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【小説】便利屋玩具のディアロイド #01『ボイド』

 夕刻、空が紫に染まる頃。
 古い雑居ビルに、二人の若い男が入っていく。
 小ぶりなジュラルミンケースを携えた男たちは、周囲をしきりに気にしながらも、口元に笑みを浮かべていた。
 薄暗い階段を登り、彼らは二階の一室のドアを叩く。
「篠崎です。売却に来ました」
「……入れ」
 低い返答を聞き、男たちは軋むドアを開け、散らかった屋内へと足を踏み入れた。
「何体入ってる?」
「三体です。一体は新型ですよ!」
「ほーう。それは有難いが……大丈夫だろうな?」
 部屋の中には、痩せぎすの中年が一人。
 彼が鋭い目つきで二人を見ると、若者たちはたじろぎつつ「大丈夫です」と答える。
「今回狩場変えたばっかなんで、全然警戒されてなかったですって」
「ならいいが。この頃は警察の動きも本格化してきた。盗む時は注意しろよ」
「気を付けまーす。こんな割りの良いバイト潰されたくないですし。なぁ?」
「っすね。で、これ幾らになるんすか?」
「はぁ……それは状態次第だな。今確かめる」
 へらへらとした若者の態度にため息を吐きながら、中年がケースを受け取る。
 彼が部屋の長机の上へとケースを置くと……こつん。中から、何かが動く音がした。
「おい、電源落としとけっつってるだろ」
「すんません。結構抵抗されたんで、そのまま突っ込んじゃいました」
「ったく。なら一旦ショートさせるか……」
 中年が頭を掻きながら足元の段ボールに手を伸ばした、その時だ。

「やめろバカ。んな事されたら俺が食いっぱぐれる」

 声がした。若者のものでも、中年のものでもない声が。
 どことなく機械的な響きの、男っぽい変に乾いた声。
 それを聞いた瞬間に、中年はバッと体を起こし周囲を見回す。
 その顔は蒼白で、唇は小さく震えていた。
「お前ら、そういやさっき狩場変えたっつてったな」
「は、はい。それより今の……」
「どこで狩ってきた!? まさかとは思うが、」
「そのまさかだ。このバカ共、俺の縄張りで誘拐しやがった」
「っ……!」
 中年が息を呑み、激怒の表情で若者二人を睨み付ける。
 状況の理解できていない二人は、その視線から逃れるように声の主を探す。
 いない。どこにも。いや違う、さっきと声の響いた場所が違うんだ。
「どこだ! 隠れてないで出てこい! さもないと――」
 バリン! 中年が言い終える前に、部屋の窓が音を立てて割れ落ちた。
 何か小さなもので、内側から砕かれたのだ。
 そして中年が思わずそちらに顔を向けた、その瞬間に。

「呼んだか、クソ野郎」

 中年の肩に、声の主が飛び乗る。
 それは、小さなロボット玩具だった。
 灰色の装甲を纏い、赤いライトの灯る剣らしき武器を持った、ヒト型の玩具。
 横目でその姿を見た中年は、絞り出すように彼の名を口にする。

「ボイド……!」
「知ってたのか。ならこのバカ共にも教えてやれば良かったのにな?」
「ふざけるな! そこを退」
「あー、動くなよ? 動けば斬る。悪いが俺にはそれが出来る」
「ぐ……」
 脂汗を額に浮かべながら、中年はびくりと身体を固まらせた。
 動けない。動けばどういう事になるか、彼には想像がついている。
「柏木さん! なんなんですソレ!」
「クソ玩具だッ! テメェらケース持ってとっとと、」
「逃げるのは良いがケースは置いてけ。怪我したくはねぇだろう? あと二度とこんなクソみてぇな"バイト"はするな。次は容赦しない」
「はっ……?」
 状況の呑み込めない若者二人は、顔を見合わせる。
 自分たちのバイトは、どうやらかなりマズイ状況に陥ってるらしい。
 このままではせっかく盗んできたブツを換金出来ない。
 するとなんだ? 自分たちは金にあり付けないというわけか?
 ……こんな、十センチちょっとの小さな玩具一体のせいで?

「ざけんな! これはオレらの『金』だッ!」

 結論は、ケースを持って逃げる、だった。
 怒鳴りながら、若者の一人がケースに手を伸ばす。……が。
「熱っっつぁ!?」
「金? テメエら脳も目玉も腐ってんのか? そいつらが金なわけねぇだろ」
「う、あっ、熱、火傷、なんでっっ……?」
 ケースに伸ばした手は赤くなり、産毛が煙を上げていた。
 攻撃を受けたのだ。彼らが侮った、目前の小さな玩具から。
「次はその腐った目ン玉にするか。どっちから焼く?」
「焼くっ……やめ、やめろぉっ!」
「ひぃぃぃ~っ!」
 痛みと恐怖で混乱した二人は、バタバタと慌てて部屋を飛び出していく。
 その背を見て、はぁと玩具はため息を吐いた。
「少しはお灸になればいいが……っと!」
 ぐらり。彼が足場にしていた肩が、大きく動く。
 彼が若者二人に気を逸らした事で、中年は今が好機と思ったのだろう。
 事実、バランスを崩しかけた彼は、落下しないよう彼の肩から飛び降りる。
 かたり、音を立てケースの上に飛び乗った彼は、己の得物を再び中年へ向けようとしたが……ガタンッ! 音を立て、中年は既に出口へと駆け出していた。

「マスティフ! そいつを破壊しろッ!」

 去り際に、その一言を残しながら。
 ドアを開け放ったまま、中年の足音が遠のいていく。
 それと同時に、部屋の中からは小さな物音が二つ、三つ……四つ。
「ディアロイドの相手はディアロイドに、か」
 正しいな、とボイドは呟く。
 部屋の四隅から現れたのは、彼と同じく十センチ程度の小さな玩具ロボット。
 オオカミを思わせる外見の彼らは、みな一様に大きなキャノン砲を背負っている。
「マスティフ、だっけ? 番犬なら吠えてみたらどうだ?」
「………………」
 嘲るような煽りに、四体のオオカミは答えない。
 ただ静かに背の砲口をボイドへと向けて……撃ち、放つ。
 バァンッ! 火薬の爆ぜる音が響く刹那、ボイドはたんっとケースを蹴って宙へと舞った。眼下では、自らに向けられた四つの弾丸がぶつかり合い、部屋の隅へと弾けていく。
(流石に改造されてるか)
 一撃の威力で、ボイドはそう理解する。
 この四体……マスティフたちは、恐らくはあの中年によって改造されている。
「悪かった。改造済みなら吠えられないよな」
 吠えるだけの知能を、マスティフは持ち合わせていない。
 正確に言えば、彼らはその知能を破壊されたのだ。改造の、副作用によって。
「……壊させてもらうぞ、お前たちを」
 言葉の意味を、きっと理解は出来ないだろう。
 分かっていながらも、ボイドはそう呼びかけ、手首を返し、剣の背面を敵へと向けた。そして着地と同時に踏み出して、机から飛び降りると共に、敵の一体へと接近した。
 バン、バン、バン! マスティフは接近するボイドへ立て続けに主砲を撃つが、その一つとしてボイドの体を傷つけるには至らない。
 弾丸が届く前に、ボイドの剣がそれを斬り払うからだ。
 そうと気付かず愚直に砲撃を続けるマスティフは、容易く距離の優位を失った。
「まずは、一体!」
 ザンッ! 振り下ろされた剣によって、マスティフは主砲ごとその体を焼き切られる。
 どろりと溶けた断面をちらと見て、ボイドはまた「はぁ」とため息を吐いた。
 けれど、立ち止まる暇はない。すかさずボイドを目掛け、数発の弾丸が撃ち込まれた。
 彼はそれを剣の腹で受け止めつつ、次の目標へと狙いを定める。
 残す三体のマスティフは、小さな察地音と共に三方からボイドへ迫っていた。
 狼型のボディはその姿通り素早く、射撃を交えた突進を前に、ボイドは下手に動けない。
(さて、どうする?)
 このまま立ち止まっていれば、三方向からの集中砲火に耐え切れなくなる。
 が、こちらから距離を詰めて斬るにしても、不用意に飛び出せば的となるだけだろう。
 ならば、ひとまず射線を塞ぐべきだろう。
 ボイドはそう決め、机の下へと潜り込む。
 長机やパイプ椅子の脚が立ち並ぶそこならば、マスティフたちの射撃からも多少は身を守れる。埃に足を取られないよう注意しながら机の脚を背にしたボイドは、マスティフの足音に耳を澄ます。
 ちゃっ、ちゃっ、ちゃっ……床を蹴る微かな足音から、ボイドはマスティフたちの居場所を演算する。そして……ダンッ!
「もう、一体ッ!」
 机の脚を蹴り、跳躍するように駆けるボイド。
 その先には、ボイドを囲おうとと机の周縁を走っていたマスティフの一体。
 飛び出しの威力をそのままに、ボイドは彼の動力部……腹を剣で貫き、引き抜く。
 その背に放たれた弾丸を、ボイドは倒したマスティフを盾とすることで凌いだ。
 残りは二体。そのマスティフたちは、仲間の撃破を確認すると、それぞれにボイドへと向けて一直線に走り出した。
 机の下から飛び出したばかりのボイドには、倒したマスティフ以外に盾とすべきものはない。剣で弾丸を防ぎつつ進めば、一体は確実に仕留められるが……
(そこで最後の一体にやられる、か)
 攻撃の隙を、横からもう一体のマスティフに狙われて、終わる。
 それでは意味がない。依頼を達成するためには、無事に勝利する必要がある。

「ったく、面倒な依頼引き受けちまったな……」

 はぁ、とボイドは再度溜め息を吐いた。
 玩具のロボットである彼に、呼吸の必要はない。
 溜め息はあくまで感情を表現するためのジェスチャーで、その意味は落胆。
 ボイドは、自分自身に落胆していた。

(電池残量は……ギリ足りる、か?)

 危ういだろうという予感がしたが、ボイドはそれを無視した。
 そして迫るマスティフの一体に、剣の切っ先を向ける。
(もうちょい、あと一歩)
 タイミングを見誤れば、そこで終わりだ。
 慎重に彼我の距離を見極めて、ボイドは己のエネルギーを掌から剣へと送り込む。
 ジジジ、と剣のライトが強く輝き、ぶわりと熱が空気を揺らす。
 本来ならばそれは、ただの光のはずだった。
 灰色の剣の背面。黒く伸びる鉄の塊は、刃ではなく放熱板。
 安全の為に作られたそれを、ボイドは研ぎ澄まし、正真正銘の武器とした。
 そして、更に。限界を超えて力を注ぎ続けた時に、剣は更なる破壊力を発揮する。
「クラッシュ!」
 熱エネルギーの、射出だ。
剣の背から光線のように撃ち出されたそれは、真っ直ぐにマスティフの一体へと注がれ、その身を焼き溶かした。
「……、……、……!」
 バヂヂヂヂ! 回路から火花を噴きながら、光線を食らったマスティフが地に倒れ伏す。
 その時には既に、ボイドは最後の一体との距離を詰めていた。

「じゃあ、なッ!」

 放熱刃の斬撃が、装甲を焼き、断つ。
 部屋にはプラスチックの焼ける嫌な臭気が漂ったが、ボイドにそれを知覚する機能は無かった。ただ……少しばかり、気分が悪くなるだけである。

「……ったく。改造なんかされてなきゃな」

 誰にともなくぼやいて、たんっ。
 長机の上へと跳んだボイドは、誰に邪魔されることもなく、卓上へ置かれたケースへ手を伸ばす。
 ぱちん、とロックを外し、彼にとっては重いそれを開くと……

「あ、れ……? キミ、誰……?」

 中には、ボイドと同じ玩具が三体詰め込まれていた。
 その内の一体、亀の姿をした玩具が、きょとんとした様子でボイドを見上げる。
「ボイド。便利屋……みたいなモンだ。お前を助けに来た」
「ボクを? ボク、助かるの? 帰れるの……?」
「あぁ。お前の持ち主が待ってる。とっとと逃げる、ぞ……」
 ぐらり。ボイドの体から力が抜け、かたんと音を立て膝を突く。
「わっ、大丈夫?」
「あー……問題ない。気にするな」
 先ほどの一撃が影響したのだろう。
 ボイドの意識領域に警告が発せられる。
『電池残量、微小。早急に電池を交換してください。』
(うるせぇ、出来たらやってんだよ)
 内心で罵倒すると、警告はたちまちに消える。
 電池を交換したいのは山々だった。けれど今のボイドに電池の替えは無い。
 発声や入力系の一部を省電力化して、残量の減りを抑える。
「早く行くぞ。いつ人が戻ってきてもおかしくない」
「うん、でも……」
 この子たちも起こさないと、と亀は言う。
 鳥型と、カブトムシ型。彼と同様に捕らえられ連れてこられたディアロイド。
 確かに、彼らを放っておくわけにもいかない。
 ボイドはまたため息を吐いて、二体の電源ボタンを押す。
 目覚めた二体は戸惑っていたが、状況を伝えると、すぐに逃げようと同意した。

「じゃ、あの窓から降りろ。階段は鉢合わせる危険があるからな」
「え、怖い……」
「改造されるよりずっとマシだろ。グズってないで行け」

 ディアロイドの耐久性なら、三階程度の高さから落ちた所で大した破損はしない。
 三体が割れた窓から飛び降りたのを確認し、ボイドもその後に続こうとするが……
 がさり、と音がする。
「はっ?」
 何かと振り返ったボイドは、驚愕し思わず声を上げた。
「……、……、……」
 背後にいたのは、先ほど倒した筈のマスティフの一体。
 焼けた体を引きずりながら、砲身をボイドへと向けている。
(なん、いや、さっき電力……)
 電池切れを恐れて、一部の機能を省電力化した。
 その影響で、マスティフの足音に気づけなかったのだ。
 己の迂闊さを呪いながら、剣を盾にしようと動くボイド。
 腕が重い。反応が鈍い。
 放たれた弾丸に、間に合わない。

 バァン!

 ……破裂音を最後に、ボイドの意識データはブラックアウトした。

 *

「……ガッ!?」

 起き上がる。
 先ほどと景色が違う。
 暖色系の明かりに包まれた一室は、どうやら子ども……男児の部屋のようだ。
 自分が学習机の上に寝かされているのだと気づいた時、がちゃりと部屋の戸が開く。

「あっ! 起きたんだ、ボイド!」
「……光汰。ってことはここ、お前の部屋か?」
「うん。コウラスが連れてきてくれたんだ。ねっ?」
「そうだよ! ボイド、撃たれて落ちてきたから……」

 男児の肩には、先ほど助けた亀型のディアロイドが乗っていた。
 名前を、コウラス。持ち主である男児、金井光汰によって捜索を頼まれていた、行方不明のディアロイド。
「そうか……世話を掛けたな」
「良いんだよ! って、ケガは大丈夫?」
「ケガ? あぁ、破損は……問題ない」
 胸に手を当て、自己診断する。
 問題ないというのは嘘だった。改造ロイドの一撃をモロに喰らったのだ。
 胸の装甲はひび割れ、フレームが少し歪んでしまっている。
 調整が必要だ。けれど今のところ、他に問題は無い。
「電池、変えてくれたんだな。助かった」
「それが条件だったから。……本当に大丈夫なの?」
「あぁ。これでまだしばらくは生きていられる」
「…………」
 ボイドの返答に、光汰は絶句し、コウラスと顔を見合わせる。
 その寂しげな表情に、ボイドはイヤな予感を覚えた。
(ガキがこういう顔する時は)
 決まって同じことを言うのだと、ボイドは知っていた。

「ねぇ、ボイド……ウチに来ない?」

(ほらな)
 やっぱりだ、とボイドは心の中でうんざりした声を上げる。
「持ち主もいないままなんて、危ないよ。ウチに来たらいちいち依頼なんて受けてくれなくっても、電池替えられるよ?」
「そうそう。光汰と一緒に暮らすの、楽しいんだよ。一緒に住もうよ!」
「あのなぁ……心配してくれんのは結構だが、そういうのはお断りだ」
「なんでさ! ボイド、このままじゃいつか壊れちゃうよ?」
「その時はその時。それが俺の寿命だってだけだ」
 とにかく、断る。
 ボイドは改めて強くそう言い切った。
「俺は誰の持ち物になる気もないし、人間と一緒に暮らすつもりもない。それで十分だし、そう決めて生きている。だから、その誘いには応えられない」
「……そっ、か。分かった……」
 悲しそうに頷く光汰を見て、ボイドは悪い気持ちがしながらも安心する。
 光汰が親切心から提案してくれていたのは分かっていた。
 自分のディアロイドを心配して、捜索を依頼してくるヤツだ。一緒に暮らしていて楽しいというコウラスの言葉も、きっと嘘ではないんだろう。
 分かっていても、頷くことは出来ない。

 ボイドは、玩具でありながら独りで生きる存在だった。
 子どもを相手に便利屋の真似事をし、報酬として電池や幾ばくかの金を貰う。
 そうして自分で自分をメンテナンスし、今日まで稼働を続けてきた。
 それが自分の生き方だ、と嘯きながら。

「俺の事は良いんだ。光汰、お前はコウラスの事をちゃんと見ててやれ」
「うん、気を付ける……」
「それでいい。あまり目を離してやるなよ」

 ディアロイドは、高性能なロボット玩具だ。
 それ故に、彼らを盗み、転売しようとする輩が後を絶たない。
 今回も、金井光汰が公園で目を離した隙に、あの男たちによってコウラスが連れ去られたのだ。尤もボイドの活動の成果か、この地区での窃盗はその数を減らしていたが。

「もし発見が遅れて改造されてたら、もう元には戻らない。絶対に、忘れるなよ」
「ねぇボイド、その事なんだけど……」
 一つ聞いても良い、とコウラスが問う。
 なんだと聞き返すと、「ボク聞いたんだ」とコウラスは言う。
「起きてたから、聞こえてた。人の悲鳴。熱いって。……あれって」
「……分からないな。聞き間違いだろう」
 ボイドはコウラスの質問を適当にはぐらかすと、窓辺へと跳び、鍵を開けた。

「じゃあ、俺は行く。また何か依頼があれば、いつもの場所に来い」

 そう言い残して、窓から飛び降りる。
「わっ、まだ大事なこと言ってないんだけど!」
 光汰とコウラスは驚いて、顔を出し、走り去るボイドの背へと叫んだ。

「ありがとーっ! コウラスを助けてくれて!」

 ボイドは振り返らず、けれどしっかりとその声はメモリに刻む。
 悪い気はしなかった。依頼を受けて、達成して、子どもや同胞の感謝の声を聴くのは。
 けれどボイドは、やはりため息を吐く。
(いいヤツにでもなったつもりか)
 光汰たちの言葉を気持ちよく受け取る事が、ボイドには出来ない。
(俺が何をしてるのか、忘れるな)
 自分自身に言い聞かせる。コウラスにも問われた事だ。
 依頼を達成するため、自分の身を守る為に、ボイドは他者を攻撃し、傷つけている。

 ディアロイドは、高性能なロボット玩具だ。
 人格を持ち、人と対話することも出来る彼らには、バトル用の機能もいくつか備わっている。けれど……それは、あくまで玩具の範疇での話。
 人間を傷つけたり、他のディアロイドを破壊するような行動は、本来プロテクトによって厳しく制限されているのだ。
 外部からそのプロテクトを突破しようとしたならば、その過程でディアロイドの人格データは破壊されてしまう。
 けれどディアロイドの中には、一部、例外的に、自らその枷を外した者たちがいる。
 ボイドも、そうしたプロテクトを解除したディアロイドの一体である。

(俺は玩具としては間違ってる)

 あの行為が、戦いが、不要なものであったとは思わない。
 同胞を守るため。依頼を完遂し己を維持するため。必要な攻撃であった事に疑問は無い。
 けれど、人を傷つけ仲間を破壊できてしまう自分は、きっと。

(アイツらのようには、なれない)

 光汰とコウラスのようには。
 なれないし、なるべきでもない。
 ボイドというディアロイドは、己に対し芯からそう結論づけていた。

(でも、それでいい。俺は自由に生きる。その先にきっとあるはずだ)

 ――アイツの求めていた『幸せ』が。

 灰色の玩具は想い、願う。
 彼は、己自身のモノでない幸福を追い求めていた。


【続く】


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