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シナリオ「朝焼けは最大質量の赤褐色(セピア)」

冒頭シーン
部屋に一人の男がこっちを向いて立っている。
深刻な表情である。沈黙。高まった緊張感を破るように発言。

男「この物語は最果タヒの「夜空は最高密度の青色だ」という詩集を映像化したらこんな風になった、というものである。同名タイトルにすると作者のクレームが入るかもしれないから、タイトルは変えて、二次創作である「朝焼けは最大質量の赤褐色(セピア)」として発表するものである。今度高1になった娘に文化祭で自主映画を上映したいからシナリオを書いてくれと頼まれたから書いたのである。なのでクランクアップまでこぎつければ今年度10月の○○高校文化祭1-5作品として上映されるはずである。、、え?いいの、これで、、OK?なの。」
娘の声「んもう、カットカット。やめてよ撮ってる途中でしゃべるの。黙って突っ立ってたらこっちで編集するんだから。」
男「え、やり直し?」
娘の声「あ、もういいや、これ、このまま使うから。」
(映像ブツっと切れる)
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天神交差点 横断歩道を渡る人々
青信号が点滅し始めた時、一人の若い女が岡晴夫「憧れのハワイ航路」を歌いながら交差点に進入する。
赤になっても渡り終えず歌いながら歩いているので、最前列の車がクラクションを鳴らし、窓を開けて、男「早う歩かんか、このバカタレがー!」と怒鳴る。女、それを聞いて歌をやめ、男に向かって中指を突き立て「死ね」と言う。女、再び歌を歌い始め、周りの通行人たちはこの光景をぼけーっと見ているだけ。その通行人たちに向かって女は言う。

女「死ね、という言葉は簡単に孤独を手に入れるための魔法の言葉だ。」

通行人たちは無視して聞かなかったことにしている様子だが、その中から一人男が寄ってきて言う。

男「わかるわかる、わかるよー。ねえ、なになに、これからどこ行くの、教えてよ。君、かわいいね。おれ、ゲゲゲって言うんだけど、君何て言うの?」
女「わたし、ジャジャって言うの、よろしく。」
ゲゲゲ「ふーん。でさー、ジャジャ、死ねー!って叫んだら何か手に入るの?」
ジャジャ「やってみたらわかるよ。できないの?いくじなし。」
ゲゲゲ「ばかだなー。こう見えてもおれはゲゲゲの狂太郎と呼ばれた男だよ。知らないのかい。」

ゲゲゲ、おもむろに「死ねー!死ねー!死ねー!」と叫び始める。ジャジャも乗ってきて同じように叫ぶ。
すぐにケーサツが来て言う。

ケーサツ「君たち、何をしているんだ、こんなところで。ちゃんと道路使用許可を取ってからやりなさい、こういうことは。この平和なニッポンでそんなことするなんて不謹慎な。お前たちは人間のクズだ。」
ジャジャ「あなたは死ぬ寸前のためいきを聞いたことがないんですか。」
ケーサツ「いや、ない。」
ジャジャ「不謹慎なのはあなたの存在自体。今すぐためいきをついて死ね。」
ゲゲゲ「そうだそうだ、死ねー、死ねー。」

周りの通行人たちに死ねコールが起こり始める。
周りは暗く、スポットになり、ケーサツの前に椅子と首つり縄が用意される。ゲゲゲはジャジャを肩車してジャジャが首つり縄を手で持ち、人力の処刑台ができる。
ケーサツ、胸の内ポケットから遺書を取り出し読み始める。

ケーサツ「お父上様、お母上様、先立つ不幸をお許しください。思えば私の生きたこの30年は波乱に満ちたものでした。お母上様の化粧台の口紅を無断で使用して女装したあと、口紅を引っ込めずに蓋をして先っぽを潰したのは私です。あの時は白を切りましたが。お父上様、愛犬のタツオが家の鶏とアヒルと名古屋コーチンとウズラを20匹以上食い殺した原因は私が夜に餌をやらずに放置したからです。もう保健所に連れていくと激怒するお父上様を「いや、猫ば殺したら祟られるばってん、犬ば殺したら貧乏になるらしかよ」と出鱈目を言って思い止まらせたのは、犬が可哀そうだったからではなく、犬が殺される原因が自分だったのでそれが嫌だっただけです。堀田様、あなたを説得して月間ジャンプを買わさせ続けたのは決してマンモスやかっとび一斗が読みたかったからではなく、やるっきゃ騎士を読みたかったからです。文江様、あなたのベランダに干してあるパンティーをたびたび盗んだのは私です。決して同じ階のマンションの住人のせいではありません。中野様、パンケーキ、おいしゅうございました。山本様、カキ、おいしゅうございました。金田様、シュウマイ、おいしゅうございました。竹下様、人参、おいしゅうございました。八島様、天然シラス漬け、おいしゅうございました。牛津様、プロポリスのど飴、おいしゅうございました。高見様、プラセンタEXドリンク、おいしゅうございました。横尾様、キューサイのケール青汁、おいしゅうございました、、(などなど、続く)」

見物人の中から一人出てきてケーサツの頭をこずいて言う。

見物人「ごたくはいいから、早く死なんか。長いったい。」

ケーサツ、怒って、靴の片方を脱いで、靴でその見物人の頭をひっぱたいて言う。

ケーサツ「人の自殺をじゃまするな!」
見物人「あいて。なんか、この。」
(見物人、ケーサツを押し倒して去る)
ケーサツ「オレの自殺がなくなったーー!(あの男ぶっ殺してやる、とか色々叫びながら、大泣きする)」
ジャジャ「(ケーサツの肩を抱き言う)そんなので自殺は無くならないよ。安心して。」
ゲゲゲ「そうだそうだ、死ねる死ねる。」
ジャジャ「大丈夫、死ねるわ。」

ケーサツ、気を取り直して椅子に上り、縄を首にかけると、大きなためいきをついて言う。

ケーサツ「生まれて、ごめんなさい。」

見物人たち、手で振りを付けながら「人間失格~」と何回も合唱する。
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天神 ジャジャを肩車して歩くゲゲゲ。
ティッシュ配りからジャジャとゲゲゲは同時にティッシュをもらいながら会話している。

ゲゲゲ「ねえ、さっきのケーサツ、死んだかな。」
ジャジャ「死んだ人の話をしていい感じに自己批判したいわけ?」
ゲゲゲ「うん。きっと死んだよね。」
ジャジャ「わくわくしてる?」
ゲゲゲ「うん。最高。」
ジャジャ「お前のこと、嫌いになりたい。」
ゲゲゲ「そんなこと言わないでよ。」
ジャジャ「人間誰かを憎まないとおしまいですから。」
ゲゲゲ「だよね、おれたち優しすぎるんだ。」
ジャジャ「ただ単に、好きと嫌いと優しいとカッコイイと素敵とまたねで出来上がってるだけ。ゲゲゲはなんで人間なの。自分がただの人間だって思い知らなくちゃいけないなんて誰が決めたの?」

ゲゲゲ「そう決めつけることが、君を愛する第一歩だと思ったから。」
ジャジャ「ぷ、、ハハハ(大爆笑)おれは君を愛している。全ての人と同じぐらい愛している。そんな最低なきみの愛できみが70億人殺すとき、ぼくは最初にそれで死にたいね。ヒーヒッヒッヒ、あー、アイス食いたくなってきた。ねえ、あそこのコンビニに入ってよ。」
ゲゲゲ「笑いすぎだよ。おれはいたって真面目なのに。」

ジャジャ、また岡晴夫「憧れのハワイ航路」を歌いだし、2人は肩車のままコンビニに入る。
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コンビニ レジ打ちの店長らしき人がいる。2人が歌いながら入ってくるとすぐに出てきて、指で頭をクルクルしながら言う。
店長「大丈夫?」
ゲゲゲ「大丈夫だと言われたくない。ひたすらおれが言っていたい、お前に。大丈夫かと。性別とか人格よりおれたちが生まれたっていう奇跡だけに目を凝らすべきじゃないのか。」
店長「ふん。生きることに奇跡を感じるのは5歳までにしろよ。いつまで生なんかに驚いている。」
ゲゲゲ「お前の知らないところで悲劇や不幸がたくさん起きて、だから幸せそうにするなって言えることがお前にとっては正義で武器なんだろう。だから世界中に悲しみがたくさん溢れていた方がいいのさ。お前がいつまでも最強でいられるから。」
店長「なんだと!」
ジャジャ「(ゲゲゲ、店長の肩に手をかけ、ジャジャ言う)はじめから、そして永遠にわたしにとってきみは死体だ。」
店長「(ゲゲゲの手を払いのけ)お前のことを嫌いになってやろうかって言えるぐらいカッコ良くなくちゃ殺される場所なんだよ、ここは天神なんだぞ、テンジン。分かってるのか。」
(店長去る)

アイスコーナーでガリガリ君を取りレジに向かうジャジャとゲゲゲ。
さっきの店長はにっこり笑って言う。
店長「袋はいりますか?」
ゲゲゲ&ジャジャ「ノー。」
店長「ニモカカードかポンタカードキャンペーン中ですが、ご購入はまだでよろしいですか?」
ゲゲゲ&ジャジャ「ノー。」
店長「今、からあげくん20%引きですけど。」
ゲゲゲ&ジャジャ「ノー。」
店長「700円以上お買い上げでカードくじ引けますけど。辺りは1等がフィギュア、ナコルル、、」
ゲゲゲ&ジャジャ「ノー。」(全部ジェスチャー付きで答える。もっと無意味な質問はあっても良い)

店長、ガリガリ君を清算する。店長募金箱を手で示して聞く。

店長「ちゃんと募金はしましたか?」

ゲゲゲ&ジャジャは2人顔を合わせ、お釣りの一部を募金する。
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公園に行く途中の電気屋の中のテレビモニターに映る3人の女子タレント。水野シズカ、池田エライゾ、最果滝のようである。ケツ子の部屋の地上波であると思われる。ゲゲゲは画面をじっと見ながら言う。

ゲゲゲ「あれ、この人、ジャジャじゃない?」
ジャジャ「んもう、そんなウルトラマンをはじめて見抜いた隊長みたいなこと言わないで。」
ゲゲゲ「えー、ジャジャって最果滝なの?」
ジャジャ「ざーとらしい。」
ゲゲゲ「いや、ホント、有名人やん。」
ジャジャ「これは10日前のわたし。わたし、売れてるの、実は。がっかりした?こんな快感まみれの飼い犬で。」
ゲゲゲ「いいや、君より尊い命なんてないよ。」
ジャジャ「アッハ、その言葉、紙に書いて出会い橋の上から流しましょう。」
ゲゲゲ「世界は気持ちで出来てるから、川に転がしたら、水を撫でるんだよね。」
ジャジャ「そう。土が空気を吸っている。春だ。」
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電気屋のテレビモニターの映像。最果滝のアップの微笑みのあとCMに入りCM後、ケツ子の部屋の続きが始まる。
ケツ子の部屋 水野シズカは番組の司会で頭部は巨大な黒髪が日本髪風に結ってある。背面の壁には「尻死欲」の習字が額に収まって掛けられている。
司会の前に向かい合って池田エライゾと最果滝がちょうど3人が三角形を作るように座っている。
ケツ子の部屋の音楽が鳴る。

水野「こんにちは。ケツ子の部屋は池田最果水野の3女傑が常駐して雑談を繰り広げる毎日。傑(ケツ)の子3人、ケツ子の部屋へようこそ。尻死欲はケツ子の代名詞。女の子は手っ取り早くきれいになりたいのです。」
池田「お元気ですか。生きていますか。」
最果「お前らなんか知らないし、お前らなんか嫌いでもない。」
池田「そういう言い方なくない?」
水野「まあまあ。(池田を制する)ところで最果滝さんはちゃんと募金していますか?」
最果「わたし、ちゃんと、募金しました。わたし、ちゃんと、席譲りました。わたし、ちゃんと、いただきますって言ってます。わたし、ちゃんと、愛で幸せになれるって思ってます。信じてます。そのために生まれて来たんです。言い切るんです。」
池田「なにいきなりぶりっ子っちゃってるのよ。」
最果「空白を塞がなければ、すぐにシェアした誰かがやってきて握手を求めてくるでしょう。ああ、地獄でしかない。」
池田「ふん。」
水野「都会を好きになった瞬間、自殺したようなものだって気持ち、私にもわかるよ。」
最果「愛が愛っていう形をしているのはおかしい。真っ黒い箱でなきゃおかしい。」
池田「あんたは夜の形を知らないのに大人になったつもりでいるだけよ。夜空は最高密度の青色だってこと知らないの?」
最果「ぼくは命の価値すらすり減るのが未来だってちゃんと知ってる。」
池田「で、だから何なの。」
最果「きみの守りたいものが消え失せていくのが青春で、人生のスパイスなら、それ、死ねってことじゃないのか。」
水野「まあまあまあ。(今度は最果を制する)優しい人のいない世界は光が鋭くて朝焼けの方が美しいと思えることもよくあります。朝、テレビに映るおはようの言葉が時々輝いて見える。眩しいせいです。でもその眩しいというそれだけの理由で私はその言葉を愛しています。朝焼けはいつまでも最大質量の赤褐色(セピア)。このセピアのせいで人は簡単に人を裏切る。」
池田「一番きれいな女の子が一年周期で変わっていく世界でこの3人が生き続けるってことは下品なことに決まってるっていうのは分かりきってることでしょ。」
最果「ぼくは誰かの自尊心のために侮辱されるの、好きだよ。」

最果、にっこり笑ったまま顔のアップのあとCMがループする。
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長く続く一本道 赤褌一丁で走っているゲゲゲの狂太郎。
背につけた旗竿には赤布に「愛死照」の文字。
「君が好きだ~」というフレーズが延々とループしている。
行き止まりにたどり着くと、そこの白いコンクリートの壁に「きみはもうおしまい」と書いてあり、それを見て、打ち崩れる狂太郎。
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高校の教室 休み時間 皆だべっている。
教室の中央辺りの席に、明らかに他の席と離されている席があり、そこに最果滝が座っている。教室の隅からそんな最果を見つめている狂太郎。
鬼ごっこしている男子3名の1人が誤って最果の席に触れてしまう。

男1「うえー、触ってしもうた。汚たねー、くせー。」

男1が追いかけだすと狂太郎以外のクラス全員が悲鳴を上げて逃げ出す。
チャイムが鳴り、男性教師が入ってくる。
教師「早く席につけ。始まったぞー。」と生徒を中に入れる。
「起立。礼。」と挨拶が交わされ授業が開始される。

教師「えー、今日は教科書の148ページ。平和主義のところからですね。それでは質問です。皆さん、平和って何ですか。わかる人手を上げて、、いない?池田、どうだ。」
池田「えー、平和とは麻雀の役です。」
教師「そういう意味じゃなーい!水野、どうだ。」
水野「はい。平和は人類の生存欲求の現れです。」
教師「ちょっとそれは、高校生にしては難しすぎるだろ、その答え。最果はどうなんだ。」
最果「質問なんですけど、愛し合えたら平和になれるという歌が流れる中で誰にも愛されない人がいたらその人は死なないと辻褄が合わないのでしょうか。」
教師「いや、最果。歌っていうのは理想論にすぎないから。別に誰にも愛されなくても生きていていいんだぞ。」
最果「だから最低なんです!」
教師「先生はお前のこと、愛しているぞ。」
最果「世界平和なんて誰かを愛している限り言うな。わたしは世界平和を望んでいます。全員大嫌いです。」
教師「じゃあ最果、お前は愛なんかなくってもいいっていうのか。」
最果「わたしはあなたたち全員に銃を向けられても言えます。愛なんてなくてもいい、と。」
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昼休み 最果が購買部の自販機でジュースを買っていると後ろから狂太郎が来る。

狂太郎「えー、最果ってオレンジ派なの。おれリンゴ派。」
最果「わたし解放派。」
狂太郎「おれ戦旗派。っていつの時代だっつーの。」
最果「ねえ、ゴジラと戦ったことある?」
狂太郎「ないね。」
最果「この学校は本来海に沈んでいるべきだった。」
狂太郎「へー、なんで。」
最果「右往左往しているサメのせいでわたしには黒板が見えない。」
狂太郎「沈んでるなら見えんよね。」
最果「狂太郎、きみに頼みがある。わたしの2世になってくれ。アポロになってゴジラをやっつけてくれ。」
狂太郎「おれ、アポロか。いいな。」
最果「最果2世だ。」
狂太郎「スペシウム光線とか出るのか?」
最果「わたしはビームを出すときつくづく思う。わたし、人じゃないんだなって。」
狂太郎「アポロだからな。」
最果「きっとアポロの中はイチゴの匂いでいっぱいだろう。」
狂太郎「おれにできるかな。」
最果「きみにしかできない。」
狂太郎「でもゴジラって実はいい奴だったんだよね。あの、松井秀樹の方じゃなくて、放射能から出来た方のだけど。」
最果「悪いゴジラか、いいゴジラか、わたしだって知らずに戦っている。」
狂太郎「アポロって絶対勝っちゃうじゃない。悪いなぁって。」
最果「そうだ、いいことを思いついた。きみの暴力にわたしの名前を付けてあげよう。それが愛ってことで、もういいだろう。」

狂太郎はウルトラマンに変身し、登場するゴジラと取っ組み合って戦う。最後はスペシウム光線でゴジラを倒し、「愛」と叫び、宇宙に帰っていった。
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マクドナルドで最果とデートしている狂太郎はウルトラマンの恰好をしている。ストローをシェークに刺そうとしたその時、知らない女性が狂太郎を指さして言う。

女性「あなたのせいでわたしの彼氏は死んだ。」
狂太郎「いや、知らないよ。ないよ、そんなこと。」
女性「あなたが彼を踏んずけたから、彼は潰されて死んだのよ。」
狂太郎「そうかもしれないけど、それが愛ってことなんじゃないだろうか。」
女性「その愛がさく裂するたびに、たくさん死ぬのよ。あんたがいる限り、人類なんて滅亡よ。」(泣き崩れながら去る)
最果「こんなのばっかりだと毎日つらい気持ちになるね。」
狂太郎「いいよ、おれが死んだら、そのうちメールボックスが破裂するから、最果はちゃんと全部読んでくれよな。」
最果「うん。きみがいたことを見失っても、ぼくの瞳は美しいままだよ。」
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放課後 体育館 池田エライゾはバスケットゴールに向かって何回も入らないゴールを打っている。
水野シズカが入ってきて、手で指揮をしながらボイスパーカッションを始める。生徒主任の石丸、それに合わせてマラカスを鳴らす。他のクラスの生徒たちも入ってきて、手拍子、足など鳴らす。他にもハーモニカやピアニカ、リコーダーで合わせて鳴らす。
池田エライゾは池田エライザの持ち歌「惑星」を歌う。
途中、壇上の舞台の幕が開き、吹奏楽部が演奏に加わる。
終わって水野、石丸に話しかける。

水野「こんな感じでだいぶ仕上がってます。あと2週間、細かい修正はあるかもですが。」
石丸「ああ、本番もばっちり決めてくれたまえ。」
水野「先生、これは塞いだあとの都会から漏れ出した私たちの気持ちです。新天町で食べるドーナツの味がいつだって眩しいのは、未来をあきらめるたびにかわいい洋服が手に入ると思い込ませてくれる天神商店街と同じなんです。」
石丸「でも、たまには現実に立ち返ることもしなくちゃならんぞ。A型はいつも不足気味なんだ。」
水野「先生、私AB型。でもちゃんと献血はしてますよ。」
石丸「だったら、いいんだけどな。」

池田、石丸に向かって言う。

池田「あんたらの脳みその中こそえぐいカラフルとファンタジーが混ざり合って朝でも昼でも夜みたいに黒光りしているくせに。よく言うぜ。」
水野「こら、池田。味がなくなったガムを吐き捨てるみたいにかわいい点数稼ぎするのよしなさい。」
池田「お前も十分稼いでるだろ。」
水野「あのね、あなた、これは未知の歌なの。誰も聴いたことのない歌を歌ってるのよ。私たちはもう永遠に次は聴けない音楽とすれ違ってるの。ちゃんと、そこのところ、わかって。」
池田「ハイハイ。」
ーーーーーーーーーー

夕刻 西鉄駅のロビーの椅子に水野と池田が座っている。水野は池田の手を握っている。

水野「とりとめもなく突然に恋をすることはロマンチックで、だから突然誰かを憎むこと、それもポエジーだって言いたい。だからいろいろあるだろうけど我慢して。」
池田「お前と人間続けるためにも、ここが天国であるということは、ずっとずっと秘密にしていたい。」
水野「青い春は透明な秋になるの。それ以外の色はありえない。」

遠くを見る池田の横顔を見つめる水野。
池田の視線の向こうに最果の姿。最果の後ろに狂太郎が立っていて、うしろからビミョーに最果の両手を握っている。
池田は最果を見て思う。

池田「知ってるんだ。お前がわたしを好きにならないことも。隣から消えてしまうことも。お前が噓つきで絶望していても、一番かわいい人のままでいるということがわたしを安心させる。それでわたしがブスを納得できるから。(池田の目から涙がこぼれる)今はただ、制服がかろうじておれらを意味あるものにしてくれてるだけ。」

電車が来て、最果の姿は隠れる。
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電車の中 一人分空いている席に狂太郎が座り、その上に最果が座っている。ここでも狂太郎は最果の両手をビミョーに握っている。お互いの耳元で2人はヒソヒソ声でしゃべっている。

最果「毎年桜が咲くのはわたしたちを2秒だけ透明にするためだって知ってた?」
狂太郎「じゃあ、今がその2秒間ってことで。でも散っちゃう?いつかは。」
最果「寂しいと振り返ったり、生きてきたことを確かめるしかすることがなくなったら死んだ方がいい。」
狂太郎「最果は体温が円柱の形をして立ち尽くした森みたいだ。温度だから名前がない。」
最果「若さをやり過ごすのが大変なだけ。」
狂太郎「最果の言う悪口そのものになって、君をただ一度だけ純粋に肯定できる言葉になりたい。」
最果「くだらない命、くだらない呼吸。それを愛しいと言うきみをばかにしないわたしはばかだけど。」
狂太郎「おれに名前を付けてくれたくせに。さっき。もう忘れたの?」
最果「また変身してくれる?」
狂太郎「ここでやっちゃったらまた何万人も死んじゃうけど。」
最果「味がなくなったガムを吐き捨てるみたいに、人の命を飲み干すことができたら、わたしはもっとかわいくなれる。」
狂太郎「おれらがもっとましな人生を手に入れるにはもっと不毛な街が必要だってことだね。」
最果「そう。ぼくは100%美しさのせいで泣きたい。悲しみも寂しさも下水道に捨てて。」
ーーーーーーーーー

最果、帰宅途中の路地を一人で歩く。さびれた雑餉隈商店街みたいなシャッターアーケードに飲み屋、服屋、露店の焼き鳥屋、八百屋や果物屋などがある。
細い階段を上った一番上の扉に「武田メンタルクリニック」という看板が掛かっている。
扉を開くと白衣を着た医者が「どうぞ」と中央にある椅子に最果を座らせる。

医者「あなたの最低の部分を愛してくれる人がいるなら、その人があなたの飼い主になってくれるでしょう。人の感情は簡単に死んで、簡単に誰かのペットになって、愛という言葉を信じ、ただ死を迎える。孤独になれば特別になれると思い込むあなたは平凡でかわいい。」
最果「ぼくのきれいだという言葉は性欲よりもずっと俗物的な欲望が渦巻いている。どんな言葉がぼくを傷つけるか教えたら、先生はもっと孤独になるのかな。」
医者「じぶんのことを好きでも嫌いでもない埃を見る目で見てほしいというサディスティックな欲求ですか。」
最果「生きるのってなんだか飼い犬みたいだ。」
医者「死によって美しくなれないものを人間はきっと消化できないのです。」
最果「あなたのことを好きだけど、明日も好きか分からない、そんな冷え冷えした感情が先生の脳を快感まみれにするくせに。」
医者「100年かけてあなたをやっと理解したその人自身を否定して台無しにしたいのですか。」
最果「それだけの、それだけの世界への仕返しに憧れてぼくは「愛している」という言葉を深夜に何度も発声練習している。」
医者「世界に渦巻く憎悪は愛に変換が可能だとでも?」
最果「好きだ、という言葉と軽蔑に大して変わらない反応を見せるぼくの心臓が求めているのは「死ね」という言葉に「愛している」という意味が交差する地点だけだ。」
医者「生命感あふれる熱源の中で、だらしなく吐き出される言葉たちにさよならしたいという訳ですね。」
最果「先生が孤独を語ると生命が腐った臭いがするよ。あなたは自分の涙がちゃんと腐るということを知っているのか。」
医者「みんな同じだよ、と言われて、誰も分かってくれないという気持ちになるのは単なる物理法則です。法則は腐らない。」
最果「あなたがぼくを好きって言えば、世界は今より薄っぺらく、簡単になるだろうから、期待しているよ。」
医者「わたしがあなたに「死ね」と言えば世界は今より美しくなるとでも言うのですか。そんなあなたのサディスティックを鎮めるのがわたしの役目なのですけどね。今すぐ、死ね。」
最果「流れていく雨が河川を作るなら、ぼくの嫌悪感はただしくぼくの歴史を作っていくだろう。愛はぼくには清潔すぎる。」
ーーーーーーーーーー

最果、帰宅する。家はトタンでペタペタ貼られた掘っ建て小屋のような家。最果、「ただいまー」と中に入る。
中には父と母がいる。ちゃぶ台の上にはスーパーの惣菜が並べてある。
父は昔の水戸黄門を見ながらパック酒をコップに注ぎ惣菜を食っている。
母は漬物とお茶を飲みながら最果に気づくと「あら、お帰り」と言い、インスタント味噌汁を椀にひねり出し、ポットのお湯を入れ、飯椀にジャーから米をよそって出す。たくあんの入ったタッパも一緒に出す。

母「今日は遅かったのね。」
最果「武田先生のところに行ってたから。」
父「あがんとはやめとけ。ヤブ医者が。」
母「そんなこと言わないで下さいよ。お父さん。滝の病気は普通じゃないんですから。」
父「だけんって、お前が罪悪感を持つ必要はなかやろが。お前が病気の人間ば産んだとが悪かごつ。」
母「やめて下さい!(と言って、湯飲みのお茶を父の顔にひっかける)」
父「あち、あち、あちー。バカ、まだ熱かやろが。DVじゃ。」
母「滝、で、武田先生は何ておっしゃったの?」
最果「うん、今すぐ死ねって言われた。」
父「うっ、死ねってや。」
母「滝、それは本当なの。ウソでしょ。」
最果「死にたいは生きたいってことだから、生きろってことは死ねってことみたい。」
母「あー、そういうことね。なーんだ。」
父「なーんだ、そういうことか。ところで滝、お前はまだ狂太郎君と付き合ってるのか?」
最果「別に付き合うとかじゃないし。」
父「あがんラーメン屋の息子のごたっとはやめとけ。付き合うなら公認会計士とかビットコイン成金とかひろゆきのごたるとにせろ。」
母「いいえ、お父さん。ひろゆきさんより大谷翔平さんの方がいいです。」
父「いいやー、あがんとは怪我したら終わりやろうが。」
最果「(深いため息のあと)糞尿団の組長どころかその下っ端、日雇いのくせして見る夢だけは巨大な不思議。毎日うんこまみれの家に来るのはフンコロガシだけでしょ。それが現実。」
母「滝、やっぱり現実は、市役所とか学校の先生とか銀行員とかがいいんじゃない?」
父「うむ。現実を見るのはいいことだ。」
最果「全然見えてない。」
ーーーーーーーー

最果、部屋に戻り、私服に着替える。
狂太郎が窓からのぞき込み、外で待っていると合図を送る。

狂太郎のラーメン屋。
狂太郎、最果にソバを作って出す。
店長のオヤジが「狂太郎、なんでラーメン屋がソバ出すんか」と言う。
テレビからは大相撲の中継が流れている。
最果はソバに唐辛子を山盛りかけている。
狂太郎はそれを見て「そんなにかけたら、体によくないよ」と言う。

最果「買ってしまったジュースが甘くても最後まで飲むようなそんな大人になったら、きっと絶望は手に入らない。」
狂太郎「おれが君の絶望になれたらいい。」
最果「ぼくを愛したものは必ず、ぼくを捨てるべきだ。」
狂太郎「さみしくないの?」
最果「さみしいという言葉は死んでから言え。」

店の暖簾がうねる風にバタバタ鳴っている。

最果「ぼくの待っている時間はいつだって、人が魂をとばして消えていく、そんな気配とともにあって、ぼくはそんなかすかな死の気配でありたい。」
狂太郎「このままでもいいって思えたらいいね。」

2人は丼のソバをいっとき啜って食っている。

最果「退屈を知らない人に、生きる意味ってないよ。」
狂太郎「(一時考えている風だが、何か閃いて言う)そうだ、わかった。きみの絶望という生き物におれの名前をつけてしまったらいいんだ。それが死ってことでもういいだろう。花束に顔をうずめて言ってくれ。ぼくは死だと。」
最果「きみが好き。花見に行って、ばかな顔で見上げて、お酒飲んでいたいな。未成年だけどいいでしょ。花の向こうに星が見える。」
狂太郎「星は死んだら消えてしまうけど、そのことに誰も気づかないで、光がずっと残っていく。羨ましい。」
最果「きみの光が残ったって、ぼくが死ねって言える時間がないなら、嘘だよって笑えないなら、意味ないんだよ。死なないで。」

狂太郎はソバに唐辛子を何回もかけ、ソバを大食いし、オヤジに「替え玉!」と叫ぶ。
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