【小説】便利屋玩具のディアロイド #02『彩斗』前編
【前回】
「うわ、こりゃ酷いな。何とやり合ったんだお前?」
「オオカミ型の改造ロイド四体。データ、見るか?」
「待ってましたァ! っかし改造四体? アンタらしくねぇな」
「電池切れ間近だったんだよ……」
頬杖を突いてニヤつく青年に、ボイドはため息交じりに答える。
金井光汰の依頼を終えた、その翌日の事。
彼は馴染みの玩具店に顔を出し、自身の修理を依頼していた。
狭い店内には天井まで玩具の箱が積み上げられ、昼前だというのに薄暗い。
その陰気な店の雰囲気が、レジに座るこの男にはよく馴染んでいた。
「電池ィ? んならウチ来てくれりゃ一発なのに」
「その依頼で電池を貰う契約だったんだ。まさかこの辺でディアロイドを誘拐するバカがまだ残ってるとは思わないだろ?」
「まー、そういうヤツらはお前が軒並みぶっ叩いたからなぁ」
「それより、どうなんだ古部。いくらで直せる?」
「んん、フレームの歪みと新規装甲パーツだろ? お前の好みに合わせるってなると……」
ボイドに問われた店主、古部新矢は野暮ったい眼鏡のズレを直し、手元のノートパソコンに何やら文字を打ち込む。
「っしゃ、今回は一万で手を打とう!」
「高い。下げろ」
「いやいやいやいや、初期型の装甲ってもう在庫少ないんだってェ。ここはいっそ最新型にチェンジしねぇ? 大して値段変わんないけど」
「ダメだ。パーツは変えない。色も灰色厳守。で、五千」
「ムリムリムリムリ。せめて九千。ってかそもそもボイドさぁー……金、あるの?」
「……」
ボイドはしばし沈黙を保った。
それが答えであると、古部は判断する。
「ほらァー。お前がツケ踏み倒すとは思わないけどさぁ、値切れる立場じゃねェって」
基本ガキ相手なら仕方ねぇだろうけどさぁ、と古部は付け加える。
ボイドの商売相手は、基本的には小学生の子どもが多かった。
失せもの探しやクラスメイトの好きなモノの調査など、依頼内容は様々だが、総じて要求できる金額は多くない。先日の電池のように、現物で取引する場合もある。
故に、ボイドは基本的に金欠であった。
そしてボイドは、修理の度に古部の元へ訪れ……大抵の場合は、借金をして不調を直してもらっている。
「前の分の完済が三か月だっけ? 利子取ってないんだから、利益分は確保させてよ」
「分かった、分かった……間を取って七千。どうだ?」
「どうもこうもさァ。……そだ、じゃあ俺から一個依頼、どう?」
受けてくれたら七千で良いよ、と古部は提案する。
彼との交渉は、いつもこうだった。金欠のボイドが値切ろうと努力し、古部は依頼によって歩み寄る。ただ彼からの依頼は、子どものモノとは趣が違った。
「……今度は何を?」
面倒そうな声を発しながらも、ボイドは内容を問う。
簡単な仕事だよ、と古部は明るく返しながら、ケースに入ったSDカードを卓上に置く。
「これを届けて欲しいだ、牛崎に」
「アイツか。何のデータなんだ、これ?」
「それは言えない。まー今回は合法のヤツだから安心してよ」
へらっと笑う古部の顔を、ボイドはじっと観察する。
古部新矢も、届け先の牛崎という人間も、一種の前科を持っていた。ディアロイドにまつわる犯罪スレスレの依頼を押し付けられた事が、過去に何度かある。
「……嘘だったら、分かってるな?」
「信用してくれって。俺は更生した! お前に叩きのめされてな」
「そう願いたいが、どうだろうな」
しかし分かった、とボイドは頷き、SDカードを受け取る。
古部の軽薄さは信用ならないが、易々と自分を裏切る人間でもないのは確かだ。
今回の依頼も結局のところ、ボイドの値下げに応じる理由付けに過ぎない。
古部新矢は、ボイドの良き協力者の一人だった。
身元の不確かな野良の玩具を相手に、対等に取引をしてくれる数少ない人物とも言える。
「……でもさぁ、ボイド」
SDを手に店を出ようとするボイドに、古部は語り掛ける。
「いい加減、誰かの世話になった方が良いんじゃねぇの?」
「……その話は、止めろ。昨日も聞かされてウンザリしてるんだ」
「ハイハイ。つっても自転車操業過ぎてさ? 経営者としてはどーもさ?」
「そういう話は店を繁盛させてからしろ。……俺は行くからな」
「分かったよ。気ぃつけてなー」
頬杖を突いたまま、片手をひらひらを振る古部。
ボイドはそんな彼の姿をちらと確認してから、店の外へと駆け出した。
(どうしてこう、どいつもこいつも)
本当の所は、理解している。
自分がどれだけ危険で危うい状況にいるのかは、ボイド自身が一番に。
それでも。その言葉が心配から来るものだと、分かっていても。
聞かされる度に、ボイドの思考領域にノイズが走る。
心がざらつくというのは、こういう状態の事を言うのだろう。
機械の身でありながらも、そんな風に考えて……
「二度と御免だ」
誰にともなく、吐き捨てる。
ボイドは、もう二度と人の物にはならないと、心の底から決心していた。
たとえそれが、自身を破滅に導く決断であるとしても。
*
牛崎凱吾は基本的に、川辺の高架下をたまり場にしていた。
あまり人目に付かないその場所で、彼は複数の仲間と共に高校をサボり、ディアロイドでの賭けバトルに興じている。
いわゆる不良、と言って差し支えのない相手だ。
ボイドとしても、そんな男の元にわざわざ出向きたいとは考えていなかったが、依頼とあれば仕方がない。大人しく件のたまり場に足を向けた所、今日は少し様子が違った。
「あぁッ!? テメェ何様のつもりだゴラ!」
怒号はいつもの事だったが、どうやら牛崎たちは誰かと揉めているらしかった。
(面倒なタイミングで……)
内心で呆れ返りながら、やや離れた所で様子を窺うボイド。
落ち着くのを待って出直そうか、などと考えたものの、すぐにそういうわけにはいかなくなってしまった。
「おい牛崎、どうした」
「ンッだよ!? ……っ、ボイドか。何の用だッ!」
「古部の使いだ。それよりお前、小学生相手に何キレてんだ」
「…………」
牛崎たち不良グループの中に、一人だけ見慣れない少年が混じっていた。
頑丈そうなリュックを背負った彼は、見た限りまだ小学五、六年生といった所である。
しかも、牛崎の怒号を正面から浴びていたのは、その小学生男子だったのだ。
(興味は無いが、止めないわけにもいかないしな。……つっても)
小学生男子は、突如として現れた灰色の玩具に、不審げな目を向け押し黙っていた。
その表情は落ち着いていて、とても年上の不良グループに恫喝されていた子どもとは思えない雰囲気を保っている。
「言っとくが悪いのはこのガキだ。生意気な口利きやがるからよ」
「生意気? オレはただ質問しただけだろ。お前ら強いのかって」
「……なるほど、な?」
確かに生意気なガキだ、とボイドは頷く。
牛崎たちも気が長い方ではない。小学生にこんな態度で絡まれれば、キレもするというものだろう。
「お前、学校はどうした。子どもは学校に行く時間だろ」
「休んだ。コイツらと同じだ」
「コイツらァッ!?」
さらりと見下したような態度を取られ、牛崎は額に青筋を浮かべる。
まぁ待て、と彼を諫めつつ、ボイドはどうしたものかと考え込んだ。
学校を自主的に休んで不良のたまり場に顔を出す小学生。自分にはまるで関係の無い事だが、放置して帰るのも気分の良いモノではない。
「悪い事は言わない、とっとと帰れ。若しくは学校へ行け。コイツらと関わっても良い事はまるで無いぞ」
「ハァ!? ボイド! テメェまでなんだその言いザマァ!」
「凱吾、凱吾、それは事実だと思うぜ」
「お、バイスタウラス。元気だったか」
キレる牛崎を次に宥めたのは、巨大な二本ツノを生やしたウシ型のディアロイド……バイスタウラスだった。
茶色のボディのバイスタウラスは、牛崎凱吾の相棒ロイドである。
「久しぶりだなーボイド。お前は……なんかボロくなったな」
「色々あったんだ、色々」
「……。おい、良いから質問の答え」
ボイドとバイスタウラスの会話を断ち切って、小学生は再度問いを投げかける。
お前たちは強いのか。面子を重要視する牛崎たち不良には、重い問いかけである。
「ンッなに気になるならテメェの身体に教えてやろうかァッ!」
「いやケンカじゃなくて、ディアロイド。強いの?」
「ハァンッ!? 強ェわボケェ! バイスタウラスは最強に決まってんだろボケカスゥ!」
「凱吾! そうだぞ! オレは強いぜッ!」
牛崎が相棒の強さを誇ると、バイスタウラスは嬉し気に角を天へと向けた。
相変わらずだ、と彼らの様子にボイドは内心苦笑する。
「じゃ、そいつ貸してよ。金は出すからさ」
「ざけんな誰が貸すかクソガキィ!」
「はぁ? なにそんなキレてんの。ケチかよ」
「ぶん殴るわ今ぶん殴るッ!」
「やめろ! やーめーろ!」
慌てて二人の間に割り込んで、「お前も口に気を付けろ!」と警告するボイド。
少年は不服そうな顔でボイドを見下ろして、「邪魔すんなよ」と言い放つ。
「オレには強いディアロイドが必要なの。金は出すっつってんだから、玩具貸すくらい良いだろ別に。なんでこんなにキレられるのか意味分かんないんだけど」
「お前にはただの玩具でも、持ち主には大事な相棒なんだ。易々と貸せるもんじゃない」
だよな、とボイドが牛崎たちに目線を向けると、彼らは「うむ」と同時に頷いた。
「はぁ……なんだよ、せっかく強いヤツがいるって聞いたから、期待したのに」
「悪いな小学生。だがなんで強いディアロイドが要る?」
「それは……言えない」
「ンなんで貸せるわけねぇだろバーカッ!」
「お前らよりは頭良い自信あるけど?」
「おいやめろなんでお前はそんなケンカ腰なんだっ!」
はぁぁ、とボイドは深くため息を吐いた。
なんだ、このガキ。生意気過ぎる。一刻も早くここから連れ出さないと本当に暴力沙汰になってしまいかねない。
「そんなに強いディアロイドが欲しければ、自分で相棒を迎えれば良いだろ。それで強くなればいい。そういうものだ」
「いや、一週間いればいいから。自分で買う気は無いし。強いヤツじゃないとダメだけど」
「なんだそれ……友達とバトルでもするのか? 大会か?」
「じゃなくて、護衛。一万まで出せるんだけど、強くて貸せそうなヤツいない?」
(……一万円?)
さらりと述べられた金額に、ボイドは強く反応した。
一万円。それだけあれば、古部に借金をしなくても済む。
どころか、次に向けての貯蓄も出来るかもしれない。
子どもにとっては大金だろうが、ボイドにとってはそれ以上に重要な金額だ。
それに……護衛。詳細は分からないものの、彼は誰かのディアロイドの力を借りなければならない状況下にいるらしい。
「……なら、俺が請け負おう」
子どもの依頼は、ボイドの仕事だ。
ここで仕事を受けると言えば、少なくとも牛崎たちと彼を引き離す事が出来、内容如何によっては実際に大口の取引にあり付ける。
「強いの、お前? そうは見えないけど」
「強い。少なくとも、ここにいるヤツらよりは」
見定めるような少年の態度に、ボイドはハッキリとそう言ってのけた。
しかし、そうなると黙っていないのが牛崎たちである。
「おうおうボイド、テメェ随分堂々と言ってくれたなァオイ」
「……事実だろ? お前らの内誰か一人でも、俺に勝てたことがあったか?」
「無ェ! が、そりゃこの前までの話だろ。オレもタウラスも前の比じゃねぇッ!」
「おうともさ! ボイド、ボロボロなお前なんかオレらの敵じゃないぜ!」
牛崎たちの宣言に、取り巻き達も湧き上がる。
やっちまえ、反撃だ、ぶちのめせ。興奮と共に投げかけられる言葉の数々に、ボイドははぁと息を吐く。刺激しすぎてしまったか。
「ちょうどいいや。ボイドとか言ったっけ。証明して見せてよ」
本当に強いのか、どうか。
そう問われ、わざわざ逃げ出す理由もボイドにはなかった。
「良いだろう、やってやる。ルール?」
「スタンダード、一本勝負!」
「ズルは無しだぜ、ボイド!」
牛崎とタウラスの返答に、「分かってるよ」とボイドは返す。
ディアロイド同士の、正当なバトル。
そこでは当然、故意の破壊も、レギュレーション違反の武器も認められない。
勝敗を決するのは、互いの機体情報から算出された体力。それを、衝撃と命中部位で計算されたダメージで削り合う。
「バトルモード、リンク!」
二体のディアロイドが叫ぶと、牛崎たちは急ぎ彼らと距離を取る。
「おいガキ! お前も下がれ、バトルの邪魔だ!」
「わ、分かった」
ぼんやりと見ていた少年も、その声を聞き後ろに下がる。
「安全圏確保。レギュレーション同期!」
「HP確認。プログラムエラー、無し!」
ボイドの視界に、ふわりと競技エリアの境界が浮かぶ。
バトルエリアとなった周囲には、大きな障害物は無い。
足元は砂利で、動きによっては足を取られるだろう。
周辺環境を読み取りながらも、ボイドとタウラスは共に、試合開始のカウントを待つ。
「3! 2! 1……!」
牛崎もスマホでバトル用のアプリを起動して、既にタウラスとの同期を済ませている。
牛崎の強い視線を身に受けながらも、ボイドはあくまで対戦相手であるタウラスに集中し、剣を抜き放つ。
「バトル、スタート!」
【続く】