#みゆきさん

ホテルを出たら、雨は止んでいた。
「おれ歩くの早い?」
ちがうの、とみゆきさんはこたえた。

「わたし、歩幅が小さくて。しかも今日ヒールだから小走りに見えるの」

終電を逃すまいという気持ちもあったぼくは、少し安心した。

みゆきさんは、来週滋賀に発つ。
「セミナーに行くの。詐欺とかじゃないのよ」
ヒールを鳴らしながら、みゆきさんは明るい髪を揺らしている。

最近やめた建築関係の仕事仲間から教わった、投資のセミナーだなんて、だいぶうさんくさい話だと思いながらも、ぼくは興味ありげな口ぶりで返事をし続けた。

ゴールデン街は、外国人がいっぱいだ。
みんな終電なんておかまいなしに酒を飲んで、騒いでいる。

「緊張してたけど、いいひとでよかった」

ぼくも同じように、緊張していたと伝えておいた。そして寂しそうな顔をしてみせて、改札前で手を振る。

ぼくはみゆきさんを西武新宿駅まで見送ると、
ひとつ大きなあくびをして、JRの駅へと向かった。

時間が合えばまた会いたいけれど、とそこまで思い、これ以上考えることはやめた。

また時が来たら会おう。

シンプルにそう思った。


#みゆきさん #エッセイ