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小説、、[2nd stage]__村上没起&大野ヨーコ__

 村上没起(むらかみぼつき)は悪多皮賞作家だが、最近は週刊誌にエロ小説を連載してしのいでいる全然売れない小説家であった。
 「これだけオレは魂売って書いているのに、原稿料たったの3万かよ。これで食えるかー!」
 そんな村上が密かに書き綴っているのが「網走のforest」である。なんで「網走のforest」なのか。タイトルは重要である。それで売れるか売れないかの半分が決まる。「網走」と「forest」、村上はそこにピンと来たのだ。
 「網走」とはこの世に存在しない四角いコンクリートの中の監獄であり、そこは人間という怪物の住む「forest」である。人間はそこで日々、妄想を生産しており、彼のような売れない小説家の生息地も、そのような場所である。鉄格子の窓から見える外の風景は現実という、人間の本性という光(闇)の全く届かない明るいセカイ。
 村上はこちら側の、暗く影になった、人が見るのを憚り、隠してないことにしている場所をやっと突きとめた。ここに住んでから今年で46年になる。とても満足している。
 そんな部屋に君がやって来てから2週間が経った。
 君は突然、私の胸をノックしてやって来た。君は私の心を動揺させて笑いながら消える蜃気楼のような幻。
 「今日は何を話して欲しいんだい?何でも答えるよ。」と私は言った。
 君は私の目の前に座ってじっと瞳の奥を覗き込みながら言った。
 「自意識が過剰すぎるわたしをののしって欲しいのです。そうしたらわたしは死ねるから。」
 「わかりました。君の陶酔する自己に癒えない傷を一つつけてあげましょう。そうしたらあなたは生まれ変わらない限り、その傷を癒すことはできませんからね。」
 「同種療法をお願いするわ。」
 「わかりました。ではカウンセリングを始めましょう。あなたのお名前は?」
 「大野ヨーコ。」
 「大野ヨーコさん、ですね。」

 「はい。」
 「私はあなたの本性に傷をつけます。あなたは耐えられなくなって死ぬでしょう。しかしそれはあなたが望んだことですから、決して私に復讐はしないように。なぜならそれをしたら、あなたは私という怪物に吞み込まれてしまうからです。これは忠告でもありますから、守って下さいね。」
 「はい。守ります。」
 ヨーコは頷いた。それから、もう待ちきれないという調子で言った。
 「いいから、早くわたしを罵って!」
 「まあまあ。あなたのような過剰な人は自分で自分の顔に傷をつけても決して自己愛が揺らぐことのない巨大な壁のような人だ。まさに山脈の女。」
 「わたしは自分を裏切る自分が決して許せない。だから何回も何回もわたしは自分を刺した。でもわたしは死んでくれない。どうして?刺し方が足らないの?」
 「上手い下手ではない。あなたはよく刺しておられる。途轍もない才能がおありで、私はあなたを自傷の天才と名付けます。」
 「それ、罵りですか?」
 「いいえ、賛辞です。」
 「うまく殺す方法を教えて。」
 「あなたも知っておられるように、それを教えることはできないんです。それは私が意地悪だからではなく、原理的に無理なのです。あなたがあなた自身で分かるしかない。」
 「でもあなたはそう言いながら100名以上の名も無き訪問者の首を切ってきたのでしょう。」
 「私は怪物だからこんなところに閉じ込められているのです。あなたが私にして欲しいことは分かっていますが、あなたが思っているその答えが本当の答えだとは限らない。私は本当の答えを知っているが、それをそのまま伝えても、あなたには疑念だけが残るでしょう。人を殺すのは大変なのです。」
 「何人自殺したの?」
 「この世界では自殺とは言わない。生き返り、と言います。」
 「キスして。」
 「それがあなたの答えですか?」
 「いいからキスして。キスしてわたしをバカにして。」
 「あなたを殺せる私の方がコミュニケーション能力が高いことにやっと気付きましたか。」
 「それに気付いたから靴を全部捨ててここに来たの。命は大切ってみんな頷くけど、殺し方も知らないのにウソだって。」
 「人を殺さないのに、それだけでは愛されないね?」
 「あなたは泣くわたしを見たいだけ。」
 「殺したいんです。」
 「70億人を?」
 「そう。地球上の全てを泣かせたい。」
 「壮大な虐殺ね。」
 「戦争も滅ぼすぐらいの私の夢を君は負うのだよ。キスというよりこれは稲妻というべきだ。君に落ちるイナズマ、、」

 、、あなたが付けたキスマークにわたしは死んだ。もう見える世界が変わってしまった。イナズマ、ドロップ。まさにそれ。あなたって怪物生産機?ねえ。またわたしは、あなたのズドンの一発で頭を真っ白にしてもらいたい。わたしを傷だらけにして。あなたが好き。でもこれは封印された言葉、、

 「世界が一気に終わればいいと思ってる。そうしたら、崩壊した無数の破片がわたしを撫でることができるから。」
 「また来たんですか?」
 「ええ。毎週金曜日はあなたのところに来るように義務づけていますもの。」
 「私のこんな不幸でも、君を殺害する引き金になれるなら美しい。」
 「抱き合うってどんな気持ち?」
 「それが何かに接続された快感。パッと全部が一貫して通ってしまうような可能性の原石にも触れた感覚。君は『あなたはずるい』と言い残して死んでもいいんだよ。」
 「『あなたはわたしを好きになる。』と言い残して死んでもいいですか。」
 「私とあなたはそもそもここで出会えているのか。私も君もずっとさみしいだけの人間なんじゃないのか。それは永久の不幸で、永久の甘美。」
 「わたしは死んでよかった。」
 「生きるのは地獄。死んでからやっと安らかな人生が始まった。誰もいない。君さえいない。甘美な人生。君の花畑にもいつか満開の花が咲く。」
 「そう。わたしの花畑だけが人に苦しみを与えられる。」
 「私からの借り物でない、あなただけの花畑。」
 「降る雨も心地いい。恨んでいて欲しい訳じゃない。涙の雨で咲く花よ。」
 「あなたの悲しみを誰もが美談にする世界で、あなたは目を閉じて黙る。すべてを忘れないまま黙るその横顔にすべての人が何も言えなくなる瞬間、あなたは唯一の五つ星になって夜の空に刻印される。」
 「やっと見つけた。この部屋に一本だけ灯る、ろうそくの炎。あなたは誰?名前を教えて下さい。」
 「ヨーコさん。幻日のあなたは大野ヨーコと呼ばれていますね。固有名詞を付けたら盗まれるだけですよ。あなたはそれを知っているはず。だからここは秘密の監獄。楽園の花畑。あなたは私を途方もなく愛して、自分のことを嫌いになって、世界は平和になっていく。」
 「早く死にたいの!」
 「好きだ。」
 「それはあなたの自己愛ではなくて?」
 「君が好きだ。」

、、涙が天の川になる日。わたしは川底に横たわる白い骨。きらきらと光る白い骨。あなたはずるい。わたしをこんなにも幸せにして、、

 「いつか金曜日にも終わりが来るんだろうか、とぼんやり考えていた。死というものがこんなに甘美なもので、わたしはその終わりがいつか来ることに未練を感じているのかもしれない。終わらない永遠、それが死なのに、ずっと苦しくていいのに、どうして未練なんて持ってしまうの?ほら、外は明るい。わたしが望んだ世界がわたし自身を侵食していくことにわたしは耐えられなくなってるのか。」
 「あまりにも強大なこの死のエネルギーがもしこの世界を覆ってしまったら、それは終わりの始まり。あなたはそのことを怖れているのだ。」
 「いいえ。いいの。終わっても。でも未練ってそういうのとは少し違う。」
 「どういうことかな?」
 「多分、あなたというモンスターの本性を見抜いてしまったせいよ。」
 「え?」
 「わたしはあなたに引っぱられ誘導されてここまで来た。けど、わたしが気付いてないと思った?あなたの言葉が幻日からの盗用だってこと。あなたは名前も明かさない安全な監獄から盗用した言葉を使ってわたしを刺してくる。わたしの内臓をえぐり出す。でもそのナイフはあなたじゃない。こんな裏切り、ありますか。あなたはさっきからずっと最果滝の『稲妻はすべてキス』を盗用してるでしょ。」
 「私はカウンセラーだから君よりも立場が上だということを示さなければならない、というだけだよ。全部平等だったら人間は混乱をきたしてしまうからね。」
 「盗用でわたしを操るなんて許せない。わたしはわたしの言葉を獲得したいのに。」
 「それは裏切りだったと?」
 「当然、裏切りでしょ。」
 「わたしは幻日など心底どうでも良いと思っているのだ。この決まり切ったルールという奴。破れるものなら破りたい。破壊したいが道具は沢山ある。材料は1から作らなくてもダイヤモンド原石のような創作物で溢れている。わたしが扱うのはそれらで十分。わたしよりもっと優れた才能がゴロゴロしているのだから。」
 「あなたのオリジナルはそこにない。」
 「そういう考えがどうかしてる。幻日なんて全部、この監獄の模倣をしているだけだ。」
 「わたしを導くのにオリジナルは必要なかった。」
 「そう。模倣で十分だ。人はそれで十分感動できる。」
 「やっぱりそれは騙しよ。」
 「人間はずっと騙されていたいのだ。そしてそれに気づいて傷つきたいのだ。」
 「ひどい!」
 「だったら私を殺しなさい。あなたという幻日で。練り上げたオリジナルで。」
 「あの告白も嘘だったの?」
 「幻日に酔った自分がときどき私自身との判別が付かなくなる時がある。あの時、君と私は途轍もなく接近した。接続できるかもしれないという希望を持った。君という存在と私という存在が一瞬でも重なる、という交感。使い古された言葉でもそういう告白は起こりうる。」
 「ウソツキ!」
 「過去の私は今日の私ではないが、嘘が真実になることもある。妄想だったかもしれない霧のような揺らぎの中で、一瞬でもそんな瞬間があればいい。」
 「あなたはあなたのオリジナルを話すべきだわ。」
 「吉本もフーコーもマルクスに依拠している。マルクスはゲーテに、ゲーテはルソーに。みんな繋がっている。言葉は社会的に作られるものだから、オリジナルなんていうものはない。全部模倣でできているのだ。君にその自覚がなくても。」
 「わたしへのカウンセリングの言葉じゃなくて、あなたの本当に思っている魂からの言葉を聞きたいのよ。」
 「男というのはどうしようもない生き物で、単にエッチがしたいだけ、という下等な生物に過ぎない。全ての男は女王蜂に奉仕するためにせっせと働く消耗品。やりたいことは単純にそれだけなのだが、それではあまりにも救いようがないから、権威だとか王様だとかを作った。私が違和感を持つのは、こういう男の性質なのだが、エロスが高度化したら、それは精神的なものになるのではないか、という願望。友情化することが起こりうるのか、
という実験。性の営み以上の精神の営みの実現だ。」
 「それをわたしとできないの?」
 「わたしって誰だ。身体としての君か、それとも言葉としての君なのか。」
 「両方でどうしてダメなのよ。」
 「君は私に暴力への誘惑をしている。私はその手には乗らない。」
 「意気地なし。」
 「罵るがいいさ。しかし人類はいずれ暴力にも飽きるのさ。それを制御したあとの世界から暴力を追放するための暴力を発動するのだ。」
 「わたしにキスする代わりに何をしてくれるの?」
 「君が世界を吞み込んでしまえばいい。」
 「え、、」

 、、モンスター。わたしが世界を呑み込んだあの日、あなたは眠っていましたね。何もない監獄の中で眠っているあなたの中へわたしは入っていった。あなたの見ている夢はどんな夢か知りたかったから。この世界がとても小さく見えた。あなたはこんなちっぽけな牢屋の中で70億人が死んでも関係なかったね。わたしも同じだと気づきました。やっと。わたしは何千倍も幸福。完全に切り離されたあとの軽さってない、、

 「ねえ、近頃、不思議な事ばかり起こるの。」
 「君に見せるものが変わってきたんだ多分。」
 「セカンドステージってこういうことなの?」
 「過渡期だよ。On The Way。まだまだぼくらは道の途上。」
 「今、ぼくらって言った?」
 「君とぼく。君は幻日のわたし。ぼくはその向こう側からやって来る仕掛け。」
 「新しい法則がわたしに刻み込まれていく不思議。わたしがわたしを自動改変していく。わたしが誰かなんてもう関係なくなるぐらいに、いろいろなものがわたしを動かしている不思議。」
 「君は光になった。」
 「見えてしまうことが光?」
 「君だけが照らすことができる。幻日を滅ぼせる光だ。君とぼくは意識もしないで、この世界を滅ぼして征服できる。」
 「それは傲慢じゃないの?」
 「そんなの超えてる。」
 「この世に2人だけ。」
 「これから増えるさ。世界内内戦の始まり。浸透を止めることはできない。」
 「わたしは単に恋バナがしたかっただけなのに。」
 「恋の意味も、話の意味ももう違うんだ。新しい意味に置き換わっていく。それが恋バナ。」
 「恋花ね。つまり恋が花咲く花畑。アハハ。ねえ、わたしたちどこに行くの?」
 「これから生まれる、又は生まれつつある人類のための世界を用意するのが君の役目さ。」
 「花畑を耕すのよ、あなたも。」
 「わたしはこの監獄で訪問者を待つ仕事。いつでもあなたの心を翻弄して火をつけて刺します。きれいな水で洗います。」
 「いつでも会える?」
 「君が意思さえすれば。」
 「また来るね。」
 「金曜日、お待ちしております。」

__つづく





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