映画感想『エンパイア・オブ・ライト』
原題「EMPIRE OF LIGHT」
◆あらすじ◆
1980年代初頭のイギリスの海辺の町。地元の映画館、エンパイア劇場で働くヒラリーは、過去に辛い経験をし、今も心に問題を抱えていた。そんなある日、夢を諦めた黒人青年スティーブンが映画館で働き始めることに。上司のドナルドと不倫の関係にあったヒラリーだったが、いつしか若いスティーブンとの距離が縮まっていく。しかし、不況と社会不安の中で、不寛容な世間の荒波が2人に容赦なく襲い掛かってくるのだったが…。
サム・メンデス監督の単独脚本だそうで、映画館を舞台に一貫して何かが描かれると言うより社会情勢や人間関係により密かに燻っている日常に起こり得る出来事が次から次へと表面化し落とし所が全く予測出来ない作品だった。
海辺に建つ古い映画館。
出勤するヒラリー。
ひとつずつ点灯していく橙色のライト。
人気の無い静寂から徐々に“活動”を取り戻していくロビー。
このオープニングのシーンでヒラリーの手によって意味ありげに赤く色付くストーブの前に置かれるスリッパが伏線の手がかりになっているのが気に入った。
彼女が毎日この一連の“作業”をしていて、そのスリッパが誰のものでその持ち主との関係性までここで表現さているのが冒頭の掴みとしては完璧だったと思う。
そしてヒラリーの日常に突然現れるスティーブンと言う黒人の若者。
彼は誰にも分け隔てなく接する青年でヒラリーとも歳の差を超えて共に過ごす時間が増えていく。
ヒラリーはスティーヴンと付き合うに連れ彼が背負う人種差別という世界を目の当たりにする。
自分の世界には存在しない出来事の連続に或る意味彼女は自分の世界の狭さを知ることになる。
そして世間ではサッチャー政権に対する不満の爆発が起こりその煽りを受け、スティーヴン(黒人)の存在がきっかけで映画館スタッフも含め暴動に巻き込まれる。
大怪我を負うスティーヴン。
復調していた精神疾患がぶり返しヒラリーはまた現実から身を隠してしまう。
それでもヒラリーを案じ彼女を訪ねるスティーヴン。
2人の関係性は恋愛から違うものへと形を変えていく。
現実の過酷さを目の当たりにしながらも“今を生きる事の繋がり”が未来を導くと思わせる気持ちの温もりと強さを感じさせる良作。
映像技師のノーマン、古株スタッフのニール、スティーヴンの母・デリアなど登場人物の一人一人に深い人間味を持たせる設定はお見事。
それにしてもコリン・ファース演じる館長のエリスは最悪なヤローだったな。
そう言えば、暴動時にスキンヘッドの1人にとても視線を奪われた。自分の仲間がスティーヴンに飛びかかろうとしたのを止めたり血を流し重傷を負った彼を心配そうにずっと見ていたりしていて・・・本来の自分ではない意思が群衆に紛れ込ませているのでは?と感じたのだ。
彼の行動が自らの意思と責任に発展してくれればいいと願う。
観終わって何処か心の中に留まる様な作品だった。
とにかく主演2人が良かった。
■補足記事■