謎が解けたタイミングで内心「そんなのあったっけ……?」と思ってしまった時には作家さんに申し訳なさすら感じる。
その点、『ATRI』は本当に読みやすい。ノベルゲームはもちろん、小説をあまり読まないという方にもオススメできると思っている。
「もしかしてあの時のって……!?」と気づいた時にはもう「あの時」の伏線は回収が始まっており、それに納得していたら、また気づかないうちに新たな伏線が張られているのだ。尻尾を掴んだと思ったら追い抜かされているような。
素直に読み進めているだけで気持ちいいくらい鮮やかに謎が明かされていき、そうしたら先の展開が気になってどんどん読み進めてしまう。
その場にいるキャラクターたちが抱く疑問を追体験しながら、物語を解き明かしていく。丁寧なストーリー構成もまた、プレイヤーの没入感を高めるのに大きな効果を示しているのである。
まとめ
最後に少しだけ自分語りを。
僕はこのゲームをクリアした後、凄まじい喪失感に襲われた。
僕は毎日1〜2時間ずつ、寝る前に『ATRI』をプレイしていた。彼女たちに会うことが毎日の楽しみだった。しかし、物語の終わりを感じ取るにつれて、「まだこのゲームをクリアしたくない」という想いに取り憑かれてしまった。
アトリたちと楽しい日々を過ごすうちに、物語の結末を見ることよりも、彼女たちと少しでも長く一緒にいたいという気持ちが強くなってしまっていたのだ。
なので、エンディングを見届けた夜は数十分部屋の天井を見て呆然としたあと気を失うように眠り、アトリとの楽しい日々を夢に見て、朝目覚めるとともに彼女との物語を終わらせてしまったことを痛感し、アトリの影を求めるように布団を抱っこしながらすすり泣いた。※彼は少し特異な人間である。
もしかしたら、この作品をプレイしたあなたも同じような感情を抱くかもしれない。
その感情を大切にしてほしいのだ。
きっとそれは、あなたがアトリたちと過ごした日々を愛おしいと思っている証であるから。
サクッとお伝えするつもりが随分長くなってしまったが、少しでも『ATRI』に興味を持っていただけただろうか。
さて、驚くべきはこれが2000円代で買えることだ。クリアした後、「このクオリティの高さで2000円代!?」と思わず感じてしまった。面白さ・プレイしやすさ・低価格と三拍子揃ってノベルゲーム初心者に自信を持ってオススメできる作品になっていると言えるだろう(もちろん、ノベルゲームに慣れている方でも凄く楽しめる)。
最後の最後で価格の話をするのは滅茶苦茶TVショッピングみたいで台無し感がある。
『ATRI』は現在PC版がSteam、DMM GAMES、DLsiteにて販売されている。またNintendo Switchやスマートフォンアプリでも配信中だ。
「世界観が良い!」「アトリがかわいい!」そう思ったあなたには、ぜひ気軽に手に取っていただきたい。
さて、しっかりと販促を行ったところで、今回のレビューはここで終わりにしようと思う。
普段はあまりプレイしないノベルゲーム。久しぶりにやったらどっぷりとハマり、没頭するようにプレイしてしまった。これをきっかけに、他の作品にも色々と触れていきたいところだ。