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【キー1】窓

人生ではじめての会社員になったこの4月。僕の最初の一週間のキーアイテムは、「窓」だった。

電車の窓

2023年4月3日(月)の朝は僕にとって入社式の朝だった。

通勤ラッシュの満員電車に、久々にのった。

授業がみっちりあった大学一年生のときは満員電車にのったものだった。しかしその後二、三年生のときはコロナ禍で自宅からのオンライン受講がメーンだったし、再びキャンパスに足を運べるようになった四年生のときには、既に授業をほとんど取り終えていた。(少なくとも、わざわざ通勤ラッシュに電車に乗る必要性はなくなっていた)

つい先日まで怠惰な生活をおくる大学生であった僕にとって、久々の早起きと不慣れで歩きにくい革靴は、満員電車で僕を人の波に揉まれる流木たらしめるに十分であった。

均等に配置された吊革の下に速やかに収まる先達に遅れた僕は、次々にのる人々に押され押され、向かいのドア際まで流れ着いた。

後ろからサラリーマンの鞄と思われる感触が、僕の肩から背中あたりを押しつけた。網棚に載せようと鞄をあげたものの、あまりに混雑した車内ではそれも叶わず、中途半端な位置でホールドされた鞄が前にいた僕の背中に収まったのだろう。

鞄にぐっと押された僕は、ドアの窓に頬を貼り付けるようにした。

電車の窓の外から見えたビルに、春の薄雲のフィルターを通した太陽光が反射して、僕は目を細めた。門出にふさわしい清々しい光景とはいかなかったが、なんだか僕はその日光をこの先も忘れられない気がするし、忘れたくないと思った。

この一連の体験は、満員電車が窓へと僕を追いやり、そして後ろの鞄が「外を見ろ」と僕の頭を掴んで窓に向けさせたようだった。

僕の4月は、「窓」にはじまった。

電車から吐き出されるなり、僕はこの体験をメモした。

タイトルの窓

翌日の話。

電車では窓の外を見るとして昼休みには本を読もうと、早起きして部屋の本棚に今日の1冊を探した。

そこで、ちょうど僕の目線の高さですこし傾いていたから目立って思わず手に取ったらこの本だった。

初版発行:2019年7月

こんな本、いつの間に買ったのかも思い出せない。ただ、これまで読んだことないという事実だけは思い出せたので、鞄にいれた。

奇遇にもタイトルに「窓」があった。昨朝、僕がのった列車の人々や鞄をあててきたサラリーマンからのメッセージのように都合よく感じた。

昨朝の「窓体験」との運命を感じて、もったいなくて中々読み進めることができず、今日現在もまだ最初の章しか読めていない。

「好みの石鹸を買うために小走りに店へ向かう美人は、小説のなかの点景になる」

p.30

パラパラめくると会話の連続で構成される小説のようだということがわかる。既読のパートにでたこの一文をどういうわけか僕はとりわけ美しく感じて、メモしてしまった。

こういうメモが、僕に外の世界を覗かせる窓の役割を果たしてくれるはず。

その他の窓

・木曜日の午後、会社の友人が「働くなら窓のあるところがいいな」とこぼしていた。前日皆でいたところには大きな窓があって、そこから芝生の公園や東京タワーが見えたのと対照的に、木曜日は窓から離れたオフィスの中心部に缶詰だったから漏れたのだと思う。僕は「そうだね」と思ったので「そうだね」と返した。窓は大きければ大きいほどいいと思っている。

・土曜日の夕方、久しぶりにChaos On Parade『車窓から』を棚から取り出して聴いた。

そう俺はきみの友達

・窓をテーマにした短歌を探して本棚を漁ったら複数見つけた。中でもこの作品を特に気に入った。

窓のそと出会い別れるひとびとのパントマイムをずっと見ている
(清信かんな)

穂村弘『短歌ください 君の抜け殻篇』

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