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【FF14二次創作】アジムステップの風に

※これはFF14の自キャラ二次創作です。

 ざく、ざく、ざく。
 草むらから目当ての素材を刈り取って、黒鱗の冒険者は小さく息を吐いた。
 頼まれた素材は全部で六束。品質も、これだけのモノを揃えれば十分だろう。

(……帰るか)

 カバンの中身を確認してから、冒険者は己の意識を集中させる。
 脳裏に浮かべるは、遠い皇都イシュガルド。いや、エンピレアムの自宅に寄るのが良いだろうか。
 移動魔法の行き先を考える彼は、しかし次の瞬間に魔法の構えを解いた。深い理由はない。ただ一陣――心地の良い風が、草原を吹き抜けたからだ。

(やっぱり、気持ちいいな)

 冒険者は移動を後回しにし、しばし草原の空気を楽しんだ。
 晴天のアジムステップ。一面の緑が美しいこの土地に吹く風は、冒険者の望郷心を穏やかに刺激する。
 冒険者はアウラ族だった。それもこのアジムステップの地をルーツとする、ゼラの種族だ。
 であるなら、彼がこの地の風に懐かしさを覚えるのは至極当然の事かもしれない。けれど彼には、この土地で暮らした記憶が無かった。

(なんでこんなに懐かしいんだろう)

 冒険者は自問する。
 彼にとっては、広い草原よりも鬱蒼とした森林の方が縁深い。
 この土地の文化も風習も、両親から伝え聴く部分はあっても、やはり異郷のモノであるという認識が強かった。
 だというのに……アジムステップに吹く風は、この地こそが彼の故郷なのだと訴えかける。
 思えば、最初にこの土地へ訪れた時もそうだった。ガレマール帝国の侵攻に対抗すべく、異国に仲間を求め旅立った冒険者たちは、ドマの当主である青年ヒエンと会うべく、オサード小大陸北部に位置するこの地へ足を踏み入れた。

(あの時の気持ちは……忘れられないな)

 その頃の冒険者は、端的に言って倦んでいた。
 果ての無い戦争。国と政治の諍い。砂の家に始まって、ウルダハの戦勝祝賀会、教皇庁での友との別れ……多くの戦いに疲弊した冒険者は、一時は『暁の血盟』との歩みを止めようとさえしていたのだ。
 しかし結局、出来なかった。ラールガーズリーチでアルフィノと別れた彼は、その後ただの冒険者として過ごそうとグリダニアに戻ったが……第XII軍団長との戦いの有様が、頭を離れなかったのだ。
 彼らをこのまま行かせては、また死人が出る。
 教皇庁で友を失った時のような無力感は、もう味わいたくなかった。
 そうして冒険者は英雄として『暁』と再び歩み始めたが――続く戦いにうんざりしていた事実は、変わらない。
 緩やかに、確実に、冒険者の心は腐り始めていた。交わす言の葉も減り続け、己の気持ちを仲間へ伝える事も厭う。

 草原に吹く風は、そんな彼の鬱屈した気持ちを吹き飛ばした。
 ともすれば、アジムステップの大地が彼を迎え入れたのかもしれない。
 ここから生まれた命よ、よくぞ帰って来た。まるでそう言われているかのように、冒険者にはこの土地の風が馴染んだ。
 見知らぬ風習、慣れぬ部族の在り様。それらに戸惑う部分も無くはなかったが、違和感や忌避感を抱くことは無かったように思う。

 ――『おぬしにとっては念願の試練か?』

 バルダム覇道の試練に挑む際、ヒエンは冒険者にそう問うた。
 彼がこの土地のアウラと同じ、黒鱗の持ち主だったからだろう。
 けれど冒険者は、ヒエンの問いに何も答えなかった。答える言葉を持たなかった。
 念願もなにも、知らないのだ。彼の両親は、アジムステップでの生活の多くを彼に語らず逝った。
 今にして思えば、両親はこの土地で戦えなくなった部族の末裔だったのだろう。記憶の中の父は弓術に長けてきたから、きっと力の弱さ故にではないだろうが……ともかく、草原を去った者たちだ。
 両親は冒険者に、自分たちのルーツが遠い地の草原にあるということを教えていた。
 そこには自分たちと同じように、鱗と角を持つ者たちが大勢いる。冒険者が生まれ育った村に、アウラ族は彼ら以外一人もいなかったが――外の世界は、違うのだと。
 一方で、両親はその地での生活の具体的な面を語らなかった。
 捨て去った土地だからだろうか。嫌な思い出があるかだろうか。
 或いは単に、森で過ごす今の生活に慣れるためだったのかもしれない。過去を見つめるばかりでは、現在をよりよく過ごす事は出来ないのだ、と。
 両親が死んだ今、彼らの本心は分からない。
 もっと聞いておけば良かったか。そう思う反面、聞かなくてよかったかもしれない、とも思う。
 彼らがアジムステップでの生活を語らなかったから、冒険者は無垢な気持ちでこの地の文化に触れる事が出来たのだ。

 モル族に感じた不思議さと親愛。
 オロニル族に感じた不遜さと力強さ。
 ドタール族に感じた恐ろしさと勇猛さ。
 ケスティル族に感じた戸惑いと納得。
 そのほか多くの部族に感じた、多様な思い。

 もし冒険者が消えた部族の名を負ってこの地を訪れていたら、同じ感覚は抱けなかったかもしれない。
 異部族。或いは己の血族が戦ったかつての敵。そんな風に思っていた可能性さえある。
 何も知らぬが故に、冒険者はただ彼らを己の同族と見定め、受け入れた。
 そうしてバルダムの試練を突破し、一人前のゼラの戦士となって終節の合戦を制したのだ。

(念願じゃないけど、嬉しかったかな)

 今、同じ問いをヒエンに投げかけられたなら、冒険者はそう答えただろう。
 自覚していなかったが、彼の心の中には、それまでずっと小さな孤独感が内在していたのだ。
 仲間はいる。気を許せる友もいる。けれど彼と同じ者とは、エオルゼアの地では出会えていなかったから。

(……ああ、そうか)

 そこまで考えて、ようやく冒険者は思い至る。
 アジムステップは既に、冒険者にとって異郷の地ではなかった。
 多くの戦いと出会いを通して、彼にとってこの土地は、紛れもなくもう一つの故郷に変化していたのだ。
(なら、懐かしいのも当たり前か)
 ここも、自分の故郷なのだ。
 心の中で噛み締めて、冒険者はふっと微笑む。
 はじめ、グリダニアに出てきたばかりの頃の彼には、帰るべき場所などなかった。
 生まれ育った村を離れる決意をして、己の力で生きるために都市へ向かって――苦しい戦いに身を投じて。
 辛いことはいくつもあったけれど、その中で彼は、いくつもの帰るべき場所を手にしている。

「それじゃあ、またその内帰ってくるよ」

 冒険者は呟いて、今度こそ移動魔法を実行した。
 絵を描くための道具の素材を、待っている人たちがいる。

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