「氷時、お腹空かないの?」
「ん、お前まだ喰ってなかったのか?俺はさっき買いにやらせて腹十分目まで喰ったぞ」
「ああ、また式を酷使して!僕らの家には随分の使用人がいるみたいに見られるじゃないか」
「そういう時雨こそ式をあんなに大勢引き連れて踊ってるだろうが」
「あれは仕方ないじゃないか、そもそもここの時代社会に溶け込むためにって小屋掛けしたのは氷時の考えだよ」
「そりゃあまあ、そうだけど」
「自分の剣舞を見せつけてやるって云いながら鳴かず飛ばずで、苦し紛れに僕を女形にしたのはどこの誰だったかな」
「全く!いいじゃないか、お陰で毎日大盛況だ。ほら時雨も早く飯を喰え、少しは肥えなきゃ女に見えないぞ」
立ち上がってぱちりと指を鳴らしたのは、舞台では妙なる笛を奏で、魅惑の口上を述べていたあの少年――氷時(ひとき)であった。そしてどこからともなく現れたのは大屋敷の女房風の女。しずしずと音もなく進み出て、焼き魚と炊き合わせ、飯と汁椀を載せた膳をひとつ、板張りの床にそっと置き、またどこへともなく立ち去った。
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