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甲子園に、怒っている

(沖名ギス)

こんにちは。

交換日記なのに、
交換する前にまた書いてしまってごめんなさい。

でも今、怒っているのです!

どうしても書き記しておきたい情動が湧き起こり、どうかどうかお許しを…。

普段、あまり怒ることはないけれど、この話題には、なぜだか居ても立っても居られないような気持ちにさせる何かがあるのです。

何にって、甲子園です。

最高気温38℃が予想され、行政が熱中症警戒アラートを出す状況下で、じっとしていても暑いはずです。

私には甲子園が、その灼熱地獄で、未成年が全力で運動するのを大人たちが高いところから観戦する、いわば現代版コロッセオに見えてしまうのです。

熱中症アラートに従えば、運動は禁止されるべきなはず、なのですが。

「熱中症警戒アラート」は、熱中症による健康被害が懸念される場合に国が出すもの。気温や湿度、地面の熱などを考慮した「暑さ指数」が28を超えると、熱中症患者の発生率が急増すると言われている。国は、暑さ指数が33以上と予測される地域に熱中症警戒アラートを出すことにしている。
日本スポーツ協会の指針は、暑さ指数が28以上では激しい運動は中止、31以上では運動を原則中止すべきとしている。甲子園のある兵庫県では、連日、暑さ指数が33を上回り、熱中症アラートが発令されている。

意識不明や、最悪の場合も起こりうる熱中症。
関係者全員がその危険性を認識していながら、「青春の汗」だの「気合いの頑張り」だのといった"美しい物語"に収束させて、熱中症のリスクをぼやかしてしまうグロテスキズム。

結局、大人がやっているのは、高校球児の万一の身の安全よりも、余興を優先させる野蛮な振る舞いなのではないかと言ったら、冷めすぎでしょうか。

余興そのものを否定するつもりはさらさらありませんが、余興が正当化されるのは、あくまでもプレイヤーの安全が十分に担保される環境においてだと思います。選手が頑張れば頑張るほど観客は「感動した」と言って喜ぶので、そうした期待に応えようと、球児は「全力でプレーすることを誓います」と身を粉にして、さらなる「感動」を生むという循環があります。この循環が行き過ぎると、選手の健康を危険にさらすリスクがあるように思えてなりません。

ここで私が気になっているのは、どうして、誰も根本的な解決に動かないのか、ということです。

教育者で構成される高校野球連盟が運営するイベントなのに、対症療法に終始して、根本的な解決の議論を進めようとしない。

主催の朝日新聞も、普段からあれだけ人権侵害を批判しておきながら、この場では選手たちの健康や生存よりも、ヒーロー選手の「美談」を多く量産し続けています。

部活イベントで、もしものことが起きないようにするのは、子どもをすこやかに育てる責務を負う教育者として、当たり前の責任ではないのか。

疑念が膨らみます。

ただ、事情はそんなに簡単ではないのも分かっているつもりです。

たとえば、当事者の球児自身が「夏の甲子園」にこだわっていて時期も会場も変えられないとか、甲子園を冷房をきかせられる構造に改装するのも技術的に難しいとか、そういった事情です。

でも、だとするならば、申し訳ないけど君たちの命を最優先に、涼しいドーム球場でやることに決めたと、大人が決断すればよいのではないか。甲子園が聖地というのも分かるけど、それで誰かが命を落としたら、教育も何もあったものじゃないし、親が、周りが一生悲しむ。コロナ禍で中止にされた球児のことを考えたら、試合ができるだけよほど良心的だと思います。

それに、どうしても甲子園にこだわるのなら、開催時期を真夏以外にずらせば良いはずです。高校駅伝やラグビー、サッカーが全国大会を真冬に開催しているのをみれば、野球の全国大会が夏にしか開催できない絶対的な理由はないからです。

しかし、実際には、甲子園は根本的には変わってこなかった。(正確には多少の改善はあるものの、クーリングタイムなどのその場しのぎの対応に終始しています。それがその場しのぎと言える証拠に、身体を痙攣させて倒れ込み、担架で運ばれる選手が今大会で相次いでいます)

グラウンドで倒れ込み、チームの仲間に囲まれながら痛ましい顔を浮かべる未成年を、NHKは「脚が攣ってしまったようです」と呑気に全国中継して、それをクーラーのきいた茶の間で国民がじっと見守る国って、一体なんなのでしょう。そして、それでも試合を続行するこの組織に、残酷さを感じてしまいます。


甲子園のほかに冷房のきく野球場はあるし、夏以外にも時間はある。甲子園大会は、理論的には変われるはずです。それでも変わらないのだとすると、理由は、情緒面にあると類推せざるを得ません。私が想像するに、カギは甲子園の「神格化」にあります。

「プロ野球はお金が絡むから不純なのに対して、高校野球はピュアで、選手一人ひとりが全力で、その汗が胸を打つ」という神話です。真夏の太陽に照らされた青春の輝かしい笑顔、それを盛り上げる吹奏楽とチアリーダー。全てが美しく調和の取れた神聖な祭典。その神格化された場所こそが、甲子園なのです。裏返せば、これが真冬やドーム球場で開かれてしまっては、甲子園大会の神々しさは再現できないということです。

でも、実際には、これはあくまでも人の手によって作られたファンタジーだと、私は思っています。甲子園が金やビジネスと無縁だなんてあり得ない。私立高校がいかに野球コーチに高い金を払い、野球を広告塔に仕立て上げているかを私は知っています。また、少なくない球児が、甲子園での活躍により、その後のプロ入りの可能性が広がることを知っています。そうした球児にとっては、甲子園はプロ入り、つまり生涯、野球で食っていくための手段であり踏み台なのです。

甲子園は、夢の国。ケとハレで言えば、壮大な「夏祭り」(ハレ)の舞台です。甲子園そのものが御神体だとすれば、選手は神輿の担ぎ手です。神輿の担ぎ手に選ばれるのはこの上なく名誉なこととされ、当たり前だけど神様を少しも疑ってはならないし、疑うなんて発想すらないものです。だから球児は、そのファンタジーを再生産することに命をかけてでも参加するし、誰の夢も壊すまいと「純粋無垢な球児」を演じるのです。まさに一心不乱に「全力野球」をする行為こそ、神話維持の中枢をなす至高の価値なのですから。そして神輿を囃し立てる吹奏楽も合わされば、100年前から続く完璧な「伝統的祭り」の完成です。

そして、この「甲子園神話」というファンタジーを維持することに球児以上に躍起になっているのは、大人の方です。新聞やテレビが美談を大量生産し、企業が高い金で広告欄やCM枠を買い、茶の間が消費する循環により、神話は毎年受け継がれて強固になっていく。この神話において、甲子園という御神体はきわめて重要で、「暑いから甲子園を改装する」などという発想は、まるで人間の都合で神輿を解体して作り替えてしまうようなタブー観とつながるきらいさえあると思います。「暑さくらいで何を弱っちいことを」という趣旨の発言をする人がたまにいますが、まさに気合がものを言う精神世界の住人なのだから仕方がないのです。

ちなみに、こうした神話は、甲子園だけでなく日本社会に点在しています。福島第1原発事故を起こした東京電力と国の「原発安全神話」もそのひとつです。「原発でバラ色世界」というファンタジーを喧伝した瞬間、原発は神となり、事故を起こす可能性に言及することさえタブー視される土壌ができたと指摘されています。こうなると誰も客観的な議論などできないし、責任者も曖昧ななあなあの関係で物事が進んでいく。実際、神話が崩壊した後も、裁判で国は責任を問われることがありませんでした。

政治学者の丸山眞男は、「神の国」に身を捧げる特攻作戦にまで至った先の戦争の軍部を分析し、あらゆる政治的判断において責任者が不明確、または不在の状況のことを「無責任の体系」と呼んだけれども、同じ状況が甲子園の熱中症問題にも発生しているように思えてなりません。甲子園という"美しい神話"に、暑さの危険も顧みずに身を捧げることの美しさに国民は胸を打たれていて、それをメディアが囃し立てている。その状況を作り上げている運営組織の責任者は根本的な改善策を提示しない。ここで「熱中症で誰かが亡くなったらまずい」と誰も言い出さないのは、本当の意味での責任者が不在だからではないでしょうか。「私が、私の責任で決断します」と言える人が、甲子園を取り巻く組織にはいないからではないでしょうか。なぜなら甲子園がすでに神的存在になっているからであり、神に背くことで、神に心酔する世間の苛烈な非難を招くのを恐れているからではないでしょうか。いわば、神の権威に物申せるルターの不在であり、教会の意向に背いたとしても科学的根拠に基づいて客観的な判断を下せるコペルニクスの不在です。

もし本当に犠牲者が出たら、そのときこそ、いよいよ甲子園という御神体を解体するかしないかの議論が表面化するでしょう。ですが、100年以上かけて築き上げられたファンタジーは強固ですから、精神世界の住人はこう言うに違いありません。

「暑さに耐えられなかった弱い奴のおかげで、俺たちの夢が、甲子園が壊された」と。

死人が出る前に、いまのうちに、彼らに問いたいのです。

いったい誰のための甲子園なのか?

繰り返しますが、余興そのものを否定するつもりはさらさらありません。むしろ、どんどんやったらいいと思います。ただ、それが選手の命を賭してまで行われなければならない現状に疑問を感じるのです。そうではなく、選手の安全が確保された場所と時季に、余興をしたら良いのです。

未来ある子どもの命を、大人の余興に晒さないですむ、そんな仕組みづくりを切に願っています。


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