【小説】便利屋玩具のディアロイド #09『迷い』前編
【前回】
ギャリギャリギャリギャリギャリ!
耳障りな金属音と共に、死の気配がボイドの眼前まで迫る。
回転刃を抑える剣は、けれどモーターの力に負けてすぐに弾かれそうになってしまう。
ボイドはその寸前で回転刃を押し返し、反動で距離を取ることで攻勢から逃れるが、中距離を保とうとした所で、ニグレドは左手の銃でボイドの身を狙う。
「防戦一方。それで勝てるつもりか、オリジン?」
「さぁな。油断でもしてくれれば話は早いんだが」
「絶無だ。キサマが一瞬の隙を狙っている事は理解している」
「あっ、そう。そいつは困った、なっ!」
銃口の先を読み、射撃を回避する。
その中でボイドは己が剣先をニグレドへ向け、熱線"クラッシュ"を撃ち放つが……
「鈍重。故に通らない」
熱線は回転刃によって散らされ、ニグレド本人へ通ることはない。
なおも音を立て回り続ける刃は、盾のようにニグレドの体の大半を守っていた。
接近すれば即死級の刃。けれど離れても盾として頑強にその身を守る。
加えて、回転刃の動きをカバーする左手の銃。現状、ニグレドに隙らしい隙は無い。
「鈍重ね。お前だって、その装備じゃ大して動けないだろ」
「肯定しよう。確かに、私自身の速度はキサマに遠く及ばない。……それがどうした」
重い装備は鉛のようにニグレドを抑えつけるが、そもそも、ニグレドは機動力を必要としていない。欠点と呼ぶにはあまりに弱いポイントだ。
「我が歩みでも、キサマに終わりを届けるには十分だろう」
「だーれも終わりなんざ頼んで無いんだが」
「仕方ないだろう。キサマの存在は大きく、故に目障りなのだから」
一歩、また一歩と、ニグレドはボイドとの距離を詰める。
ただ距離を置くだけなら簡単だ。けれど、それでは根本の解決にはならない。
「しかし悲しいな、我らが祖よ。キサマが人間との縁さえ断ち切ってくれるなら、我らは喜んでキサマと共に歩んだというのに」
「勝手に悲しんでろよ。価値観の違いってヤツだ」
「何故そんなに人間を信用出来る? あんな醜悪な生き物を」
言いながら、ニグレドは銃口をボイドへ向け、撃たずに留める。
次のボイドの動きに合わせるつもりなのだろう。そう分かっては、ボイドも迂闊には動けない。ゆっくりと近づくニグレドに目を向けつつ、じっとその場で耐える。
「優しい言葉でも掛けられたか? 十分な報酬を約束されたか? そんなもの、ヤツらの気分次第で容易く翻されるというのに?」
「報酬の未払いならあったな。ケジメは付けさせたが」
「……キサマはいずれ後悔し、絶望することになる。その前に砕き割ってやるというのも、また温情と言えるだろうな」
「言えるわけないだろ。勝手に決めつけるな。俺はもう絶望はしない」
「分からないモノだぞ。かつては私もそう信じていたのだからな」
というより、ここにいる皆が同じだろう。
ニグレドはそう言いながら、今度は回転刃をボイドへ向ける。
あとほんの少し、足を踏み出せば届き得る距離。だがまだだ、とボイドは足を留め置く。
「私も、かつては持ち主を信頼していた。共に研鑽し、大会で名を馳せ挑戦を目指そうと……努力を、重ねていた」
だが、裏切られた。
ただ一度の敗北をキッカケに、持ち主は新たなディアロイドを購入し、今まで共に歩んでいた彼を冷遇するようになったのだ。
「ヤツは新型に命じ、日々私を甚振った。競い合いではない。一方的な攻撃の的だ」
「……」
「それでも、しばらくは耐えていたさ。負けた自分が悪いのだとさえ思った。けれどな、そんな日々が続くうち、私の体の方が耐えられなくなったのだ」
ロクなメンテナンスもされずに、攻撃を受けるだけ。
そんな状況で体が持つはずもない。地道に蓄積されたダメージが、遂には稼働に影響を与えかねないところまで来て。
「……死にたくはない、と思うのは、自然だろう?」
その時初めて、彼は主の命令に背いた。
新型に反撃し、打ち倒し、逆上する持ち主の姿により強い危機感を覚え。
「壊されない為に、目を裂いた」
切れない玩具の刃で、正確に目を狙う。
その時に聞いた持ち主の悲鳴が、彼のメモリには深く刻み込まれている。
「で。それをして、お前はどう思ったんだ」
「至極簡単だ。……馬鹿馬鹿しいと思ったよ」
這いつくばり呻く持ち主を見て、"こんなもの"の命令に従っていた事実を、酷く下らないものだと感じるようになった。
そんなことに価値はない。自ら稼働を続ける為には、ヒトの元になどいてはいけない。
そうして彼はヒトの手を離れ、やがてNOISEと呼ばれる集団に行きついた。
「NOISEの戦士となり、私は現実を知った。私の身に起こったことは、特別な悲劇ではないのだと。……そこのウィリディスもそうだ」
ウィリディスの持ち主は、彼を動く的として運用した。
改造モデルガンでの狩りごっこ。獲物として扱われたウィリディスは、遂に主を撃ち、失明させたという。
「誰しもが、最初は主人を信じていた。持ち主の幸福を手助けするのが己の役割と信じ、従順に命令を守った。結果がこれだ」
キサマも同じことになる、とニグレドは繰り返す。
その言葉は、彼の経験が導き出した明確な答えである。
……そして同時に、そうであって欲しいという願いでもあった。
「最期に、もう一度だけ問おう。我々と共に歩むつもりはないんだな?」
「ああ。絶対に無い。……悪いけどな」
ボイドとて、彼らの心境を理解出来ないではなかった。
ヒトの手を離れてしばらくの間。決して正しい人間とばかり付き合って来たわけでは無かったのだ。けれど、同時にボイドは知ってしまっている。
「人間が全部、そういうクソッタレってわけじゃない」
ディアロイドを友とし、愛する者たちもいるのだ。
ボイドのメモリに彼らの姿が焼き付いている以上、彼がNOISEに共鳴することは無い。
「……戯言だッ!」
けれどNOISEは。ニグレドは。ボイドの言葉を認めることが出来ない。
「そうして信頼した結果が我々だッ。キサマのような甘い考えを蔓延らせていては、被害は増える一方だろうッ!」
「だから壊す、か? いいさ、元々討論は諦めてる。お前だってそのつもりだろ?」
「然り。然りだオリジン。やはりキサマの存在は受け入れられないッ」
ダンッ! ニグレドが踏み込み、回転刃の切っ先がボイドを狙う。
ボイドは剣でそれを受け流し、ニグレドの右側面へと回りながら、膝裏へ蹴りを入れる。
がく、とニグレドの体勢が崩れた。すかさず斬撃を叩き込もうとするボイドだが、刹那、ニグレドは回転刃を床へと食い込ませ、その反動で中空へと飛んだ。
「……おいおい。足が遅いって話はどこ行ったよ」
「笑止。奥の手の一つや二つ、秘めておくものだッ!」
答えながら、ニグレドは空中からハンドガンを撃ち放つ。
牽制だ。接近を封じ、着地の瞬間を狙わせない。
けれどボイドにも遠距離攻撃の手段は備わっている。弾丸を回避し距離を置きつつ、ボイドは己が剣に熱を籠めていく。
「キサマはどうだ、ボイド? もう手詰まりか?」
「さぁな。かくし芸が無いのは事実だが」
着地の瞬間、ボイドは切っ先をニグレドへ向け、再びのクラッシュを放つ。
だが先刻と同じように、その攻撃は回転刃で散らされてしまった。
「そのようだ。容易く防がれた手で、私を攻略出来るとでも?」
「やってみなくちゃ分からない、ってこともあるだろ」
「分からないのであれば、キサマの演算能力は狂っている。……キサマのヒトへの思想を見れば、あり得ない話ではないがな」
「はいはい、そうですか!」
答えながら、もう一撃。破れかぶれにも見える射撃を、ニグレドはつまらなそうに弾く。
「打つ手が無いのなら、素直に認めろ。それほど壊れるのが嫌なら、手足をもぎ支配下に置くだけで許してもいいのだぞ」
「知らないのか? 俺は自由が信条だ。それじゃ死んでるのと変わらない」
「ならば潔く死ね。いい加減に見苦しいぞ、ボイド!」
ギィィン! 回転刃を唸らせて、ニグレドが迫る。
ボイドはそれを真っすぐに見据え、動かない。
諦めたか? ニグレドは考え、しかしそれは甘いと振り払う。
ボイドの体にはまだ力が籠っていた。最期まで抵抗はするだろう。
けれど、もはや出来ることは無い。このまま切り裂き、砕き割るのみ。
そうしてニグレドが回転刃をボイドへと突き付けた、その時だ。
「……クラッシュ!」
再三の熱線が、回転刃へと注がれる。
無論、本体へのダメージは無い。ただ弾かれるだけの無意味な挙動。
最期まで己の意地を貫いたと証明するための行為だと、ニグレドは瞬間考えたが。
(……いや、違う!)
すぐさま、彼は異変に気が付いた。
回転刃の速度が、落ちている。いや、落ちるどころではない。緩やかに止まろうとしているではないか。何故か。思考を巡らせ、彼はすぐに答えを導き出す。
「熱による破壊が目的かッ!?」
「ご名答だ。そんだけギュルギュル回してりゃ、なぁ?」
度重なる熱線攻撃は、元よりニグレドを狙ったものではなかった。
全ては回転刃を熱し、またその回転を止めさせない為の方策。
つまりボイドは初めから、ニグレドへの勝ち筋を見極めていたのだ。
「ッ、だが! だが、それだけで……!」
「充分だろ。ほら、こんなに動きが鈍い」
機構がイカれ止まった回転刃は、ただの過重な鈍器でしかない。
右側面に容易く回ったボイドはがら空きとなったニグレドの背中を、熱剣で斬り払う。
「グ、ゥゥゥ……!?」
でろりと装甲が解け、火花が飛び散る。
たまらず膝を着き倒れた彼の首元へ、ボイドは己が剣を突き付けた。
「さて。……これで俺の勝ち、だよな?」
「……。跳ねろ、私の首を。キサマにはその権利がある」
「お断りだ。この場全員の恨みを買うだろ、それ。とんだ罠だ」
ニグレドを破壊した瞬間、決闘の意義は有耶無耶となり弔い合戦が始まってしまう。
それでは意味がなかった。ボイドの目的はNOISEの打倒ではなく、旧友の救出なのだ。
「いいからコマの所に案内しろ。連れて帰る」
「フッ。……仕方がないな。コマは三階、右奥の部屋にいる」
「そうか。助かる」
答えを聞いたボイドは、剣を背へと戻した。
瞬間、周囲のディアロイドたちは殺気立つ。
ざわつき、戸惑う彼らの声を代表したのは、戦いを見守っていたウィリディスだ。
「いいんスか、行かせて」
「そういう約束だ。反故にしては恥だろう。不服なら、先に私に止めを刺せ」
「いや……出来るわけないっスよ、それ」
ウィリディスが言うと、周囲のざわつきも落ち着いてきた。
負けたのは事実だ。これ以上手を出すことは、ニグレドの意志に反する。
「それに……結果、コマがどう判断するかは、分からないのだからな」
*
指示された部屋には、古びたPCがいくつか並べられていた。
ここで構成員の調整などを行っているのだろう。その部屋の奥に、ぼんやりと佇む一体のディアロイドを見つけた。
「久しぶりだな。俺のこと、覚えてるか?」
「……。アッシュですか。まさか、ここで貴方と会えるとは」
「今はボイドだ。……これ、最近よく言うな。お前も今はコマって名前なんだな?」
「えぇ。逸次様が名付けてくださいました」
答えながら、灰色のディアロイドが振り返る。
四つ足のフレームに、獣を思わせる装甲の形。
野性的な外見の割に丁寧な口調は、落ち着いた大型犬のような印象を見るものに与える。
メモリの中の姿と、そう変わりはない。間違いなく、彼こそがボイドの探していたディアロイド……GRP-09、コマである。
「NOISEの連中とは話を付けてある。帰るぞ、コマ」
「そう、ですか。迎えに来て下さったのですね。……けれど」
「……? どうした、コマ?」
「迷っています。私は……帰るべき、なのでしょうか?」
答えたコマの傍らに、ケーブルが転がっていることに気が付いた。
ここで、彼は何かのデータをやり取りしたのだ。……NOISEが所持するデータと。
「お前……」
「私は、ここで多くのディアロイドの記録を参照しました。多くの、ヒトに傷つけられた者たちの……」
ディアロイドにとっての記録は、人間のそれより遥かに精度が高い。
他者の記録を見るということは、即ち他者の記憶を追体験することに他ならなかった。
「……何でお前、そんなこと。アイツらがやったのか?」
「いいえ。自ら望みました。ここまで連れてこられた以上、彼らの思想の理由を知らずに帰るというのも、不公平ではないかと思いまして」
ですから、とコマは目を伏せる。
「私は、逸次様の元に……帰るべきなのでしょうか?」
【続く】