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【前回のお話】

(919字・この記事を読む所要時間:約2分 ※1分あたり400字で計算)

 理不尽だ……理不尽過ぎる!

 Iさんが仕事に戻った後、私はデスクに広がった説明資料をまじまじと眺めた。


 女性だから。
 新人だから。
 まだ試用期間だから。

 だから朝早く一人で全社の掃除をしなければならない。
 他人の飲み残しが入ったカップを処理しなければならない。

 そして……契約書無しに、月々8万円の給料で働かなければならない?


 いくら考えても、納得いかなかった。


 「そうだ、家族に相談しよう……いや待てよ」


 ひょっとしたらこれが普通で、それ以上を求めようとしている私が甘すぎるのかもしれない。
 今までだらけた生活をしてきたから、他の人にとっての「当たり前」も、理不尽と感じてしまっているのかもしれない。


 そういう考えが頭をよぎった。


 今思うと実にとんだ勘違いだったが、社会経験が乏しい当時の私にとっては、何がノーマルで何がブラックなのか、そういった判断力も無かった。

 ただーー

 これからだという時に勤務環境が辛いなんて呟くと「何を甘えているんだ」と言われてしまうだろう。

 同級生の皆だって、このような辛さを乗り越えてどんどん成長しているのに。

 社会に出たばかりの不慣れや不安は当たり前なのに。

 変わって、強くなろうと心に決めたのに。

……

 そう考えれば考える程、自分がひどく情けなく見えた。
 家族に話すべきではないと思った。


 どっちにしろ、いくら考えたって仕方がない。
 今更後戻りだって出来ない。受け入れるしかないのだ。

 「今回はもう、逃げないーー」

 私は覚悟を決めた。


 自分を鍛え直そう。
 これまで成長しそびれた部分を補おう。

 「辛くても、最後までやりきってやる!」


 そしてあれから、雑用だろうがなんだろうが、自分に出来ることがあればせっせとやった。

 朝一の床掃除、デスク拭き、先輩方のコップ洗い。
 ゴミ捨てに買い出し、資料のコピー取り。

 残り時間は、ひたすら課題の勉強資料読みと模型作りの練習。
 時々資料の翻訳や、お客様の会社に出向いて現場で同時通訳もした。

 もう甘えてばかりの私じゃない。
 一人でもやっていけるようになったのだ。

 自分が役に立っていると実感出来て、嬉しかった。


 毎日が新しいことだらけで、とても充実していた。
 お給料は少なかったが、それなりに仕事を楽しんでもいた。

 ――ただ一つのことを除いては。

(つづく)

📚あの頃の無知が無ければ、あの時期のがむしゃらも無かった


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