ピザカッターの右腕《VSおたま男.2》
「おいどうした!?怖くて家に帰りたいか!?」
おたま男が声を張り上げる。
夜の林に、ヤツの汚い罵声はよく響く。
ずしゃ!
時折背後から土塊が飛んできて、木々にヒビを入れていく。
ヤツのおたまで掬い取った土だ。迂闊に前に出れば距離を詰める間も無くやられる。
「逃げたって救いはねぇぞォ、玉無し野郎!」
随分吠えるな。
だがヤツの言っていることも事実だ。
さっき体勢を崩され、振り下ろされたおたまをピザカッターで受けた。
衝撃は回転で弱められたが、ダメージは接合部の肩に溜まっている。
今は、林で逃げ回るほか手がないが……捉まるのも時間の問題だ。
「お前は、味噌やスープもそうやって投げるのか?」
「それが調理に必要ならな!」
「何が調理だ。おまえのようなコックには茶漬けも作れまい」
「負け惜しみを!事実キサマはおれの工程通り料理されているのだ!」
工程。土のあるこの地形も、ヤツが狙ったと言うのか?
思っていたより、ヤツは狡猾なのか。それとも……
「……力を、誰に誇示している?」
「誰にだと?決まっている。我が救い主のため、おれはこの腕の力を全て活かすと決めたのだ!」
やはり、あの医者に心酔している。
自分がおたまの能力をフルに発揮する事があのイカレた男への恩返しだとでも思っているのだろう。
ならばおとなしくけんちん汁でも作っていればいいものを。
「さぁ、いい加減諦めて出てこい!土砂を喰らわせてやる!」
「いいや、キサマの杜撰な調理にはもう飽きた」
「なにを!」
「戦場の理を調える……地の利を得ることを調理と呼ぶなら、この場所こそ俺の調理場だ」
俺はおたま男の前に出て、地面を蹴る。
当然ヤツはその場から土塊を投げ出してくるが、その間隔には一定の時間がある。
木々を盾にしながら、俺はヤツの周囲を駆け回った。
「なんだ、散々ほざいて手も足も出ないではないか!」
「いいや、手も足も出なくなるのはお前だ。きこえないのか?」
みし、みし、みしみしみしみし……!!
数本の木々が音を立て、おたま男へと倒れて行く。
「俺が木の根元を切った。そら、潰れるぞ」
「なんだこの程度……はっ!?」
「気付いたな。そうだ、そこでは動けまい」
おたま男の周囲の地面は、ヤツの弾丸となるため抉られていた。
数秒逃げるのが遅れる程度には、足場が悪い。
「バカな……バカなぁぁぁっ!!!」
「足元を掬ったのは、キサマの方だったな」
ばぎゃぁぁぁんッッ!!
倒れ込んだ木々がおたま男を襲う。
……もはやヤツはマトモに動けないだろう。
だが俺の胸に勝利の喜びは無く、ただ手掛かりを一つ失った焦りだけが支配していた。
【続く】
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