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【前回のお話】

(1280字・この記事を読む所要時間:約3分 ※1分あたり400字で計算)

 空港には上海で既にお会いしたIさんと、もう一人男性社員が待っていた。

 「社長は昼間、お客様訪問で忙しいのよ」

 社用車に向かいながらIさんが言った。

 「迎えに来れなくて残念がっていたわ。
  でも夕方には戻られるみたいだから、その時に会えるわよ。
  今夜は竹子さんの歓迎に社内ちょっとした飲み会も……」

 Iさんがぺちゃくちゃ説明をしている中、男性の方は黙々と荷物を車に積み、全員の為にドアを開け、車のエンジンをかけた。

 「それと……あ、こちらはHさん。
  会社でデザイナーとして働いているわ。
  まだ若いけど良い腕してるわよ」

 「どうも」
 Hさんは照れくさそうにペコっと頭を軽く下げた。

 「竹子さんの席、俺の隣になるはずだから、よろしくな」

 寡黙だけど、丁寧に優しい人だと思った。


 車の窓からぼーっとひらがなとカタカナに溢れた環境を眺める。
 なんだか新鮮で、同時に懐かしくもあった。

 子供の頃、確かにこの国で暮らしていたと思うとなんか不思議で、ちょっぴり里帰りしたような気分になった。
 あまり記憶はなくとも、心の片隅では覚えていたのかもしれない。

 あの無邪気だった、輝かしい日々を。


 思い出に浸っていると、「まずは宿泊先ね」とIさんの声が聞こえた。

 「会社に行く前に荷物を下ろさないと……ああ、それから昼食ね。
  近所にお弁当屋さんがあるから、そこでとりましょう。
  午後はざっと研修内容を説明するわ、後この一ヶ月間の竹子さんの仕事についても教えましょう。
  それから……」

 「はい」、「分かりました」と繰り返しながら、必死にメモを取る。

 こうしているうちに、車はどんどん進み、最終的にこぢんまりとしたアパートの下に止まった。


 「着きました」

 Hさんはそれだけ言うと、ささっとエンジンを切ってトランクから荷物を下ろそうと運転室から出た。

 「あ、荷物は自分が……」と言いかけたところ、またもやIさんが口を開いた。

 「これが鍵よ。で、この紙に書かれているのはポストのパスワード。あまり使わないと思うけどね。
  で、これはポケットWifi。速度は遅いかもしれないけど、ま、ちょっとした調べ物ぐらいは大丈夫だと思うわ……H君、ごめんごめん」

 既にエレベーターの隣で待っているHさんに謝り、Iさんは慌てて車を降りた。
 私もバタバタとその後について行き、後ろで「ガチャッ」とHさんがキーレスキーで車に施錠した音がした。


 1Kの部屋。

 小さな空間であったが、ベッド、冷蔵庫、レンジに椅子とテーブル……一人暮らしに必要な家具がしっかり一式揃えられていた。

 「へぇ……なかなか良い部屋ですね」

 Hさんが興味深そうに部屋を見渡した。

 「ビジネスマンの短期滞在用のアパートなんですって」とIさん。
 「結構快適でしょ?さてさて、会社に行かないと」

 一息つく暇もなく再度出発。


 (いよいよ会社に行くのか……)

 ここまで来て、ようやく緊張感が出てきた。

 (どんなところだろう、他の社員達と仲良くやっていけるのだろうか)

 そうこう考えているうちに、車はあっという間に駐車場へとたどり着いた。
 アパートから結構近かった。歩けば15分ぐらいの距離だろうか。

 車を降り、見上げると、そこには5階建てのビルがあったーー

(つづく)

📚成長期の味は濃い。が、面白いことに吟味する暇が無いのだ



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