しもや道
弓に張られた馬の毛を松脂でこすりながらバ
イオリンは木と動物のゼラチンで組み込まれた
生ものなんだ と言われ そんな気味の悪いも
のよく触れる と返答したら空気が固く気まずく
なってひとりかくれんぼ と呟いてみ
失われてしまった人に記憶を呼びかける それ
は失われてしまった人の記憶でも 私の中の
記憶でもない どうして失われてしまったのか
離別でも死別でも かまわす問いかける記憶
というのは誰の記憶でもない
歌で言えばサビみたいなものをはなから書いて
早速行き詰まる どう考えても理解できない
若い頃にされた仕打ちなどまざまざと思い出し
ながら 誰の記憶にも属さないシーンを書き出
そうと足掻いていたら それ つまり詩ではない
か
戦前にもプラスティックはあったのだろうか 無ければ
プラスティックな感触 というのは戦後の概念に
になるのだな 透明な箱はすなわちガラスで
しかしアクリルとプラスティックの違いなど気に
もとめずに ベークライトやエボナイト セルロイド
の詳しいことなどまして知らない すべて夏に
溶けるのだろうか 熱に とうとうとして夏にな
った
水槽掃除の手順を起き抜けの半覚醒の中で
組み立てて組み替えて もう三月以上水の
全入替をしていないのでバクテリアに水苔が
勝ってしまったようだった いつも薄くフィルム
を伸ばしたように濁っていて 朝日が翳ると急
に色のついた水が目だって 妻と娘が留守の
隙に秘事のように手早く済ませる その手順
のうちにもう一度眠りが降りた
まきびしを踏まずに踏んでしもや道
折れて屑になった付箋の中に書いてあった一応
の575はこれ 意味が分からず 撒き菱としいう
のは忍者のアレだ 踏まずに踏んで とは 結局
踏んでか踏まずか しもや道 とは それとも
踏んでしもや 道 と区切るべきか 季語は 色々
な疑問がわいてくる とにかく 私が書いたのに
は違いない 解読に苦労した
経験上 冬が終わりかけてくる時期に人が亡く
なり始めて来て 桜が咲くころには亡くならなか
った人がもう一年歳を重ねる 言い換えれば
人が亡くなる季節が終わりかけるころ桜の花
が咲き始めるのよ おんなことばをしばらく聞い
ていない一日一食 インスタントラーメンの日々
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