【FF14二次創作】ある工房のリテイナー
*
白昼のイシュガルド居住区、エンピレアム。
粉雪の降る静かな街中を、一人の女性が歩いていた。
種族はアウラ・ゼラ。薄緑の髪から、乳白色の細い角が二本伸びている。
かつてのイシュガルドであれば、その容姿は竜を思わせ白眼視されただろうが……竜詩戦争が終結した今、冒険者の集まるこのエンピレアムで、アウラ族に負の感情を向ける者はいないだろう。
そもそも、人の姿がないのだが。
(本当、誰にも会わない街よね)
区画の中央を抜け、斧槍通りへと進みながら彼女は思う。
冒険者向けに開放された街の、終端に近い奥まった地区。その立地のせいもあるだろうか。
街の土地には余すことなく家が建っているが、そこに住むであろう冒険者たちの姿を見たことは、ここで働くようになってから一度もない。
例外は、彼女と同じ職に就く者たち――リテイナーの存在だ。
彼女がエンピレアムを歩けば、いくつかの家の庭先で彼らの姿を見ることが出来る。
ただ庭を眺めている者、なにかの販売に専念している者……各々課せられた役割は違うだろうが、雇用主である冒険者の指示を受け、忠実にそれを熟しているのだろう。
同じリテイナーとして、彼女はその様に親近感を抱くが、かといって声を掛けたりはしない。
仕事の邪魔になるだけだろう、と思うからである。友人を増やしたいわけでもない。
第一、自分自身もまだ仕事の最中なのだ。遊んでいる暇はない。そう考えながら、彼女は斧槍通りの片隅に建つ一軒の家へと歩いていく。エンピレアムに多い、庭に鍛冶工房を備えた小さな家だ。
彼女はその家の門を潜ると、右手側の庭の畑をちらと見遣る。
畑には何かの種が植えられているようだが、まだ芽も出ていない。
恐らくは、雇用主が作物を植え替えた直後なのだろう。
(咲いたらすぐ引き抜くんだから、あの人)
この頃、庭の畑ではラベンダーが栽培されていた。
エオルゼアでは稀少性の高い、アルジクラベンダーという種だ。
その珍しさからか、アルジクラベンダーの花は様々な素材との交換が行える。
けれど彼女の雇用主は、自ら花を交換するのでなく、リテイナーである彼女に託しマーケットに流していた。
交換先の素材よりも、交換権である花自体の方が売りやすい。おおむねそんな理由だと彼女は聴いていた。
どことなく情緒が無いような気もするが、市場には同じ理由で多くのラベンダーが並んでいる。冒険者たちの間ではポピュラーな取引なのだろう。
きっと次に顔を合わせたら、また咲いたラベンダーを渡されるのだろう。
そんな風に予想しながら、彼女は家の玄関の扉を開く。
家の中は静かだった。
壁際のソファと、パーティションで隠された一台のベッド。
雑多な食品や調味料の置かれたキッチンに、四人掛けの食卓。
それら全て普段と変わりなく、また人の気配もしない。
けれど彼女が室内に足を踏み入れると、香ばしいエビと油の匂いがわずかに鼻孔をくすぐった。
誰かが、ここで食事を摂ったのだろう。それもここ数十分の間に。
(なら、今もいるのかしら)
考えながら、彼女は壁際に備え付けられた本棚の前へ歩いて行った。
そうして並ぶ本の背表紙の中から、ただ一冊の本に指をかけ、グッと押し込む。
と……かこん。小さく音を立て、本棚の一部が開いた。棚の奥には、地下への階段が隠されている。
彼女はなんとなく玄関を振り返り、誰にも見られていないのを確認してから、ゆっくりと階段を下りていく。
かしゅん、かしゅん。一歩降りる毎に、地下階からはなにかの物音が響いてくる。
そして彼女が階段を降りきるのと、同時に。
「あっ! Nerimさん、おかえりなさーい!」
元気のよい女性の声が、彼女を出迎えた。
見れば、部屋の角に置かれたカウンターで、給仕服姿のアウラ女性が頭を下げている。
カウンターには、他にアウラ・ゼラの男性が一人と、アナンタの女性が一人。どちらも彼女――Nerimと同じ冒険者に雇用された、この工房の従業員だ。
ゼラ男性とアナンタ女性の目礼に目礼で答えてから、Nerimはアウラ女性の立つカウンターの前へ行く。
「ただいま。今、仕事を終えてきたところよ」
「いつもお疲れ様です~。Nerimさんが戻ってきたってことは、Gurugさんもそろそろですかね」
「そうね……今回も同じ枠の依頼だから、彼も帰っているところでしょう」
Gurugというのは、Nerimと同じリテイナーの名前だ。
Nerimと彼は職種が違うが、割り当てられた仕事は変わらない。Nerimが仕事を終えたなら、彼も仕事を切り上げた頃合いだろう。
彼女は答え、「それよりも」とアウラ女性の使用人に問う。
「あの人は、今いるの?」
「ああ。先ほどまで居られたんですが……」
必要な素材の数が間違っていたとかで、マーケットに走られました。
使用人の言葉に、Nerimは苦笑する。入れ違いだったか。
「ちゃんと確認してから作ればいいのに」
「あはは。私たちの方で管理できる素材ならよかったんですけどねぇ」
「……供給が安定しないからな」
使用人の言葉に、カウンター奥のアウラ・ゼラ男性が反応する。
彼はこの地下工房内で、物資の管理を任される人物だった。
鉄鉱や一部の材木、岩塩に食材。多くの素材の発注を担当してはいるが、それは汎用的な物品に限られていた。
冒険者たちが遠征して獲得するような……時にNerimが収集を任されるような素材は、彼の仕事の範囲外だ。
「特に今回は、難しい装備を依頼されたと言っていたからな!」
「ほら、例の最新式の装備ですよ。我々も自分で作れたらなぁ」
彼女たちの会話へ更に加わってきたのは、工房で働く二人の職人だ。
ルガディン族の男性と、これまたアウラ族の男性職人。彼らの役割は、主に冒険者の装備の修理だ。
とはいえ、実際にその仕事を振られる事は殆どない。雇用主である冒険者が、自分の手で修理してしまう為だ。
Nerimからすれば、それはなかなか酷な対応に思えるのだが……冒険者がいない時には、工房の設備を自由に使って装備制作に挑戦していいという契約になっているらしい。彼らは、その待遇に満足していた。
「まぁまぁ、今度また一緒に新たな製作に挑戦してみましょう!」
更にもう一人。職人たちに明るく声をかけるのは、レポリット族の技術者だ。
月から訪れた彼は、冒険者によって技術的助言を頼まれているようだ。
「うむ。今度も助言を頼むぞ、レポリットの」
「次は何に挑戦しましょうかね……?」
「……なにを作るのも構わないが、素材の領収書はしっかり残せよ」
職人たちが和気藹々と話す中で、物資担当のゼラ男性が息を吐く。
その光景を横目に見ながら、Nerimは無意識にカウンター前に置かれたベルに指を触れさせる。
(ずいぶん人を集めたものよね)
自分と、まだ帰っていないリテイナーを含めて八人。
フルパーティにも等しい人数を、雇用主である冒険者は己の工房にかき集めていた。
よくもまぁ、この小さい家に。呆れ半分にNerimは思い返す。
(最初に聞いた時は、冗談かと思ったのに)
*
家を買おうと思ってる。
冒険者がそう言い出したのは、今年の初め頃の事だった。
「家ならあるじゃない。ここがあなたの帰る場所でしょ?」
「それはそうなんだけど……」
冒険者が所属するフリーカンパニーの、個室。
長テーブルに雑多な道具が並べられた空間で、冒険者は困った顔をした。
根無し草の多い冒険者にとって、定住の地を得るのは大変なことだ。
けれど己の雇用主はそれを手に入れたのだと、Nerimは思っていた。
彼の所属するフリーカンパニーは、抽選を乗り越えて拠点となる家を手に入れた。
それぞれに個室が与えられ、特別な製作用の部屋も使えるようになったという。
Nerim自身はカンパニーのメンバーと言葉を交わしたことは無いが……冒険の合間にちらと姿を見る限りでは、彼らとの関係も良好に思えた。
だというのに、更に家を手に入れる必要があるのだろうか。
「自分の工房が欲しい」
続いた言葉に、Nerimは眉を寄せた。
冒険者が職人であることはよく知っている。彼が作った装備を売り歩くこともあるからだ。
敵を打ち倒し実力者として名を馳せるより、野山に分け入り獲得した素材で品質の良いモノを作り出すことの方が好きなのも、知っている。
となれば、思うさまそれに打ち込める空間を作りたいというのも、自然な欲求と言えるだろう。
だがそれだけなら、今の環境でも出来る。
「もう少しあるでしょう、本音」
「実は……負けたくない人がいる」
「……そう」
誰、とは問わなかった。
ただ、意外ではあった。
目前の冒険者は、戦いに心の重点を置いていない。
負けられない戦いはあっても、負けたくない戦いなど、そうそう経験して来なかったはずだ。
そんな彼に、負けたくないとハッキリ言わせる人物がいる。その事がNerimには興味深かった。
「なら、頑張るといいわ」
「そうする。打倒、大繁盛商店……!」
「……」
無理かもしれない、とも思った。
*
(あの大繁盛商店に勝てるかはともかく――)
それから短い時間で、冒険者は土地の権利を得、工房を整えて人を雇用した。
安価な家具は直接買い付け、高価な家具は己の手で作り、出費を抑えつつ環境を整備する。
仕事から戻る度、変化していく家の様相を見るのは楽しかった。
――本当に、冒険者はよくやったと思う。
(まぁ、やりすぎな部分もあるけれど)
表向きには、この家の主な開発設備は、外部の鍛冶作業場だということになっていた。
外には作りかけの武具や、その性能を試すための木人が置かれている。通りがかりの冒険者がその光景を見れば、工房として利用されていることに疑いの余地はないだろう。
実際、外の設備も使われてはいる。
だがこの工房の中核は、地下に潜むこの空間だ。
多くの人員と、鍛冶、彫金、木工用の作業場に、錬金用の窯。
山積みの資料に、参考用のサンプルたち。
冒険者が快適にモノを作るため、かき集め整えた空間。
そんな地下空間の存在を、冒険者は秘匿していた。
通路を本棚の奥へと隠し、従業員と限られた知人にのみ存在を明かす。
それは決して伊達や酔狂で行われたことではない。そうせざるを得ない理由があるのだ。
ちらりと、Nerimは部屋の奥の水槽を見遣った。
錬金窯と接続されたその水槽には、冒険者が組み上げたアラグ由来の帝国製魔導兵器の再現モデルが眠っている。
あくまでもサンプルであり、戦闘力は持たない模型のようなものだ。けれどこうしたモノを製作の参考にしているというのは、いかに冒険者といえど外聞が悪い。
実際、この工房を訪れた彼の友人のことごとくも、部屋の様相を見て「悪の組織」と言い放った程だ。
冒険者は友人たちの評に戸惑っていたが、心の底では理解していたのだろう。でなければ、わざわざ地下に隠さない。
魔導兵器の事を抜きにしても、彼の製作する武具の中には、蛮神の力を宿したモノも存在する。
危険な力を取り扱うのだから、やはり人目は避け、邪な考えの持ち主を遠ざける必要もあるだろう。
(おかげで私も、悪の組織の構成員ね)
そのことを、少しばかり愉快に思う自分もいる。
元々、Nerimと雇用主の冒険者は見知らぬ他人同士だったのだ。
Nerimがリテイナーとして働き始めた際、たまたま彼がリテイナーを募集していた。ただそれだけの縁が、今もこうして続いている。
「おや。お耳にぴくぴく響きました! 冒険者さん、帰ってきますよ!」
思い返していると、レポリット族の従業員が仲間たちに告げた。
彼が戻ってくる。そう聞いて、雑談に興じていた工房の者たちは己の仕事へと戻っていく。
かつ、かつ、かつ。やがてブーツの音を響かせて、一人のアウラの冒険者が地下の工房へと帰ってきた。
「あれ、Nerim戻ってきてたんだ。おかえり」
「……えぇ、今さっき帰ったわ」
「そっか、入れ違いだったか」
答える冒険者の手にあったのは、マーケットで買い求めたであろう薬液の瓶。
そういえば、最新式の装備を作っていると職人たちが話していたか。
「ずいぶん気合を入れて作っているのね」
「なんで分かるの?」
「上の階、ビリヤニの香りが残っていたから」
冒険者があれを食べるのは、難しい製作に挑戦する時だったハズだ。
Nerimが言うと、冒険者はわずかに目を見開いた。よく知ってるな、という顔だ。
「――友人の装備を作ってるから。そりゃあ、良いモノにしたい」
そして冒険者は楽し気に微笑んだ。
誰かのために装備を作るのが、心の底から好きなのだろう。
「できれば仕上げまで自分でしたいんだけどね。ラザハンで作られてる霊薬は製法が公開されてないから――」
「そう。分かったわ」
話が長くなりそうな気配を察し、強引に切り上げる。
そして忘れない内にと、Nerimは自身の仕事の成果を冒険者へと手渡した。
「あれ、この装備って」
「あなたが選んだ私だもの、報告は不要でしょう?」
「……いつもそれ言うけど、こっちは気になる……」
渡したのは、Nerimが冒険の中で手に入れた一つの兜。
エオルゼアではあまり見ない様式のモノだが、冒険者には覚えがあるのだろう。
冒険者は兜の出自が気になるようだったが、Nerimは詳しいことを語るつもりはなかった。
愉快な冒険譚を経験したというわけでもないし、なにより……
(この人が驚く顔を見るの、面白いものね)
冒険者がモノを作るのが好きなように。
きっと自分も、リテイナーの仕事が好きなのだろう。
ひと仕事終えたNerimは、すぐに次の仕事へと旅立っていく。
次はどこへと向かおうか。どんな場所なら、よい掘り出し物に出会えるだろうか。
リテイナーとしての冒険の日々を、彼女はこよなく楽しんでいた。
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