――笛の音。
いつもの通り、時雨がゆるゆると舞台袖から滑り出る。今宵の演目はとくに大陸の風情を感ぜられる。長く切れ込みの入った薄衣の袴。緩やかに運ぶ白い脚が時折見え隠れする。その妖艶なまでに華奢な影。足には煌びやかな絹の沓がぴたりと嵌っている。重たげな程に飾り立てた掌を空に這わせると、丈長な上着の広い袖と軽やかな裾が、細い両腕に絡めた絹布と共にふわりと揺れた。折れそうな手首に幾重にも掛けた金属の腕輪が鳴らす、しゃらりという淑やかな音色。時雨はその音を拾うかの如く、妖しく指先を舞わせている。ひと筋の乱れもなく一部を結い上げた髪には貴石をあしらった冠。そこから垂れ下がる金属の長い飾りが同じく、しゃらりと人心を誘う音を立てる。まるで人を惑わせておいて焦らすかの如き緩慢かつ艶やかな蠢きはしかし、腕に絡ませた絹布のひと降りで颯と打ち切られた。
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