9-誤解と決意
【前回のお話】
(919字・この記事を読む所要時間:約2分 ※1分あたり400字で計算)
理不尽だ……理不尽過ぎる!
Iさんが仕事に戻った後、私はデスクに広がった説明資料をまじまじと眺めた。
女性だから。
新人だから。
まだ試用期間だから。
だから朝早く一人で全社の掃除をしなければならない。
他人の飲み残しが入ったカップを処理しなければならない。
そして……契約書無しに、月々8万円の給料で働かなければならない?
いくら考えても、納得いかなかった。
「そうだ、家族に相談しよう……いや待てよ」
ひょっとしたらこれが普通で、それ以上を求めようとしている私が甘すぎるのかもしれない。
今までだらけた生活をしてきたから、他の人にとっての「当たり前」も、理不尽と感じてしまっているのかもしれない。
そういう考えが頭をよぎった。
今思うと実にとんだ勘違いだったが、社会経験が乏しい当時の私にとっては、何がノーマルで何がブラックなのか、そういった判断力も無かった。
ただーー
これからだという時に勤務環境が辛いなんて呟くと「何を甘えているんだ」と言われてしまうだろう。
同級生の皆だって、このような辛さを乗り越えてどんどん成長しているのに。
社会に出たばかりの不慣れや不安は当たり前なのに。
変わって、強くなろうと心に決めたのに。
……
そう考えれば考える程、自分がひどく情けなく見えた。
家族に話すべきではないと思った。
どっちにしろ、いくら考えたって仕方がない。
今更後戻りだって出来ない。受け入れるしかないのだ。
「今回はもう、逃げないーー」
私は覚悟を決めた。
自分を鍛え直そう。
これまで成長しそびれた部分を補おう。
「辛くても、最後までやりきってやる!」
そしてあれから、雑用だろうがなんだろうが、自分に出来ることがあればせっせとやった。
朝一の床掃除、デスク拭き、先輩方のコップ洗い。
ゴミ捨てに買い出し、資料のコピー取り。
残り時間は、ひたすら課題の勉強資料読みと模型作りの練習。
時々資料の翻訳や、お客様の会社に出向いて現場で同時通訳もした。
もう甘えてばかりの私じゃない。
一人でもやっていけるようになったのだ。
自分が役に立っていると実感出来て、嬉しかった。
毎日が新しいことだらけで、とても充実していた。
お給料は少なかったが、それなりに仕事を楽しんでもいた。
――ただ一つのことを除いては。
(つづく)