
ハーモニカ山脈
この山脈はおかしい。
呼吸ひとつひとつが音色となる。
自分自身が楽器になった気分だ。
高いが故に荒くなる呼吸。
それを邪魔するかのごとく、山は焦燥を奏でる。
このふざけた山脈を人はハーモニカ山脈という。
長年色んな自然を渡り歩いた私だが、鬱陶しいと思ったのは初めてだろう。
何より腹立つのは、時折り他の場所からもハーモニカの音が聞こえる事だ。
私はこの場所に踏み入れる際に、近くの山小屋の世話になった。
その主人から聞かされていたことがある。
「その山を歩くと確かにうるさい。木々も小動物も歩く楽器と化すからな。だが、だからと言って耳を塞いで歩く事はお勧めしないぞ。」
その言葉、当然覚えているとも。
だが限界だ。
自分の呼吸すらもうるさい。
私が持っていた耳栓をつけようとするとある異変に気づいた。
音がしない。
ハーモニカの音が止んだ。
聞こえるのは自分の口から発せられる音だけ。
気づいたその瞬間、大きな音色と共に熊がこちらに突進してきた。
私が慌てて突進を避けると、熊は足を滑らせ山脈から大きく転がり落ちていく。
巨体は木々を薙ぎ倒しながら転がり、その都度熊の断末魔が音色となってこだまする。
そしてしーんとなった後、先程よりもたくさんのハーモニカの音が響く。
自然や小動物が奏でる歓喜の音である。
その歓喜に、私のほっとしたため息の音が雑に通ったのは言うまでもない。
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