退職の意思表示と退職代行 ~どのサービスで何をできるのか?~
「退職代行」というサービスをご存じかと思います。本人に代わって、会社に「やめる」ということを伝達するサービスです。オペレーターが電話を使用して当人の勤務先の人事部などに伝える方法や退職に必要な書面作成などのサポートしたり、必要な場合は提携している弁護士によるコンサルタントを行うなど様々なサービスがあるようです。
様々な業態が存在しますが、例えば当事務所で行政書士に内容証明の作成を含めて依頼すれば、退職の意思表示や離職理由の記入内容に関する労働者側の意思を確実に伝えることができます。メールや普通郵便で無視されてしまうという事態をある程度予防できます。
また退職に際して過去の残業代の未払い、ハラスメントなどにより精神的・身体的被害を受けた場合などの賠償金を請求したい場合は、併設事務所の特定社会保険労務士により、個別労働紛争解決手続(労働ADR)による「あっせん」等の手続を行うことができます。結果、簡易・迅速・低コストに解決を図ることが見込めるのです。
今回の記事では、まずは退職届・退職願にどのような法的意味があるのか解説し、その後退職する場合の留意すべき点、退職代行サービスの違いについて解説します。
退職の意思表示
退職の意思表示とは、文字通り退職の意思を表示することですが、会社によっては、就業規則などにより「退職願」・「辞職願」など一定の様式が定められている場合があります。
また、そのような様式が定められておらず、自ら「退職届」などを作成して提出する場合もあるでしょう。就業規則等で退職の手続が定められていない場合は、口頭による場合も有効な意思表示との裁判例もあります。しかし「言った・言わない」という争いを避けるためには文書等証拠になるもので伝えることが大切です。ここでは「退職届」と「退職願」の法的意味の違いについて述べます。
退職届(とどけ)について
退職届や辞職届は法的には、労働者から使用者へ一方的に「会社を辞める」という意思を表示するものです。「任意退職」といい、原則として2週間経過後にその会社の社員・従業員の地位を失います(民法第627条第1項)。
退職願(ねがい)について
「願」(ねがい)という字のごとく、会社側に退職を願いでて、それに対して会社側が承諾するものです。
「会社を辞めたい」という労働者からの「申込」に対して、会社側が「承諾」の意思表示をして雇用契約が終了することから「合意解約」と言い、退職願を「合意解約の申込」といいます。この場合、合意の中に、いつ会社を退職するかが話し合われるでしょうから、労働者と会社側との日程調整の上、退職日として設定された日が労働者に伝達されたときに「合意解約の申込」に対する「承諾」がなされたと考えます(民法第97条)。
「『会社を辞める』のはやめました」は通用しません
以上が「退職届」(任意退職)と「退職願」(合意解約の申込)との法的な相違です。注意すべき点は、労働者側から自ら申し出た「退職」を取り消し、又は撤回して会社への復帰を求め、裁判になった場合です。
上記のように任意退職と合意退職では、それぞれ「どの時点で退職が成立するか」が異なり、一旦、退職が有効に成立した後の取消や撤回は、無原則には認められません。
裁判においては、「退職願」や「退職届」の形式・様式に捉われることなく、実際に、労働者と使用者との間でどのようなやり取りがあったのかで「任意退職」なのか「合意解約の申込」なのかが判断されます。
労働者が退職に意思表示をするに際し、
「売り言葉に買い言葉で、上司に反発して思わす『辞めてやる!』と言ってしまった」(心裡留保(しんりりゅうほ):民法第93条※1)、
「会社に損害を与えたとして『自主退職しないと賠償金を請求するぞ』と言われた」(強迫:民法第96条)、
「本来なら懲戒免職になるほどの不正ではないのに『依願退職するなら、退職金を出してやる』と言われ、依願退職を選んだ」(錯誤:民法第95条)
以上のような事実(※2)が裁判所で認定された場合、退職の意思表示の取消や無効が認められます。
※1 自分の内心とは違う意思表示をあえて行うこと。原則として有効です。ただし、相手方がその真意を知り、又は知ることができた場合は無効となります。
※2 法律用語では「意思の欠缺(けんけつ)」「瑕疵(かし)ある意思表示」といいます。
「代行」の意味と退職代行サービスを利用する場合の留意点
退職代行サービスを利用する人は、業務上とのトラブル、メンタルダウンやハラスメントがきっかけとなり、「もう会社の人とは接触したくない」という理由で利用することも多いと考えます。
(1) 代行の意味
代行の意味は「代わって行うこと」です。すなわち、労働者に代わって「会社を辞めます」という意思を伝えることだけです。いわば「使者」としての役割です。それ以外の何ら権限を有していません。労働者の「会社を辞める」という意思に対して、会社側からの回答を受領して、労働者に伝えることも、契約上「代行」の範囲に入っているかもしれません。しかし、労働者の代理ではありませんから、未払い給与の清算方法はどうするか、未消化の有給休暇を金銭で買い上げるのかなどの交渉を行うことは、非弁行為となり、原則として弁護士しかできません(弁護士法第72条)
しかし労働問題の専門家である特定社会保険労務士は、労働紛争について一定の手続の上で交渉や和解を行うことできます。個別労働関係紛争手続において、トラブルの当事者の言い分を聴くなどしながら、労務管理の専門家である知見を活かして、個別労働関係紛争を「あっせん」・「調停」という手続により、簡易、迅速、低コストに解決することができるのです。
特定社会保険労務士に認められているのは以下の行為です。
・都道府県労働局及び都道府県労働委員会における個別労働関係紛争のあっせん手続等の代理
・都道府県労働局における障害者雇用促進法、労働施策総合推進法、男女雇用機会均等法、労働者派遣法、育児・介護休業法及びパートタイム・有期雇用労働法の調停の手続等の代理
・個別労働関係紛争について厚生労働大臣が指定する団体が行う裁判外紛争解決手続における当事者の代理(単独で代理することができる紛争目的価額の上限は120万円)
・代理業務には、依頼者の紛争の相手方との和解のための交渉及び和解契約の締結の代理を含む。
以上のようなメリットを踏まえ、退職時に職場の誠実な対応が期待できない場合には、弁護士のみならず、特定社会保険労務士への依頼も検討されると良いでしょう。
(2) 留意点
仮に労働者が上記「意思の欠缺・瑕疵ある意思表示」のような事情や、超過勤務によるメンタルダウンやハラスメントにより、会社側と接触したくないため「退職代行」により退職できたとしても、本来、受けるべき経済的利益を得ることなく、退職してしまう場合もあり得ます。
また、会社側の立場にしてみれば、いきなり「退職代行サービスの〇〇〇です」と電話や書面が送付されても、退職という人生の重要な局面で、代行サービスの申出を、額面どおりに受け取っていいものか否か判断に迷うところです。
※通常、弁護士が労働者からの委任を受けて退職等の交渉に臨む場合は、委任状の写しを添えて、依頼を受任した旨を弁護士登録番号等を明らかにした書面を会社に郵送してきます。
(3)雇用保険被保険者離職証明書の退職理由は「自己都合退職」
適用事業(簡単にいえば、会社(法人))に勤務し、
1.所定労働時間が週20時間以上の者、
2.31日以上の勤務が見込まれる、
3.学生でないこと
等の条件を満たした場合は、原則として雇用保険の被保険者です。
労働者が退職後、失業手当(基本手当)を受給するためには、会社に「離職票」の発行を希望する旨を伝える必要があります。また、会社は、公共職業安定所(ハローワーク)に「雇用保険被保険者資格喪失届」とともに「雇用保険被保険者離職証明書」(離職証明書)を提出する必要があります。
この「離職証明書」に「離職理由」の欄があり、19種類の離職理由が記載されており、その中から該当するもの〇をつけて選ぶ方式です。具体的事情記載欄には、例えば事業規模縮小による解雇などと記入します。
仮に、うつ病などメンタルダウンで退職する場合、安易に退職代行サービスを利用して任意退職できたとします。
この退職が当該疾病が業務に起因する可能性もあります。その場合、労働災害に認定され、医療費等(療養補償給付)が支給されることも考えられます。
また、労働災害と認定されなくても「心身の傷害」により離職した者に該当する場合もあるでしょう。この場合、雇用保険法上「正当な理由のある自己都合退職」となり、後日、ハローワークに医師の診断書を提出することにより、基本手当の給付制限(原則2カ月)を受けません。
簡単にいえば、(正当な理由のない)自己都合退職の場合よりも早く「失業の認定」が行われ、早期に基本手当がもらえるということです。
さらに「特定理由離職者」として、自己都合退職と比べて基本手当を受ける日数が多くなることもあります。
しかし、「退職の意思を伝えるだけの退職代行サービス」を利用した場合、その後の「離職証明書」の離職理由欄の記入内容や労働災害認定申請手続の調整は、どうなるのでしょうか。比較的長い期間、病気休職などをしていた場合、会社もそのあたりの事情を組んで何も言わなくても「心身の傷害」等と記入してくれるかも知れません。しかし、それも確実でありません。その結果、上記で述べたように、(正当な理由のない)自己都合退職となり、原則2カ月間の給付制限により基本手当の受給が遅れ、所定給付日数(基本手当を受ける日数)も少なくなります。
また、労働災害の申請は、原則として事業者を通じて申請が必要ですし、自ら行う場合も、平均給与額などの事業者の記入欄が多く、事業者側の協力を必要とします。
まとめ――業者の資格と退職の事情に合わせて検討するべき
以上のように、退職にあたって様々な手続きがあり、退職代行を行っている業者の資格によって対応できる事案が異なります。退職、退職代行サービスの利用を検討されている場合には、ご自身や職場、退職の原因を元にご検討ください。
会社との接触がどうしても精神的に困難な場合、まずは低コストな「内容証明郵便(内容証明)」を利用することも考えられます。
内容証明郵便とは、
・一定の様式を備えることで
・「いつ」「誰が」「誰宛に」「どんな内容の文書を送ったか」を
公的に証明できる郵便のことです。
追跡サービスにより受領の確認を行うこともできます。内容証明で退職の意思を伝えることとともに、離職票発行の希望、離職理由として心身の傷害によりやむを得ず退職することなどを伝えることも必要です。
内容証明を利用するということは、法的な手段の前段階であることを受領者に示唆しています。これだけでもプレッシャーはあります。さらに郵便局の配達証明サービスも同時につけることで、メールや郵送物を見ていない、担当者に伝わっていないという事態を防ぎ、結果的に「知らんぷり」を抑止する効果があるといえるでしょう。
内容証明は様式に不備がある場合は送付ができなかったり、伝える内容に不備があるとその後の手続に支障を来す可能性があります。作成に不安がある場合は行政書士や弁護士への作成依頼をご検討ください。
また、パワハラ、セクハラなどの理由で会社を退職せざるを得ない場合は、通常の民事訴訟の他、労働審判法に基づく労働審判、都道府県労働局や各労働委員会が行う個別労働紛争のあっせん(※)(個別労働紛争解決促進法第20条)という制度もあります。個別労働紛争のあっせんの場合は特定社会保険労務士を代理人とすることができます。
※公正中立な立場の第三者機関が間に入り、話し合いによる紛争解決を援助する制度 https://www.mhlw.go.jp/churoi/assen/index.html#comparison
労働に関する裁判を提起した場合、お金も時間もかかります。また裁判の内容は一般に公開されるので、経営者と労働者が互いに名誉や心を傷つけあう結果にもなりかねません。
裁判外紛争解決手続(ADR※)は、裁判によらないで、当事者双方の話し合いに基づき、あっせんや調停、あるいは仲裁などの手続によって、紛争の解決を図ります。
「会社を辞める」といっても「退職の意思表示」だけでなく様々な手続が必要となる場合があります。そもそも、退職すること自体が相当な経済的損失です。制度を賢く利用して、経済的な不利益を最小限に留めることが肝要です。
ワーズワース行政書士事務所では、退職代行サービス業務を行っております。シンプルな退職の意思表示の書面作成はもちろん、職場の対応に不安がある場合の内容証明の作成を行い、さらにトラブルが発生した/していた場合にも、併設の特定社労士によってパワハラ/セクハラ等を原因とする退職や賃金未払、賠償金等のADR手続きまで対応可能。依頼者の要望や職場に合わせて、トラブルの発生前から段階的な対応が可能です。
ワーズワース行政書士事務所
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