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勾玉

テーブルの上に雑多な小物があふれている
それを整理していた娘から勾玉を見せられた
言葉にはしないが これ何 と手を差し出して
くる 緑色に少し黒い筋の入った陰陽の印
の片方の形 それは これ私のでいいの?
という確認でもある 黄緑のリリアンが穴を
通して結んである これ お前のでしょ 持って
なよ と改めて言うと 改めて小物の入って
いる箱の中にしまった

しばらくして あの勾玉は国立民俗博物館で
買ったものではないかと思い当たった そう遠い
というわけではないが道が混むので遠く感じる
土曜の午後 早い時間に家を出て 二時ごろ
に着いた 初めてその場所を知ったのは失業
して簿記を習っていたころだった クラスはほ
とんど 大人の女性ばかりだった 若い大人の
男ではあったが 特にモテたという記憶はない
私のほかにひとり30半ばの男性がいて 奥さ
んはいなかったが お母さんに会社に行く と
いってクラスに来ていた ばれるのを恐れてい
たが 三月ほどで薄々ばれていたようだ 車の
陸送をしていたと言っていた 吉行淳之介に
とても似ていた

そのクラスで遠足へ行った 大人の遠足である
まさか社会に一度出たのに 遠足に行くとは
思わなかった 先生が佐倉の 博物館とほど
近いところに住んでいるらしかった とても気
持ちのいい五月のよく晴れた日だった レスト
ランの窓際で何人かで食事をしたが 先生は
ろくに食べずに昼間のビールを実に旨そうに
飲んでいた 赤ら顔でこれも仕事 と言い訳
するようにはにかんでビールを飲んだ あなた
たちも飲めばいいのにと言われたが 女性
たちは飲み 私ともう一人の男性は飲まなか
った 下戸だった

ミュージアムショップは広い階段の中二階み
たいなところにあって 壁面の半分はガラス
で 薄曇りでも明るく感じた アクリルレジン
詰めにされた東南アジアあたりの少し色の
きれいな虫たちのキーホルダーが売られてい
た記憶がある 確か買ったのでさがせばきっと
どこかにある その時は森林浴が流行ってい
て ひばか何かの木の玉が袋詰めで売られて
いた 匂いを嗅いで森林浴みたいな触れ込
みで こういう場所では判断が鈍ってつい言わ
れるままに散財してしまう おそらく緑の勾玉
は鈍った判断の結果なのだった

今は本棚のどこかにあって本棚の前にギター
が入れ組んで吊られているので所在のわか
らない本もそこで買った 江戸の刑罰 といった
題名の本だった 下手人というのは容疑者み
たいなものかと思っていたが その本で確定
死刑囚であると理解した 理解が違っている
かもしれない そして 死刑については 罪に
よって五つぐらいのバリエーションがあること
を知った ヨーロッパの中世に勝るとも劣らず
いずれも残虐な処刑方法だった 基本 殺しは
死刑 盗みも死刑 遠島もほぼ死刑のような
もの 刑罰がとても重い江戸時代だった

クラスで行ったときには裏庭の竹の茂みがあ
あざかな緑をしていた 小径が降りていってい
たが時間が無くて行けなかった 家族を置いて
一人で薄曇りの竹の合間を下りていくと 隙間
から沼沢の一部が見えた おそらく印旛沼の
端だと思った 二十年後に水辺を見つけた

娘がひととき 勾玉に凝っていたのを知ったのは            ついおとといの事だった

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