ノーコメント

昭和も終わろうという頃の話
駆け出しだった俳優を
何かと昭和の大女優である
彼女は目にかけて
可愛がっていいた

その俳優は死んだ昔の恋人
に似ていた
昔の恋人とは映画撮影で知り合った
朝を共にして
時間をずらして撮影所に行った
映画はヒットしなかったが
忘れられない作品になった

五十年も前の事なのに
若い俳優を見ていると
あの頃がありありと思いだされる
プレゼントをしたり
食事に行ったり
何かと彼にかまわずに
いられなかった

彼が若い女優とのシーンを
撮るのを見ていると
彼女は胸が締め付けられる思いがした
彼が女優の乳房をまさぐる
乳房に半ば開いた口をかぶせ
その中で舌を激しく這わせまくる
わがことのように感じると
ともに　嫉妬で気が
ふれそうになる

往年の激しい
恋多き女の
情熱が身体の中に燃え上がる
シーンを自らのものとして
悶々と目を閉じる

クランクアップは若い男優が
先だった
ユリの花束を老女優が
彼に渡した
彼は　共演できたこと
一生忘れません　といった
老女優は涙ぐみにがら
握手の手を放そうとしなかった
スタッフたちは
その光景を
にやにやしながら
眺めていた

若い俳優は若い共演女優と
結婚し
一年もしないうちに離婚した
老女優は
京橋のマンションで
彼をワイドショーで見ていた
老女優の晩年は不遇なものだった

老女優は雑誌の取材で
若い俳優と恋に落ちたと語った
それからすぐに
思い残しを吐きだして
夢見心地のうちに亡くなった

老女優の告白に世間が湧いた
が若い俳優はノーコメントを
貫いた
変な色がついて使いづらいと
仕事が減ってゆき
いつしか芸能界から
消えた

令和の今
別に元俳優であることを隠すでもなく
事実　今は時折　テレビや
映画にまた短く出ている
それをひけらかすでもなく
夜にはスナックのカウンターに立っている
時折　女性客と付き合ったりしながら
あれから独り身のまま
生きてきた

時折
あの頃を覚えている客から
本当のところ
どうだったの
と聞かれることがある
そんなとき　彼は
ノーコメント
ならぬ
ノーオ〇〇コ    
といってげらげら下卑て
笑うのだった　ノーしか
合ってねえし