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「ドールハウスの幽霊/The Phantom of the Dollhouse」5

 はじめてのバリコレはジェニィにとって、いろいろな意味で特別だった。物語に必要な部分だけをここに箇条書きにするなら、第一に、バービィ。第二に自信の喪失。
 まずバリコレウィークの三日目、ショーの控室でジェニィは憧れのその人に会うことができた。まるで格が違うので遠くから眺めることしかできなかったけれど、彼女はバービィのオーラに撃たれたようにしばらく呆然としてしまったほど感動した。
 バービィと会うという胸ときめく出来事があり、バリコレのランウェイを歩くという夢を叶え、業界人に囲まれた刺激的な日々を送ったにも関わらず、ジェニィは日に日に気落ちしていった。バリコレのために世界中から集まったトップモデルたちに圧倒されたからだ。子供の頃のジェニィであれば、むしろ歓んだことだろう。でも、優劣というアイディアを採用した今のジェニィの思考回路にとっては、他者の魅力に感動することは、自分の敗北を意味するだけだった。
 自分より長い脚や美しい顔を見ると、ジェニィは自分の容姿への自信を失った。セクシーな北欧美人を見ればもっとセクシーになりたいと思い、ミステリアスな黒髪のアジアモデルを見れば、もっとミステリアスになりたいと思う。モデルとしての天性のセンスを持つブラジル美女と非の打ち所のない四肢を持つアフリカ系のモデルに挟まれてランウェイを歩く時、彼女はほとんど逃げ出したい気分だった。
 彼女が妬むには十分すぎるほどの美貌と才能を兼ね備えたモデルばかりが集まっていたので、バリコレ終了後、もう二度とこんな惨めな思いはしたくないと、ジェニィは思った。そして、パーフェクなモデルを目指し、食事や体型管理をますます徹底しようと決心した。
 『自信、自信、自信!』
 そうジェニィは自分を鼓舞した。誰が見ても「美しい!」と感嘆する容姿になりたい。誰と並んでも負けない美貌になりたい。そう彼女は願った。身も心も磨き上げるジェニィの目標は一つだ。
 『すべての人から賞賛される美貌を手に入れること』
 頑張りの甲斐あって、彼女はバリコレの数ヶ月後、「トミィ」の紙面を飾るチャンスを得た。ジェニィはますます張り切ってワークアウトと美容に励み、通りを歩けば誰もが目を奪われるほど神々しい美女へと変身を遂げた。
 「トミィ」での緊張の撮影の後、ジェニィは生涯で二度目の憧れの人物との対面を果たす。
 「バービィ!」
 ジェニィはその姿を見るや心の中で叫んだ。バービィは黄金のロングヘアーを靡かせながらやってくると、用意された彼女専用のピンクのチェアーに腰掛けた。女王の堂々たる立ち振る舞いを見るや、ジェニィのようやく回復した自信は音を立てて崩れ去ってしまった。
 その上、この日は自信を喪失しただけでは終われなかった。バービィの元にサングラスをかけた一人の男性がやってきて、ぎゅっと抱きしめ熱烈なキスをしたのだ。白い歯を輝かせて魅惑的に微笑むバービィのボーイフレンドは、ジェニィの見覚えのある人物だった。
 「ケン!」
 サングラスをかけていようと、空港写真のチェックも欠かさないジェニィには見紛うことはない。バービィの恋人は、アイドルのケンだったのだ。信じられない、というより信じたくない思いで、彼女は二人の様子を呆然と見つめるしかなかった。
 ジェニィはバービィに対して焼け付くほど強い嫉妬心を感じた。生まれてはじめて、他人の誰かになりたいと熱望した。バリコレ以来、街ゆく一般女性たちを眺めていてさえ、自分が持ち合わせていない美点を見つけてしまい羨んでいたが、それは所詮、肌の質感だったり、唇の形だったり、目の色だったり、ごくごく一部分に限ってだった。でもケンに愛されているバービィに関しては、バービィそのものに成り代わりたいとジェニィは思ったのだ。
 ジェニィは少しでもバービィに近づくため、髪型やメイクなども真似るようになった。趣味や嗜好も真似た。ますます華やかでゴージャスになるジェニィは、その雰囲気が似ていることから、いつしか第二のバービィと呼ばれるようになり、ファッション誌でも若手最注目モデルとして取り上げられるようになった。ジェニィは念願だったピクシーエンジェルに選ばれ、そのお陰でインスタグラムのフォロアー数がグンと増加した。妬みを仕事への情熱に変えたジェニィは、とんとん拍子にスターモデルへの階段を駆け上っていった。
 モデルとして恵まれたキャリアを積んでいく一方で、ジェニィは相変わらず自信を取り戻せないでいた。ファンが増えれば増えるほど、アンチも増える。見ず知らずの相手からの批評が、彼女の自信を揺らがせた。どんなに美しくなっても、どんなにセクシーになっても、どんなに愛らしくなっても足りない。ジェニィは完璧でない限り不安だった。完璧でなかったら、いつか自分を越えるモデルが現れる。そうなると、自分は干されるだろう。ジェニィはそう思っていた。だから、モデル業界から見捨てられまいと、人前ではより完璧に見えるように振る舞った。そのせいでジェニィは、いつも気疲れしていた。
 ジェニィがピクシーのショーを高揚した気分で終え、SNSのせいで私生活が勝手に世界中に知れ渡っていく新しい環境にも慣れてきた頃、モデル業界の勢力図を一掃させるほどのとんでもないモデルが現れた。そう、ツイッギーちゃんだ。
 その愛らしい妖精のような容姿に、世界中が夢中になった。ブロンドのお団子ヘアー(ごくまれにピンクに染めることもある)につるりとした童顔。ツイッギーちゃんグッズまで登場し、これまでモデルには興味の無かった世代にも名が知れ渡るほどの人気を博した。
 その活躍もさることながら、トップモデルたちにショックを与えたのは、ツイッギーちゃんがどう贔屓目に見ても三頭身だったことだろう。なぜ、三頭身である上に表情もポージングもワンパターンの小娘が、自分たちと同類になるのか。モデルたちには受け入れられなかった。
 その上、ツイッギーちゃんは私生活でも、これまでのカリスマ・モデルのイメージを覆してしまう。彼女は、マンハッダンの高級マンションでも、ビパリーヒルズの豪邸でもなく、森にある樹の家に棲んでいるのだ。ツイッギーちゃんのインスタグラムには、お洒落なオーガニックカフェや、ノングルテンの手作り料理や、高級リゾート地といった、ナチュラル風ライフに欠かせないものたちは登場しない。それら代わりに、同じコミュニティの仲間たちとの自然と一体となった夢のような森の暮らしを垣間見ることが出来る。そのガチなナチュラライフが若者たちの心を捉え、インスタグラムは瞬く間にジェニィのフォロワー数を越えた。

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