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十年ぶりで、親友が訪ねてきた。 月の明るい晩だった。 僕がひとり、月を肴に晩酌を楽しんでいると、突如、けたたましいノックの音がして、行ってみると、親友が立っていた。 お互いに十年分の年をとっているはずだが、向きあってみると、昨日別れたばかりのような気がした。 「実は今日は、お前に頼みごとがあって来た」 親友は、久しぶりだなとも、こんばんはとも言わず、いきなりそう切り出した。 戸口で話すのも奇妙だ。 僕は彼を部屋に招き入れ、晩酌のグラスを、もう一人分追加した。
「飲めばたちまち若く美しくなれる魔法の薬じゃよ」 気泡ガラスの小瓶を見せて、訪問販売の魔女らしきババアが戸口で言った。 シワシワのババアだ。濃い紫のローブもぼろぼろ。 「その薬、ほんまに効くんか。ババアが自分で飲んでみ?」 ドアチェーンごしに言うと、ババアはきょとんとした。 「アッハイ……」 そう言うてババアはごくごくとひと瓶飲んだ。 数日後。また戸を叩く音がした。 「あの時、助けていただいた者です」 戸を開けると美魔女が立っていた。 それ以
戸を叩く音がする。 開けてみると、狐の面をつけた男がタバコの箱を詰めた革トランクを開いて立っていた。 「タバコ屋でござい」 なんだ。セールスマンか。 戸を閉めようとすると、狐面の男は戸に足を挟んだ。 「とても体に良いものです。鎮守森の薬草を月光にあてて、強壮の魔法をかけたものでござんす」 鞄から能書きのパンフレットを出して狐は丁寧に説明した。 「いいね。一箱もらおうか」 「へい毎度。少々寿命が減りますが、大したことじゃございません」 また来ると言
森の中にある湖上のコテージには、床下に続く四角い蓋がついている。 釣りでもするためだろうか。 「帰るわ」 濡れ髪のまま、乳房もあらわな裸体で女は床を這っていき、その床穴からじゃぶんと湖に戻っていった。 「あなたとても良かったわ。友達の蛇女《ラミア》に紹介していい?」 水に落ちた女の下半身には青白い鱗があった。 「その子、半分は蛇だろ?」 「私なんて魚よ」 濡れた唇でうふふと笑い、人魚は水の奥底に潜っていった。 さよなら……。声ではない声が別れを告
インターフォンが鳴った。 扉を開けると、ワンピース姿の清楚な女の子が、石鹸の箱を持って立っていた。 「コンニチハー。引っ越してきました」 女の子は石鹸を置いて帰っていった。 いいぞ。あんな可愛い子がご近所さんだとは。 そう思って喜んでいると、またインターフォンが鳴った。 扉を開けると、さっきの女の子が石鹸を持って立っている。 「コンニチハー」 石鹸を置いて帰っていった。 おかしいぞ。 またインターフォンが鳴った。 「コンニチハー」
来客があり、戸を開けてみると古い友人のゴーレムだった。 ゴールデンゴーレムだ。身体が黄金でできていて、いつもピカピカだ。 「金がいる。スマホのゲームに課金しすぎて、今月苦しいんだ」 ゴーレムはうなだれて言った。 「俺の身体を削って、売ってきてくれないか」 どうしてもと頼まれ、友人の身体を少しだけヤスリで削って、貴金属買取所に売りに行った。 それから友人がどうなったかは知らない。 ある夜、とても小さいノックの音がして、扉を開けた。 ドアの向こうに、
店の戸を開くと、いつもの客が来ていた。 着古した安いスーツのサラリーマン。 いつもの絵の前に案内すると、男は赤いドレスの女の絵を飽かず眺めていた。絵の値札に並ぶゼロを見下ろし、男が深いため息をつく。 「この絵のモデルはね、画家に殺されたらしいんです。特殊な薬を飲ませてから、その子の血で絵をかくと、いい赤が出るって言ってね」 私は男の隣に立ち、その話を教えた。 男は驚き私を見た。 「本当ですか?」 「まさかですねえ。そんなものとても売れやしません。そのく
ある作家がいた。 作風に悩み、傑作を書きたいと、十年分の食糧と水を確保して山の窟(いわや)に篭(こも)った。 書きに書き、苦節十年。作家はついに人生最高の傑作と思える一作を書き上げた。 山を降りて作家は叫んだ。 「この傑作を見よ!」 だが、そこには誰もいなかった。 すでに数年前に世は滅んでいたのだ。 ――完――