おかわりは2回の話
以前ここに「糖質の話」という記事があったんですが、さすがにアレな内容だったため今はありません。このnoteを始めて唯一、公開してだいぶ経ってからボツにした記事でした。
それを書いた頃の私に会った人は聞かされた可能性が高いのですが、当時ある糖質制限のサービスに仕事で携わっていたため、1日8時間お金をもらいながらそのことばかりを考えて、原稿や文献を読み漁っていました。すると、そのことについてどうにもアウトプットしなければならなくなり、機会があればひたすら話してしまう状態になっていました。
糖質制限については色々納得できるところもありますが、私は今に至るまで一切行っておらず、今後も全くするつもりがありません。それにも関わらず喋り倒していたのですから、これは大変タチが悪い。今となっては、そういう熱病だったのだと回顧しています。
業務から解かれ、いつしか熱病から戻ってきた私が持ち帰ったものといえば「糖質はうまくて最高」という、それまで明確になっていなかった感覚を言語化して捉えられたことです。もともと大好物である炭水化物や甘いものたちとは、より能動的に関わるようになりました。それが毒の沼であることを認識しながら、もりもりその中へ身を浸していく。やよい軒でご飯を2回おかわりしながら、脳からにじみ出る物質に身を委ねています。
私はこの「ご飯おかわり自由」「ご飯おかわりできます」といった類のお店を非常に好んでいます。いつかこれにもときめかなくなるのでは、もうその日も近いのではと思いながら30代を過ごしていますが、今のところその日は来ていません。
職場に通勤していた頃、それこそ近くにあるやよい軒によく行っていました。お昼をとるのが遅い私にとって、ランチタイムの喧騒を終えた妙に静かなやよい軒は、オアシス的な心地よさがありました。
私は、やよい軒でご飯をおかわりできる「おかわり処」のご飯の状態のことを、なんとなくいつも好みだなと感じていました。定食についてくる少しベチャッとした初回のご飯と比べて、明らかに不要な水分が飛んでいてちょうど良いのです。推測するに、でかい炊飯器いっぱいのご飯は代わる代わるおかわりを取りに来る人によって少しずつ外気に晒され、私が行く頃には理想的な水分の飛び方になっていたのです。多くの人が触れるものでも無頓着だった時代の気づきでした。
やがて私は自宅で仕事をするようになりましたが、以前ほどのハイペースではないものの、それでもよくやよい軒に行っています。「おかわり処」は炊飯器から直接よそう方式を廃止し、代わりに「おかわりロボ」が登場しました。ロボは「小盛」「中盛」「一口分」といったボタンを押すと、その量のご飯をセットした茶碗に注ぎ込みます。
行きつけの店舗にロボがやってくることになった時、私が最も気になったのは、やはりご飯の状態でした。ロボのご飯はどんなコンディションで出てくるのか、私の好みの、やや水分が飛んでほろほろとキレのいい硬めご飯に、人々に使い倒された炊飯器の中身に近いご飯になっているのだろうかと。結論を言えば、あの理想的なご飯そのものではないと、初めてのロボに対して感じました。しかし今となっては、私がなんとなく想いを寄せていたでかい炊飯器のご飯のことも、すでにうまく思い出せません。それくらい遠くに来てしまった。私はロボがもたらすご飯に今、とても満足しています。
こうしたご飯の好みに関しては、完全に実家で出ていたご飯にルーツがあります。私の実家では青森の祖父母から送られてきていたご飯を長年食べており、いわゆるコシヒカリ的なふっくらもちもちとしたものではなく、しゃっきり硬めの古米でした。実家を出てからまたああいうご飯が食べたいと思い、青森産の「まっしぐら」という品種を取り寄せたところ好みでした。また機会があれば買ってみようかと思っていますが、基本的には近所のスーパーで買ったあきたこまちを水少なめで炊いただけでも満足しています。ご飯に対する私のハードルは思いのほか低く、水さえ調整すれば好みのラインに達することに最近気づきました。
ちなみにスーパーであきたこまちを選んだ理由としては、これまたおかわり自由のご飯がある(店舗にもよる)松屋系列のとんかつ店「松のや」のご飯が100%あきたこまちであると店内放送で盛んに連呼しており、そこそこ好みだったことから自然とあきたこまちを手に取りました。なんとなくコシヒカリ系列のことは昔から苦手視しており、コロコロコミックとコミックボンボンならボンボン派だったあたりから連綿と続く、私の人生という感じがします。