優しさとは
ただの、ただの愚痴。
私はその日、夕方6時くらいから1時間ほど自室で寝ていた。
19時すぎに突然下の台所から怒鳴り声が聞こえて来て目が覚める。
あーまたいつもの夫婦喧嘩か、、と思い、知らないふりをしてそのまま目を瞑ったままでいると、母から名前を呼ばれ、やれやれ仕方ないと思い一階の台所へ。
台所に来てみてると
天井がまばらに赤くなっている。
何事か!?と思い事情を聞くと、母が鶏肉のトマト煮込みを作る際にトマト缶を開けたら、缶が古くなっていたらしく、勢いよく飛んで天井にトマトがついてしまったというのだ。
まぁついてしまったものは仕方ないから拭くしかないと思い、私は椅子に上がり天井を拭き始める。(天井に手が届くのは父と私)
結構飛ばしたんだなぁと思い拭いていると、
父が隣でどうしてこうなったんだと、ただただ母に問いただしている。母は開けたら飛んじゃったのよと答えるが父は納得しない。そして問題のあった缶の状態をじっと眺め始めた。
どうしてこんなことになったんだ!ただそれだけ言って何もしない。
思わず私は
「どうしてこうなったのか、今それは大事なことなの?それよりもこの天井についてしまった染みを1つでも早く拭くことが先なんじゃないの?どうしてこうなったのはそれが終わってからでも話せることでしょ。お母さんもすごく反省しているんだし、そんなに責めるように問いたださなくてもいいと思うんだけど、どうお考えなのでしょうか?」
我ながら長く、くどく父に言ってしまったなと思ったが、父はそれでも納得せず、ずっと缶を眺めている。
「いや、おかしいんだよ。この缶がそんなに飛ぶはずがない」
正直、生理中なのになかなか血が出なくてイライラしている私は、これを聞いて冷静でいられるわけもなく
「だから、今それを検証したところで何か変わることがあるの?お父さんの疑問なんてクソどうでもいい。私より身長が高いのに天井も拭かないでただただ御託並べて文句言ってるだけならここにいないで」
父はそう言われて、ぶつぶつどうしてそうなるんだなどと言いながらダイニングの方に去っていった。ただ単に天井拭きをやりたくなかったのだ。母のしてしまったミスを補おうという気持ちはないのか、自分には関係ないとでも思っているのか、と言いたくなったが、それを言うと喧嘩になりそうなのでグッと堪えた。
この時、ただただ母のことが気の毒でならなかった。父が風邪を引いたり病気の時、日常生活において万全にサポートしているのに、ちょっとしたミスでこんなに責められて手も差し伸べてもらえないなんて...と涙が出そうになった。(いつものことなので、諦めている部分もありますが、私自身生理なのでいつも以上に情緒不安定)
父が去っていった後も天井の染みはなかなか取れず、私は懐中電灯で照らしながら時折洗剤を駆使して天井を拭いていた。
そして時刻は19時半。
我が家で休日に夕飯が19時半を越えると父が我慢できなくなる時間帯だ。
案の定、父が再び台所へ戻ってきた。
ま、まさか、、、とは思ったが、そのまさかは起きた。
食器棚からグラスを出し始めた。
一人だけ晩酌しようとしていたのだ。
天井を拭いたり、夕飯を作ったりしていて忙しくしている私達がいるのに。普段ならばトマト缶のことがないから仕方ない、夕飯作るの遅いのが悪いし、先に飲んでても気にしてはいないが、今日は我慢できなかった。
私は思わず
「みんな各々で壁拭いたり料理しているのに自分だけまさか酒飲むんですか?」
と聞いてしまった。
父は何の悪気もなしに
「そうだよ」
と。
グラスを棚から取った後、私が天井を拭いている所を通って冷蔵庫からハイボールに入れる氷を取ろうとしたため、
「今、通られると本当邪魔だし危ないので来ないでください」
と穏やかに言ってみたが無理やり通ろうとする父。
これには私自身、我慢ならず
「これ以上やったら本当に本当に怒るので、大人しくダイニングでテレビ見て座っていてください。氷は後で私が持っていきます。そもそもお母さんがやったことをフォローする気持ちはないんですか?非常に残念です」
近くにあった乾き物のつまみを持って立ち去る父。
立ち去る時に
「お前はお母さんにだけ優しいよな〜。俺にも優しくしてくれよ〜、俺のことみんな嫌いなんだな〜。いつも俺は悪者扱いだよ」
などという発言に意味がわからないと思いながら、天井の染みをチェックする。
私は、全体を水拭きする前に椅子から降り、新しいグラスいっぱいに氷を入れながら、乾き物をすでに口にしている父の元に向かう。
氷を受け取る父が私に
「ありがとう、優しいな」
と言った。
これを優しさだと思われることが悲しい。
私はただただ悲しくなった。
悲しみと怒りでグラスに入れた氷が優しさになるなんて、なんて皮肉なんだろう。
優しさとは。
はてさて。
p.s. 私は父のことが嫌いではありません。
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