【小説】ブルーム・フェザー #5
#4
「ミネルヴァちゃん、かもーん!」
屋上へ出ると、飾利先輩は早速ミネルヴァを呼び出した。
『ホッホゥ』と鳴くミネルヴァに、飾利先輩は更に呼びかける。
「ミネルヴァちゃん! 今回も録画よろしくねぇ~」
『ホッホゥ、ホッホゥ!』
「ん? 今日のデュエルは録画するんですね?」
ミネルヴァにそういう機能が搭載されている、ってことは聞いていたけど。
先輩に確認すると、「私はいつも撮ってもらってるよ~」と返ってくる。
「あっ、イヤだった? アップロードはしないけど」
「大丈夫ですけど、なんのために……?」
「フォームとか流れとか、いろいろ見直したいじゃん? あとで動画送るね」
「はぁ。ありがとうございます」
イマイチわたしにはピンと来ないけど、必要な事なんだろう。
返事をしつつ、わたしはアカリに借りた予備の手袋を装着する。
飾利先輩のグローブは、黒字に黄色い薄い黄色の線が描かれた、スポーティでカッコいいデザインだ。
指先に止まるフリージアは、羽根をばさりと広げてこちらを威嚇している。
一方わたしのチコはというと、わたしの周りをぐるぐると飛び回っていた。
(これ、どういう感情なんだろ)
とりあえず、落ち着いてるようには見えない。
大丈夫かなぁと考えていると、飾利先輩が、ふわりと手の平を広げて見せる。
わたしも小さく頷いてから、手を返した。デュエルの同意はこれで完了。
「行こうか、チコ」
『ピッピィ!』
「踊るよ、フリージア!」
『ピピッ!』
「――フェザー・デュエル!」
試合開始と同時に、わたしの方から仕掛けた。
指先をまとめてのクチバシ突撃。先手を打つ大事さは、白城先輩との試合で身に染みた。
「フリージア、受け流して」
けれど飾利先輩は、直撃の手前で手を左に回す。
旋回、じゃない。その場でのスピンだ。翼を振るって左に回転するフリージアは、その回転でチコのクチバシを完全に受け流す。
ダメージは、ほとんど無し。流されたチコは、勢い余ってバランスを崩しそうになる。
「っ、堪えて!」
言いながら、手を上に向けて上昇を指示。
チコは『ピュイッ』と答えて姿勢を整えつつ、高度を上げる。
「うんうん、カバー大事だよねぇ。でも、こっちも見ないとダメだよぉ」
フリージアは既にチコの上を取っていた。
スピンの直後に上昇してたんだ。焦って見逃してた。
「スイング!」
飾利先輩は手首を波打つように動かして、フリージアに指示を飛ばす。
あの形、動き。多分アレは……
「チコ、避けて!」
「そうはいかないんだなぁ~」
『ピピピッ!』
ふわり。フリージアの身体が前に傾いて、チコへ向けて斜めに落下していく。
その拍子に先輩はくるりと手を翻して、フリージアをスピンさせる。
「スピンウィング!」
バチンっ! フリージアの翼がチコの身体を激しく打った。
そのままフリージアは弧を描くように上昇して、スピンの勢いで反転、旋回。
「気を付けてください、蒼崎さんっ! フリージアは素早いんですっ!」
「ありがとアカリ! よっく分かった!」
一連の動きには、まったくムダが無かったんだ。
落下と一緒に攻撃することで、攻撃の速さと威力をアップ。しかもすぐ上昇するからカウンターし辛くて、追撃しようにも、スピンの勢いを利用して方向転換してるから……
「あっ、ツバサちゃんだけアドバイス有りなの!? 部長、わたしに何かないですかぁ!」
「ありません。相手は初心者、あなたは先輩でしょう」
「ですよねぇ!」
あはは、と笑う飾利先輩。次にまた同じ手を喰らわないように、わたしは一旦チコを後退させて、様子を見る。
『ピュィィ……』
『ピピーッ!』
困ったような声を上げるチコに、フリージアは激しい鳴き声を投げかけた。
多分、威嚇? でもなんか、さっきまでと印象違うな……
「あ、気づいた? フリージア、デュエル中はちょっと気が荒いんだ」
「そう、なんですか?」
そういえばさっきも翼を広げてこっちを威嚇してたっけ。
「フリージアは戦うのが好きで、しかも負けず嫌いだから」
「……戦うのが、好き」
「話してたでしょ? ブルームフェザーの個性だよ」
言いながら、飾利先輩はぐっと指先を伸ばす。
ばさりとフリージアは翼をはためかせ、一挙にチコとの距離を詰めようとしてきた。
(これ以上は引けない……)
チコはもうわたしの目の前まで下がっている。
試合中のブルームフェザーは、お互いの身体より後ろに行っちゃいけない。もし下がり過ぎると、ミネルヴァの采配で敗北になってしまうんだ。
後退はここまで。あとは前に出るしかない。
(斜めに上昇すると、多分捕まるから……)
相手の動きを呼んで、一、二……三っ!
「チコ、そこで直進っ!」
フリージアの下を潜り抜けて、仕切り直そう。
『ピュイ』とチコはその指示に従って、真っ直ぐに飛ぼうとするけれど……
「だよねぇ。じゃあフリージア、落ちちゃって!」
『ピッ!』
「落ちるってなに!?」
すれ違いの瞬間、フリージアは一瞬動きを止めて、クチバシを下に向け垂直に落下。
危ない、と叫びそうになったその時、地面スレスレで一転、上昇。
そのまま宙返りで向きを反転させ、スピンで姿勢を調整する。
「なんっ……」
曲芸飛行だ。ブルームフェザーってあんな動きも出来るの!?
「驚いた!? いやぁ、かなり練習したんだよコレ」
「すご……いや、なんで!?」
チコに旋回指示を出しつつ、わたしの頭は混乱していた。
確かにすごい。すごいんだけど、意味が分からない。
「向きを変えるだけなら、普通に旋回するだけで良かったですよね!?」
「まぁね。でもそういうのって読みやすいでしょう?」
読みやすい行動は、すぐに対策を取られてしまうと先輩は言う。
確かに、わたしの先手はカンタンに受け流されてしまったけど……
「だからって、もし失敗したら」
地面に激突して、落下負けだ。
そこまでのリスクを背負うべき行動だとは、思えない。
「でも、成功したらカッコいいでしょ?」
わたしの疑問に、先輩は平然とそう答えた。
「そういうのが、わたしの好きなフェザーデュエルなんだよね、っと!」
言いながら、指先を集中させる先輩。
スピンスピアの構えだ。じゃあこっちは爪でカウンターを狙って……
「ゴー、フリージアっ!」
『ピピッ!』
「チコっ! 爪をっ!」
『ピュイッ!』
「って、来るのが分かるじゃ~んっ?」
わたしが指示した瞬間に、先輩は手を開き、親指と小指を大きく広げた。
スピンするフリージアの身体は、瞬間大きく右に逸れる。
カウンターを狙っていたチコは、狙う相手が目の前からいなくなり混乱した。
わたしも、咄嗟にどう対応すべきか分からない。
「マズい、がら空きだっ……!」
「って言っても、こっちもすぐには攻撃出来ないんだけどねぇ」
「ええっ!?」
回転の勢いが残っているらしく、そのままフリージアはチコから離れていく。
その間に、わたしはチコの体勢を整えなおす。……これも、やっぱり。
「無駄では!?」
「うーん、もうちょい改善は必要っぽいね?」
『ピュピュイピュイッ!』
「ごめ~ん。次はもっとうまくやるから!」
あはは、と笑いながら先輩はフリージアに謝った。
もしかして、怒られてた?
「でも無駄じゃないよ。次に何をしてくるかわからないって、コワいじゃん?」
「それは……」
確かにそうだ。
わたしが前に白城先輩と戦えたのも、アカリが事前にアマナの動きの癖を教えてくれていたからで、それが無ければ早々に負けていただろうし。
「気を付けてください、蒼崎さん。飾利さんはペースを握るのが得意なので」
「うわ、部長もツバサちゃん側だ! 部長は全然流れ掴ませてくれないですよねぇ!?」
「動きに無駄が多すぎますので、流石に」
「部長にも無駄って言われたぁっ!」
叫びながらも、先輩の口元は楽し気に笑っている。
先輩との戦いは、白城部長との勝負とは、何もかもが違うような感覚だ。
「本気じゃないように、見えますよね」
わたしの戸惑いを察したのか、ため息混じりに部長は言う。
はい、とうなづくと、「ええ~」と飾利先輩は不満げだ。
「私は私で本気だよ。本気で、綺麗に戦おうとしてる」
「なんでそんなに、綺麗にってこだわるんですか?」
「言ったよねぇ。私、元々フェザーデュエルには興味なかった、って」
手先を水平に戻しながら、先輩は語る。
「そこにいるだけで可愛くて、綺麗で。でもそれじゃあフリージアには物足りなかった」
ある時、飾利先輩が塗料を買いに出かけると、普段は大人しいフリージアが妙に騒いだことがあったのだ、という。
不思議に思った先輩は、フリージアが行きたがる方へと歩いてみることにした。
「フリージアに連れられて、着いたのはビルの屋上でさ」
そこでは、フェザーデュエルの交流試合が行われていたのだという。
デュエルに興味の無い先輩は帰ろうとしたけれど、フリージアはその決闘を見たがった。
仕方なく一緒に見ることにした先輩は、そこで初めて、本気で戦うブルームフェザーの姿を実際に目撃したのだという。
「その頃はまだフェザー発売したてでさ。フェザーデュエルも、ただの体のぶつけ合いみたいな単純な試合が多くて。でも、その時に見たのは違った」
攻撃のために組み立てられた飛行。
それに対抗するプレイヤーの判断と、常に限界を要求されるブルームフェザーの制動。
「すごく……綺麗で、カッコいいと思ったんだよねぇ」
小鳥を模した可愛らしさ、だけじゃなく。
己の強さを証明する、野生動物の強さ、だけじゃなく。
それらを操る、持ち主の呼吸と操作。
「そこにいるだけ、以上のものがそこにはあった」
だからね、と先輩は手を横に向け、ぶわり。
己の身体ごと、大きく一回転させる。
フリージアはそれに合わせ、大きく弧を描くように旋回を始める。
「最っ高にカッコいい、私たちのダンスを探したくなったんだ」
チコから一定の距離を保ったフリージアの挙動は、パッと見ただけじゃ目的が分からない。背後を取るには遠すぎるし、高度を取ろうとする動きでもないから。
でも、だからこそわたしはチコを動かせない。
うかつに攻めに入れば、また何かを仕掛けられるんじゃないのか?
ためらっている間に、タンっ! 先輩は強く地面を蹴りながら、一歩踏み込みつつ手を前へと突き出した。
直進。こちらを向いたフリージアが、最高速度で迫ってくる。
(っ、カウンター……いや……)
さっきはそれで、カウンターを透かされた。
もう少し前に攻め込むべきじゃないのか? わたしは思って、深呼吸。
「……突っ込んで、チコ!」
すぱりと指を前に突き付けて、チコに突撃を指示した。
『ピュイイ!』
チコは答えるように声を張り上げ、ばさりと翼を振るって速度を上げた。
(スピアは最初、受け流された。カウンターじゃ避けられるかも。なら……)
小指と親指を立て、翼を大きく広げさせた。
すれ違い際。やられた分をやり返そう。
「チコ、スピン――」
口にして、手のひらを回そうと思った刹那、そうじゃないと脳が叫ぶ。
(白城部長はなんて言ってた!? 先輩はペースを握るのが得意、だよね!?)
カウンターを恐れることも。だからこそ、当たり面積の多いスピンウィングで対抗しようとすることも。先輩が既に読んでいたとしたら?
いやむしろ、わたし、飾利先輩に誘導させられてない!?
「ごめんチコ、下がって!」
手を引いた。ぶわり、チコは急激に体を起こして、無理やり斜め後ろに飛び下がる。
そしてその動きは、フリージアと全く一緒だった。
「あー、バレちゃった」
「やっ……ぱり!」
カウンターは無駄だと思わせて、わたしに攻めさせに来ていた!
そして自分は後ろに飛んで避けることで、簡単に追撃できるように狙ってたんだ。
「もう、その手は食いませんからねっ!」
飾利先輩が曲芸飛行で流れを掴もうとするのなら。
掴まれる前に、叩く!
「あいにくこれで互角の状況! 行って、チコ!」
『ピュイィィ!』
「出たとこ勝負ってやつ? フリージア!」
『ピュイピュゥゥ!』
飾利先輩の手が、開いた。
ウィング系操作。攻撃範囲を広くして、確実に打つつもりだ。
だったら、こっちは……
「チコ、爪ぇッ!」
『ピュッ……!!』
ぐわりと指を曲げて、手首を逸らす。
フリージアに両足を向けたチコは、回転しながら迫る翼を、その両足でがしりと掴んだ。
「げっ……!」
「そのまま掴んで、落下だっ!」
ふわっ。チコは羽ばたきを止め、フリージアを掴んだまま地面へと真っ逆さま。
フリージアはもがくけれど、翼を抑えられては動けない。
「待った待った、逃げてフリージア!」
先輩が叫ぶと、フリージアはめちゃくちゃに暴れ出す。
チコの脚じゃ、地面まで掴み続けてるのは、多分無理だ。
「だったら……蹴り込め、チコ!」
がつんっ! チコはフリージアの拘束を解いて、そのまま翼に蹴りを入れる。
「んんんっ! 堪えて、フリージア!」
地面まで、五十センチ。
けれどギリギリのところでフリージアは立て直し、ぎゅいんと空へ復帰。
「あっ……ぶなかったぁぁぁ!」
「って、なると思ってたんですよ!」
相手は曲芸飛行が得意なフリージアでしょ。
ギリギリまで落としたって、復帰されるかもなんて読んでたよ。
そうなった時の位置も、大体予想通りだから……
「――スピンスピア・フォール!」
そこに、攻撃を落とす!
螺旋回転するチコのクチバシが、飛び上がったばかりにフリージアの背中に直撃、した。
『ピュッ……』
フリージアは小さく叫び声を上げて、再び落下。
一拍置いて、かしゃんという音が屋上に響く。
「……う、ぉぉ……」
思わずうめきながら、わたしはハッとしてミネルヴァの翼を見る。
『ホゥー、ホゥー』
翼は、チコを指し示していた。
「ぐわー、負けたぁぁっ!」
瞬間、悲鳴を上げたのは飾利先輩だった。
彼女は倒れたフリージアに駆け寄って、その体を拾い上げる。
『ピュピュイ……!』
「ん……ごめんねフリージア、負けちゃった」
『ピュゥゥ……』
「はいはい。次は頑張るから、もっと練習しようねぇ」
『ピュッ!』
フリージアに優しく声を掛ける彼女を、わたしは少しの間、呆然として見つめていた。
「……ん? どしたの?」
「いや。今更ですけど、先輩ってフリージアの言ってること、よくわかるんですね」
「うーん、まぁ感覚で。違うかもしんないけど」
ね、とフリージアに言う彼女だが、フリージアはもういつものクールさを取り戻していた。特に何も言わずに彼女の肩に乗るフリージアに、飾利先輩はフッと微笑む。
(いいなぁ)
飾利先輩とフリージアは、とても仲がよく見えた。
わたしも、チコとあんな風に仲良くできるだろうか。
『ピィッ!』
「ん。チコ、お疲れ様」
『ピィィ!』
勝負に勝ったチコは、一鳴きして屋上の空を飛び回る。
嬉しい、のかな。多分。考えるけど、自信がない。
「ねぇ、チコ」
『ピッ?』
「チコは、フェザーデュエル好き?」
ブルームフェザーにも個性がある、と聞いた。
フリージアは気まぐれで、綺麗好きで、負けず嫌いだって。
チコはどうだろう。戦うの、好きなのかな。
『ピィィッ!』
(あっ)
元気よく返ってきた答えに、わたしは突然思い至る。
「……そっか、好きか」
なんとなく、感覚で。
わたしはその瞬間だけ、チコと気持ちが通じ合えた気がした。
「どうですか、蒼崎さん」
空を見上げるわたしに、白城部長が声を掛ける。
「ブルームフェザーの魅力、色々と感じていただけたでしょうか」
「……ええと、その」
言われて、気が付いた。
きっと今日の戦いは、部長がわたしに教えたかったことなんだろうな、と。
ブルームフェザーもその持ち主も、いろいろな考え方や目指すものがあって。
「わたし自身がどうすべきか、は、まだよくわからないんですけど」
飾利先輩みたいなこだわりは、わたしにはないし。
アカリみたいな知識や熱意も、わたしにはないし。
「チコもわたしも、戦うのは好きです」
フェザーデュエルには、ワクワクする。
「なら、これから一緒に強くなりましょう」
わたしの答えに、部長は柔らかく微笑んだ。
【続く】