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【小説】便利屋玩具のディアロイド #11『乱戦』後編

【前回】

 貴殿に勝ちの目は無い、と。
 ブレイティスは、高らかに宣言した。

「ミミミ!? 兄貴、大丈夫なのかッ!? っとと」
「……」
 上空から救援に向かおうとする蝉麻呂に、ヒドゥンが網状の糸を吐く。
 下から吹く糸は速度が遅く、蝉麻呂の脅威とは成り得ない。だが妨害としては別だ。下手に動けば糸に絡まり、抜け出せなくなる。
「俺はいいから他から片付けろ、蝉麻呂!」
 ボイドはブレイティスの刺突を手刀で逸らしながら、上の蝉麻呂に指示を飛ばす。
「そうかい了解やったるかい!」
「余所見をする間は無いぞ、ボイドッ!」
「誰が、するかよッ!」
 ブレイティスの連撃は止まらない。
 刺突を逸らされたと同時に、ブレイティスはボイドが剣を握る手と逆方向、左へとステップ移動する。そのまま双剣の刃を並列させ、押し込むように一歩、踏み込む。
「グッ……」
「斬り、裂くッ!」
 ギャリギャリッ! 装甲に突き立てた刃が振り払われ、ボイドのわき腹と太腿に、深い傷が付けられた。幸いにもフレームにダメージは無かったが、HP制となっている以上、ダメージは深刻だ。一挙に半分を削られた体力ゲージに、ボイドは内心で舌打ちする。
「不甲斐ない。何をしている、ボイド!」
「やり辛いんだよコイツ!」
「敵を知り己を知れば、百戦危うからず。戦は始まる前に決しているものだ」
「あぁそう。勉強熱心で偉いなお前ッ!」
 ボイドは炎熱剣で反撃を試みるが、やはりブレイティスは、湾曲した剣でボイドの斬撃を絡めとり、弾いてしまう。そして空いた間に、打撃での攻撃を狙ってくる。
 ボイドは膝でそれを受け止め弾き、一旦距離を取る。が、そこに別のディアロイドが銃撃を行ってくる。咄嗟に剣でガードするが、その一瞬でまた、ブレイティスから視線が外れてしまう。
 ブレイティスはその隙間を縫い、ボイドの視界の外から刈り込むように剣を振るってくる。対応は出来たが、間一髪だ。攻め手に回るタイミングが無い。
「一対一で決着を付けたかったが、我侭も言えぬ立場でな。討つ事に注力させてもらう」
「そりゃそうだろうな。別に俺は文句ないが、ったく……」
 ブレイティスの戦い方には、容赦がない。付け入るだけの隙があればまだ対応できるが、現状だと防戦一方だ。
(どうする? 蝉麻呂たちの戦いが済むまで耐えられるか?)
 この場で最も驚異的な相手はブレイティスだ。反面、他のディアロイドの実力はそう心配するほどではない。チラと目を向ければ、ニグレドの回転刃やハンドガンを前にたじろぎ攻めあぐねていたり、蝉麻呂の速度についていけていなかったりとする。
 ただ、だからといって簡単に攻略出来そうかと言うと、どうもそうではない。

「……ッ!!」
「クモ糸連発!? 避けないと!」
「厄介だな。粘着性のクモの巣か……」

 ヒドゥンによる妨害が、蝉麻呂やニグレドの動きを鈍くしていた。
 粘着質な糸は蝉麻呂にとって致命傷となりうるし、ニグレドの回転刃にとっても相性が悪い。自然、糸を避けたりハンドガンで焼き払うのに時間を取られ、他のディアロイドに手が回らない。
「NOISEの協力は想定外だったが、戦力としては予測の範囲内。貴殿らに勝ち目は無いぞ?」
「予測の範囲内、ね。知った気になられるのはムカつくな」
「何を言う。ディアロイドの基本性能など、昨日今日でそう変わりはしない。……アップデートによる数パーセントの誤差などでは、我が対策は覆らぬぞ?」
 言いながら、低い姿勢での斬撃を繰り返すブレイティス。
 ボイドは剣を振り下ろして斬り払おうとするが、相手の位置が低すぎて十全な威力を保てない。鈍った剣先は、ブレイティスの湾曲剣で容易く弾かれてしまう。
「確かに、俺の動きは完璧に予習出来てるよ。……正直、本気でヤバいレベルで」
 けれど、とボイドは続けながら、ブレイティスと大きく距離を取る。
 すかさず周囲のディアロイドがボイドを攻撃せんと接近するが、ボイドは熱剣を大きく振るいそれを牽制、その流れで一体のディアロイドに狙いを向け、"クラッシュ"を放つ。
「甘い。それで我が軍勢に穴が空くとでも?」
 だが熱線が届くより先に、ブレイティスが射線に割り込み、湾曲剣で熱を吸収する。
 赤熱した剣をパッと回転させ冷やしつつ、彼は残る一剣をボイドへと向けた。
「詰みだ、ボイド。……我が宿敵よ」
「誰が宿敵だよ。一回負けただけだろ。……それに」
 答えながら、なおもボイドはブレイティスとの距離を開く。
 何を狙う? 怪しむブレイティスは、次の瞬間、彼の傍に近づくもう一体に気が付いた。
「ッ、合流を狙うか! ヒドゥン!」
「妨害か。成程、癪だがヤツの読み通りか」
 ブレイティスは咄嗟にヒドゥンに指示を飛ばし、クモ糸で二体の間に障害を作ろうと画策した。が、一手遅い。発射された糸はニグレドのハンドガンによって焼かれ、小さな火の粉となって飛び散った。
 かしゃん、とボイドの背中がニグレドの黒い装甲に触れる。ボイドはチラと横目でニグレドを見ると「作戦通りな」と小さな声で声を掛ける。
「了承した。……"私が目的を達すること"が最優先だからな」
「そう言うと思ってた」
「フン。……行くぞ!」
「合流し、二体で我に挑む気か!? だがそうはさせん!」
 ボイドとニグレドが組めば、流石のブレイティスも危うい。
 当然、それは彼も予測していた。だからこそヒドゥンには妨害に専念してもらい、仲間のディアロイドにもカバーを要求していたのだ。
(一旦あのNOISEを退かせば、ボイドを削り切ることは容易!)

 しかし、次の瞬間ボイドが取った行動は、ブレイティスの予測を超えていた。

 軽く跳び上がったボイドは、己の剣をサーフボードのように足元へ敷く。
 ニグレドはその剣へと回転刃を当てると、ギィン! 一挙に回転させ、ボイドの体を剣ごと、弾いた。
「なッ……飛んだ、だとッ!?」
 回転刃の速度と威力で飛ばされたボイドは、目にも止まらぬ速度で一点、ヒドゥンの元へと急接近していった。
「ヒドゥン! 捕らえるのだ、確実に!」
「……!」
 ブレイティスが言うよりも僅かに速く、ヒドゥンは糸を吐いていた。
 広がるように吐かれた糸は、そのままであればボイドの身を軽く包み、戦闘不能に陥らせる。真正面から突っ込むのなら、至極当然の反応だ。

「そう、来るよな?」
「誘導成功マロ感動! 行っけぇ兄貴ィィ!」

 ボイドたちは、それを読んでいた。
 真っ直ぐ飛ぶボイドに、横から小さな影が突撃し、進行方向を大きくズラす。
 蝉麻呂が体当たりしたのだ。互いに小ダメージを受けるものの、吐かれた糸は宙を掴み床へと落ちる。同時にボイドは、糸を吐き終えたヒドゥンの真横へと着地した。
「今度は逃がさないからな、クモ野郎」
「キキ……!?」

 一閃。赤い斬撃がヒドゥンを斬り裂く。
 熱剣がクモ型の装甲を溶かしたと共に、設定された体力が消失。
「キキキ、キァァァーーッッ!!」
 断末魔の叫びと共に、ヒドゥンの機能が一時停止する。
「うるせぇな。……喋れたのか、コイツ」
 今まで一言も喋らなかった的の、意外にも甲高い悲鳴を耳にして、ボイドはついそんな事を口走ってしまう。
「ヒドゥンは照れ屋だからな。口数が少ないのもそれ故だ」
「照れ屋!? 意外なキャラ付けにマロビックリだぜ!?」
「浅慮だな。ディアロイドは見た目に寄らない。……ともあれ」
 驚く蝉麻呂に呆れたような声を上げながら、ニグレドは己が回転刃を大きく震わせる。
 既に、彼の回転刃を抑える敵は存在しない。
「ここからは我々の番だ。少々、暴れさせてもらうぞ」
 言いながら刃を振るうニグレドを、KIDOのディアロイドでは抑えられない。
「……何故だ」
 手や足に深い傷を負わされ、次々と戦闘不能になっていく仲間を見て、ブレイティスは悔し気に声を吐く。
「我が対策に不足は無かった筈だ。十全に、対応出来た筈だというのに!」
「カンタンな話だ。お前は一個だけ、大事なものを勘定に入れてなかった」
 答えつつ、ボイドはブレイティスへと歩み寄っていく。
 周囲のディアロイドは、蝉麻呂とニグレドが相手をしている。
 今度こそ一対一。せめて奴だけは、とブレイティスは双剣を構え直し、ボイドの言葉の意味を咀嚼する。
「……行くぞ」
 先に踏み込んだのは、ボイドだ。
 浅い一歩。剣の切っ先が当たるか当たらないかの、遠い距離。
 ブレイティスは間合いを読み切ると、軽く上半身を引いて刃を躱す。
(やはり、ボイドの動きは読める!)
 己の学習に間違いは無かった。ならば必ず勝てる、と彼がボイドの懐に飛び込んだのも、束の間。剣を振るったボイドは、そのまま体を一回転させながら、ブレイティスの頭部へと後ろ回し蹴りをヒットさせる。
「がッ……!?」
 よろけたブレイティスの体に、続けざまに叩き込まれたのは掌底。打撃によって体力を削りつつ、その威力でブレイティスは一歩、二歩と後ずさってしまう。
 顔を上げて体勢を整えなおしたブレイティスは、瞬間に気が付いた。

 目前に立つボイドと、自身との間合い。
 学習したが故に、どうしようもなく分かってしまう。
 ……ここは既に、死地だ。

「いい勝負だったよ、ブレイティス」

 深紅の斬撃がブレイティスの装甲を撫ぜる。
 刹那、与えられた体力は底を尽き、双剣士の内部に『LOSE』の警告が響く。
「ならばいい。……だが教えてくれ。我が見落としていたのは、なんだ?」
「……有岡彩斗。さっきの一手も、今の攻防も、あいつの指示で動いてた」
「彩斗。あの少年が。……フフ。それは確かに、見落としていた……」

 ブレイティスの目線で見れば、彼は無力な子どもでしか無かったというのに。
 いつの間にやら彼らは成長し、戦場で判断を預ける程の信頼を結んでいたというのか。

「天晴だ、ボイド。そして有岡彩斗。……だが次は勝つぞ」
「三度目は勘弁してくれねぇかな。……あったとして、俺が勝つが」

 ボイドが言い終わる頃には、ブレイティスも機能を一時停止していた。
 動かなくなった彼をじっと見て、「はぁ」とボイドはため息を吐く。
「……彩斗。お前のおかげでどうにか出来た」
「ん。ギリギリだったな」
 ボイドが顔を向けると、彩斗は机の陰からゆっくりと頭を出して答える。
「ダウンロードの方は済んだのか?」
「今終わったとこ。伊佐木さんに送っとく」
 彩斗は自身のノートPCを軽く操作して、手に入れたデータを逸次へと送る。
 これを元に強化プログラムの調整が終われば、即座に彼から応答があるはずだ。
 ただ、多少時間は掛かるだろう。社長室へと向かいつつ、状況を見てどこかで待機する必要もあるかもしれない。
「彩斗彩斗ーっ! マロ頑張った! 彩斗の作戦凄かったぜ!」
「普通でしょ。相手はこっちの処理能力にも負荷掛けてたっぽいけど、安全圏から見れればあんま関係ないし」
 ブレイティスたちは、三体の合流を防ぐべく、それぞれの注意を別方向へと向けさせていた。加えてクモの糸で動きを制限すれば、まずは目前の敵に対処する他なくなる。
 けれど、ここには彩斗がいた。バトルモード発動で安全になった彩斗は、PCへの侵入を試みつつも物陰から戦いの様子を確認。スマホアプリを介して三体に指示を下していた。
「まぁ、ニグレドが協力してくれなかったら無理だったけど」
「勘違いするな。止むを得ず従ったまでだ。キサマに協力したわけではない」
「それはツンデレ? 彩斗ファインプレー!」
「黙れ」
「ミミッ……」
 ニグレドに凄まれて、蝉麻呂は思わず短い悲鳴を上げる。
 照れ隠しなどではなく、ニグレドは本心から仕方なく了承したのだろう。

「私はキサマらの在り方を認めない。我々が結べるのは精々利害関係までで、信頼に至ることなどは有り得ない。……覚えておけ」
「分かってる。オレも別に、お前に信頼してもらいたいとは思ってないし」

 ニグレドの厳しい言葉に、彩斗は平然とした態度で返す。
 利害関係があれば十分だ。それは当初、彩斗とボイドが互いに抱いていたのと全く同じ感覚で、気づいたボイドは内心で苦笑する。
(俺も最初は、利害関係だけのつもりだったんだがな)
 修理費を手に入れるための契約関係が、ボイドと彩斗の始まりだった。
 それが今では、大きな目的を共に歩む仲間となっている。
 何があるか分からないものだ、とボイドは一人思う。その変化が、彩斗にとっていい方向に働けばいいのだが、とも。
「……よし。逸次への送信を終えたなら、急いで上階へ行くぞ。社長室の近くで待機しなければ――」

『……聴こえるか?』

「っ……!? なんだ!?」
 彼らが次の行動に移ろうとしたその時、部屋の隅に設置されたスピーカーから、低く重苦しい声が流れてきた。

『ふむ、聴こえているな。子どもが一人に、ディアロイドは三体か? その程度の戦力でよく挑む気になったものだなッ!』
「この、声って……」
『単刀直入に言おう。有岡彩斗、並びに同行するディアロイド三体。今すぐに社長室まで来るがいい。エレベーターを使い、堂々とな』
「聞き覚えがある。サンプルは少ないが間違いないだろう。この声の主は……」

『喜ぶがいい。貴様らの狙い通り、この貴堂豪頼が直々に"商談"に応じてやる』

 貴堂豪頼。KIDOコーポレーション社長。
 ボイドたちの最後の敵が、直接連絡を取ってきたのだ。


【続く】

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