3-ターニングポイントは突然に
【前回のお話】
（1720字・この記事を読む所要時間：約4分 ※1分あたり400字で計算）
「では現場へ行こうか」
軽い自己紹介が済んだ後、例の社長さんが真っ先に言ったのがこの言葉だった。
いきなりだったので訳分からず、私はただ黙って付いていくほか無かった。
「大丈夫よ」
私の緊張を分かってくれたのか、社長の隣にいた助手らしき女性が声をかけてくれた。
「今日の現場は植物園よ。
そこの園長さんに会って、ちょっとお話するだけだから」
「あ……はい……」
弱々しく返事した後、私はスタスタと歩く二人の隣を無言でついていった。
（面接って、こんなものだったっけな……いきなり現場だなんて）
流石ビジネスマン。歩くスピードも速い。
小走りでないと置いていかれそうな程だった。
目的地に向かいながらも、社長さんは呑気に「あのレストラン美味そうだねぇ、私はチキンが大好きで」なんて言っている。
女性はひたすら「そうですね」と相槌をうっていた。
他人のことを言えないが、本当に一癖ある人達だと思った。
しばらくして、立派な植物園に到着し、案内係の女性に案内されてきれいな事務室に通された。
スラッとした身なりの園長さんが迎えてくれ、ちょっとした雑談後、打ち合わせに入った。
助手らしき女性がさっとスケッチを広げる。
様々な模様が描かれた図面がみんなの前に置かれた。
所々、マーカーペンや色鉛筆でカラフルに塗られている。
丸い緑、もじゃもじゃのピンク、長い茶色のライン……
社長さんはそれらを指さしながら、英語で熱く楽しそうに説明していた。
全部聞き取れなかったものの、なるほど、この人達は、植物園の景観デザインについて話しているのだと、何となく分かった。
図面は多分、植物園の地図だ。
そこに色を塗り込んで、どんな景観にするかイメージを描いたものだろう。
（植物園の庭園って、このように設計されて、作られているんだ）
専門的なことはさっぱりだったが、新鮮で面白くて、思わず聞き入ってしまった。
一通り説明が終わった後、また社長さんと園長が雑談を始める。
途中で、「おっと、すまない」と思い出したかのように、社長さんが急に私の方に振り向いて言った。
「こちらは、今日研修で同行してもらっている者だ。
バイリンガルでな、なんと日本語と中国語、どっちもペラペラだ。そうだな？」
「あ、はい、竹子です。よろしくお願いします」
慌てて挨拶する。
「ほぉ？さぞ優秀な方でしょうな」
園長さんは笑顔で小さく会釈をした。
（そうでもないけどな……）
苦い笑顔を浮かべながら、ぼんやり考えていたその時。
「どうですか竹子さん、今から私と園長さんが簡単な会話をするので、それを逐次通訳してもらえるかな」
「え……あ、は……はいっ！」
急に社長さんに言われ、慌てながらノートとペンを取り出した。
その後のことはあまり覚えていない。
ただただ必死に通訳をしていた。
訳せなかった単語がたくさんあったが、慌てたが、皆許してくれた。
それだけを覚えている。
その夜。
近所のレストランで夕食を奢られることになった私は、疲れた身体を引きずってテーブルについた。
へとへとだ。
出来ればさっさと帰宅して休みたかったのだが、これも面接のうちに入るのかと考え、無理矢理でも元気なふりをした。
「お疲れ様。大変な一日でしたね」
助手らしき女性が私にこう言った。
「いやぁ、本当。ご苦労ご苦労」
社長さんは相変わらずマイペースで、早速なみなみとグラスいっぱいにビールを注いでいる。
「どうだい、今日の打ち合わせを通して、なんとなく分かっただろう？
うちはランドスケープデザイン会社だ。
簡単にいうと、景観設計。庭園などのデザインをすることだな」
「はい」と答えると、社長さんは満足そうに笑い、ぐびっとビールを飲み干した。
「日本だけじゃない。中国での案件も多くある。
だからしょっちゅう今日のように出張で現地に来たりしている。
私はそれなりに英語は喋れるのだが……まぁ、やはり伝えきれないことがいっぱいあってな、だからお前さんのような通訳がいると助かるのだよ」
「は……はい」
まだ状況を掴めずぱちくりしていると、女性の方と社長さんが目を合わせ、軽く頷いた。
「うむ、大丈夫そうだな？」
「ええ、わたくしもよろしいかと思います」
「では、こほん」
社長さんが真っ直ぐ私を見た。
「どうだ、是非弊社で働いてみないか」
（つづく）
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