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金融垢週末小噺:不倫
「支店長はいますか?」
まだ2年目で融資係のローカウンターに座る私に声をかけてきた男性はやけに落ち着いた雰囲気だった。
「失礼ですが…」
「こちらでパートでお世話になっております、山中の夫です。」
(山中さんの旦那さん?)
支店長を探すも外出しているようだった。
「すみません、不在でして…」
「待たせてもらいます。」
旦那さんはロビーの椅子に座って待ち始めた。
パートの山中さんはというと、今日はお休みの日だ。
(え、これって…このパターンって…)
私は湧き上がる興奮を抑えるのに必死だった。
支店長と山中さん。
二人の距離感が近いのは以前から気になっていた。
飲み会の時は決まって山中さんは支店長の隣の席。
帰りは二人で同じ方向へ消えていく。
新人の私でも、二人の距離に違和感を覚えていた。
(いやいやいや、面白すぎるだろww)
自然と笑みが溢れてしまい、慌てて俯く。
(しかし、山中さんの旦那さん、怖い顔して座ってんな…まぁ、当たり前だよな。)
しばらくして、支店長が戻ってきた。
不謹慎にも一触即発を期待した私だったが、意外にも二人は少し会話した後、すぐに支店長室に消えていった。
気になってしょうがない私をよそに、二人は籠ったままだった。
「課長。なんすかね?あれ。」
「さぁ…なんだろう。」
(すっとぼけやがって…)
普段と変わらずとぼけた顔で仕事する預金係の課長に無性にイライラした。
しばらくして動きがあった。
本部から人が来たのだ。
人事に監査…リスクの担当もやってきた。
皆、いそいそと支店長室に吸い込まれていく。
(おいおい…大事だぞこれは)
たかが不倫でこんな大騒ぎになるのか、と私は興奮が収まらなかった。
そこから更に1時間経ったが、動きはなく、支店長室は開かずの間になっていた。私は意味もなく支店長室の前を行ったり来たりしていた。
すると、部屋から出てきた本部の人と目が合った。
「なんだ?」
「いや…なんかあったんすか?」
「君には関係ない。仕事に戻りなさい。」
「はい…なんか大変そうっすね。」
「?!」
好奇心に負け余計な事を口走った私に本部の人は驚いたような表情になった。
「何か知ってるのか?」
「まぁ…あからさまでしたし。」
目を見開く本部の人。
「…あからさま?君は知っていたのか?」
「え?そうっすね〜。みんなも気づいてたんじゃないですかね。」
「?!」
彼はショックで倒れそうな顔をした。
「こ、こっちに来なさい!」
会議室に連れて行かれ、座らされる。
待っているように指示され、しばらくすると支店長を含む3名がやってきた。
囲まれる私。 支店長は声を荒げ、私を怒鳴った。
「お前、気づいていたって本当か?!何に気づいたんだ?!なんですぐに言わなかったんだ!答えろ!!」
私はパニックになった。支店長の正気を疑った。
追い詰められておかしくなったのか?
「そんなこと言われても…」
下を向く私。
「答えろーー!」
怒鳴る支店長に、私を犯罪者のような目で見る本部の人たち。
耐えられなくなった私は意を決して口を開いた。
「ふ、不倫ですよね。支店長と山中さんの…」
しばらくの静寂が訪れた。 ぽかーんとした顔で私を見つめる3人。
「え?」
狼狽える私。 呆れたような支店長。
その後のことはよく覚えていない。
しばらくして私たち末端が知ったこと。それは、山中さんがお客様の金銭を着服する横領事件を起こしたという事だった。あの日、彼女の旦那さんは、ゲロった妻に代わり、支店長に相談に来ていたのだ。
私は自分の愚かさを呪った。全て思い込みだったのだ。
支店長に恥をかかせ、本部を巻き込みあの場を混乱させた私は、当たり前だが、次の異動で地方に飛ばされた。
裏では、法螺吹き童子だのウソップだの好き勝手に呼ばれている事は知っている。
犯した罪は償うほかないのである。
雪の降る街をカブで走りながら、ふと昔の事を思い出していた。
(終)