ANDORの映像がリアルに見える理由(キャシアン・アンドー)
最近公開されたDisney+のスターウォーズ作品「ANDOR(邦題:キャシアン・アンドー)」の映像が良かったので、DUNEのVFXについて解説していたチャンネルの動画(以下の動画参照)を再び参考にさせて貰いながら解析していきます。
DUNEのスタッフが参加しているマンダロリアンも凄いので、ANDORも参加してるのかと思っていました。しかし、調べたところ違う撮影スタッフが撮影編集しているようで、以前までスターウォーズの短編などで使われていたStageCraftという撮影技術が使われていない、初のTVシリーズ作品のようです。
VFX背景の使われ方比較
動画の初めでは、同じスターウォーズのTVシリーズ作品「オビ=ワン・ケノービ」との冒頭シーンを比較しています。
オビワンの冒頭シーンは、VFXで作られた背景から近景の実写セットへカメラが動き、そこからカメラが物凄い揺れるライトセーバーの戦闘シーンへ移るので、映像そのものが作り物のような違和感が出ています。
その一方、ANDORの冒頭シーンでは、街灯の光や雨などtangible(触れれる、有形)な要素が詰まっており、カメラの視点(POV)の動きが人物に沿っています。そこからカットして登場人物の背後からVFXの背景を映すようになっています。
これらのシーンでは、実在する物体の方に優先順位を置いているか否か、という違いがあります。
ANDORでは街灯の光や雨、濡れた地面など物理的かつ触れられる要素を、キャラクターに近いカメラの動きで見せてから、VFXの背景を含むシーンに移る事で、VFXを含む背景やシーンの一部がリアルに存在するセットと一体になっているように感じられます(cohesiveな、まとまっていると動画では表現)。
オビワンのように最初からVFXの背景を大きく見せてから、実在するセットにカットせずトランジションしてしまうと、「VFXの背景の中に現実の舞台セットが入っている」ように感じてしまい、見ている人が現実のセットを作り物だと潜在意識的に認識してしまう問題があるようです。
感覚的なディティール
ANDORの映像がリアルに見える理由のもう一つは、触れられる、聞こえるといった感覚的なディティール描写です。
焚き火の音や、袋の中を探る手に当たる部品の音、カップに飲み物を注ぐ音、キャラクターの顔を照らす朝日など、キャラクターが触れたり感じたりできる物にピントを合わせたシーンが多く見られます。
キャラクターが触れている物をリアルに描写する事で、見ている観客もセットに存在する物体や環境に触れるようなリアルさを感じ、キャラクター達がセットやグリーンスクリーンに立っているのではなく実際に存在する別世界に居るように感じられます。
現地撮影の強み
冒頭で説明したようなStageCraftなどを使って、一つの室内スタジオで撮影するよりも、ロケ地を複数箇所用意しグリーンスクリーンなどを使用せず、実際にセットを組み立てて撮影する方が予算がかかります。
しかし、現実に近い環境で撮影できるため、ANDORの劇中序盤のような焚き火の光や天井から滴る雨水、演者たちの吐く白い息などが撮れます。
こういった現地撮影ならではのディティールが、ANDORのリアルな表現に一役買っています。シリーズ前半が「ただの北欧で撮ったドラマになってるじゃん」という感想もあるようですが、こういった現地でのセットを使った撮影ならではの細かさを注目すると楽しめるかもしれません。
キャラクターの視点で撮る
冒頭のオビワンとの冒頭比較でも、キャラクターに沿った視点で撮影する例を出しましたが、VFXで作った巨大都市を空撮したり巨大ビルの間に車を飛ばしたりなど、キャラクターの遠くからカメラで撮影するカットはANDORではあまり見られません。
ANDORのシーンをまとめた他の動画でも、キャラクターの視点で環境を撮るカットが多い事が確認出来ます(以下の動画前半を参照)。
このように、架空の世界に居るキャラクター達と同じ世界に立っているように感じさせるシーンは、ロケーションをキャラクター達の目線からディティールが確認出来るように撮影されており、その結果、キャラクター達が居る環境を彼らと同じ視点で世界の内側からリアルに観ることが出来ます。
このようなシーンとは逆に、「ファウンデーション」(アシモフ作品の映像化)を例に挙げ、VFXの広い風景からグリーンスクリーンや小さいセットの視点にいきなり移ってしまうと、キャラクターが歩いてロケーションに辿り着くなどのシーンを飛ばしてしまうため、前述のような没入感が得られにくいと解説されています。
いきなり別の空間へシーンを変えたりカットを挟んだりせず、キャラクターが芝居の行われる空間まで移動する様子などを挿入する事で、作品世界をリアルに感じ取れるという例を紹介しました。
キャラクター視点を基準にしたストーリー
副次的な効果かもしれませんが、この撮影方法は必然的にキャラクターを通したストーリーの推移となります。したがって、今カメラが追従しているキャラクターの知らない情報は視聴者も知らず、視聴者は全てカメラの前でキャラクター共に少しずつ情報や状況を知る事になり、観客はその都度リアルタイムでキャラクター達の判断や行動を観るようになっています。
一般人視点のストーリー
最後に、撮影技法から少し離れてキャラクターやシナリオのテーマについて触れます。キャラクターやシナリオ自体は、実写セットや映像カットなどとは一見無関係に見えますが、先程述べたキャラクター視点で話を進める事例のように「一般人視点」というワードで、ストーリーやキャラクターそして映像が密接に結びついています。
例えば、戦艦スター・デストロイヤーや、雑魚役で広く知られている戦闘機TIEファイターは、普段は宇宙空間でレーザーを撃ったり宇宙で爆発したりしています。
その一方、ANDORでは多くの印象的なシーンで、これらが地上から見上げるようなカットで下から撮影され、地上に影を落とす巨大な戦艦や、頭上を轟音を立てて飛ぶ戦闘機などのように、恐怖の対象として描かれています。
また、一般人の生活シーンが多く撮られています。焚き火を囲んだり丘の上で見張りながら何かを飲む、仕事場で何か食べている。背後では何かを修理したり甲板らしい床を清掃する従業員も居ます。
このように圧政下での一般人(帝国側の一般人も描かれるが)の生活を丁寧に描く事でも、一般人が自由を求めて反乱を目指すまでの様子が近く感じられます。
主演のディエゴ・ルナが作品の主題に関して、以下のように分かりやすく述べています。
ジェダイやフォースを登場させると運命や悲劇、神秘性などがテーマに深く関わってきます。宇宙船を撃ち落としたり銀河を救うために修行したり、といったシーンがメインに据えられ、アクションや会話が次々と起こる映像になるのは自然でしょう。
このようなヒーローの物語に対して、このTVシリーズのキャラクター達は全編を通して、何かを犠牲にしたり、目的のために全てを捧げたりといった行動を選び続け、それらは巨大な悪を倒すという共通の目的に対する個人の選択をシリーズを通して描いています。
こういった工夫の積み重ねがANDORを、一つのSFスパイスリラー作品として成立させていると考察しています。
まとめ
色々な映像やシナリオのテクニックが見れましたが、作品世界のtangible(触れれる、有形)な要素をキャラクターを通して観客も感じる事が出来る、というリアリティに対する考え方が優れている作品だと思います。
明日から使えるようなテクニックといえば、やはりキャラクター視点の映像の撮り方なので、映像作家の方はこれに気をつけて遠景を撮ると良いんじゃないでしょうか。