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「コズミック・ピクニック /cosmic picnic」3
木立に向かって歩きながら周囲を眺めると、いつからいいたのか湖の対岸に釣り人らしき人影が見えた。カヌーが数隻並んでいるのにも気づいた。休日の楽しみとしてあの湖を贔屓にしている人たちもいるのだろう。対岸に広がっている森には、もしかしたら別荘のようなものがいくつかあるのかもしれない。
それから僕が木立の方まで引き返す数分の間に、ぱらぱらと人が増え始めた。小さな男の子とその母親、バイク野郎が五人、双子のティーンネイジャー、老夫婦、猫と白髪のマダム、ピンクのコートを着た女の子。彼らは湖の静けさに少し戸惑うような表情でやってくると、僕らと同じように、湖の周りを歩いたり、ぼんやり湖を眺めたり、砂地に座ったり、寝そべったりした。
その後一時間、ひっきりなしに人が集まり続けていた。僕も百人くらいまでは人数を数えていたけれど、それからは諦めた。湖の周りは、いつの間にかあらゆる年齢のあらゆる肌の色をした、あらゆる服装の人々でいっぱいになった。
準備良くシートやチェアを持ってきている人たちもいたし、僕らのように食べ物を持ってきている人たちも多かった。僕は才能を最大限に発揮し、最初に来た双子からポテトチップス数枚を、陽気な大家族からできたてのタコスを、太った女の子からオムレツとパン一切れを、亀を抱えたおじいさんからホットチョコレートを貰った。
最後にして最大の収穫は今や五十人以上いるバイク野郎の一人が簡易コンロで焼いたホットケーキだった。ちょうど通りかかった背の高いおじいさんが熱いミルクティーをくれたので、すばらしいランチに仕上がったのだ。もう十二分に満足していたはずなのに、とろけたチーズとメープルシロップをかけた焼きたてのホットケーキはとびきり美味しくて、あっという間に平らげてしまった。
そして、ちょうどホットケーキの最後の一口を頬張ったところで、いつの間にか背後に立っていた姉さんにこづかれた。
「何してんのよ!」
と、明らかに僕を避難している口調で姉さんは言った。
「食べ物をねだって歩いているんじゃないでしょうね?」
そういう姉さんの手にも食べかけの大きなチーズケーキがあった。
「僕はちゃんとグミベアーと交換しているよ」
僕はポケットから半分ほどに減ったグミベアーの袋を取り出して見せた。
「そういう問題じゃないわよ。ガキっぽいことしないでってこと。恥ずかしいじゃない」
そもそも僕ら二人の歴史において、あの日みたいに何時間も口論することなく過ごしていたことは無い。まあ確かに悪くはなかった。でも、目的地に無事たどり着いた安堵感で、姉さんは口うるさい姉さんに戻っていたし、僕もそろそろお調子者に戻りたい気分だったんだ。
「誰がガキっぽいのさ!」
僕は立ち上がって食ってかかった。でも、そこでミルクティーをくれたおじいさんがまたまた偶然通りかかり、
「おっと、喧嘩かね?」
と、僕ら二人を見てうれしそうにクスクス笑ったから、僕らは気まずくなって中途半端な笑顔で取り繕うしかなかった。
「元気でよろしい。ご褒美にいいものあげよう。口を大きく開けて~」
僕ら二人が口を開けると、ぽんっぽんっと丸い玉が口の中に放り込まれた。大きな蜂蜜レモンキャンディーだった。僕らはキャンディーでいっぱいになった口をもごもごさせながらしばらく睨み合っていたけれど、言葉を発することができないのだから仕方がない。二人とも口をもごもごさせながら、母さんと父さんを探すことにした。
「んーん(あっちじゃない?)」
「うーうん(あっちにはいなかったよ)」
「んーうん(じゃあ、こっちにいってみましょう)」
「ふん(了解)」
こんな感じで。
雑踏をかき分け、かき分け進み、親子あざらしになっていた場所で父さんを見つけた。
「母さんは?」
とは、訊けなかった。まだもごもごしていたから。でも姉さんと二人で眉間にしわを寄せて父さんをじっと見ていると、父さんが察して、
「母さんは残っていたクッキーやフルーツを配りに行った」
と教えてくれた。僕らは父さんの隣に並び、母さんが戻ってくるのを待つことにした。
父さんは誰かから貰ったであろうコーヒーを飲んでいた。キャンディーのせいで少しくぐもった声のくせに、姉さんは気取った澄まし顔になって、
「一口くれる?」
と言ってコーヒーを味見した。
「甘いものとコーヒーって、最高の組み合わせ」
なんてコーヒーのCMにでも出演しているみたいな感想まで付けた。姉さんは最近、隙あらば大人の階段を上りたがるのだ。そうやって僕との差を広げようという魂胆なのだろう。僕はまるで姉さんの事なんて目に入ってないという顔をしてやり過ごした。