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でっかいでっかい野朗

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北九州、若松。洞海湾を望む高台にある墓地に、ともちゃんと住職がピンキーとキラーズの「恋の季節」を歌いながら登って行くと、そこに穴が掘ってあって、そこから地下足袋を履いた足が突き出ている。

「誰じゃい!おまえは!」

するとそれは頭がボブ・ディランのように爆発し、ニッカポッカを履いて、ハンテンを着た、This is 労務者というなりをした松吉こと渥美清であった。
松吉は俺は〝熊殺しの松〟と二つ名を取った、そのスジでは知られた男だとわめき出し、住職が止めるのも聞かず、自分の親父の灰になった遺骨をぶちまける、というアナーキーな行為に及んだ。

そのまま病院で事務をしているともちゃんのあとを付いていき、病院に乱入すると、医療用アルコールをがぶ飲みし、蛇口から水を吸収すると、
「水割りじゃい!」
と威勢良く言った。

ここの病院の院長が長門裕之。長門は地域のケースワーカーもしているので、そのまま松吉を家で面倒見ることにした。
その妻が岩下志麻で、女好きというか、惚れやすいタイプの松吉は次第に岩下志麻に惹かれてゆく。

長門との酒宴の場で松吉のバックストーリーが語られてゆく。
三池炭坑では鬼殺しの松と異名を取り、常磐、夕張など全国の炭坑を渡り歩いてきたが、そのヤマも閉抗となり、生まれ故郷の若松に帰ってきたと。
監督はやはり『白昼堂々』の野村芳太郎。あの作品も大きなモチーフとして炭坑離職者があったが、なぜこうも野村芳太郎は炭坑離職者に強いこだわりを見せるのか?
俺が子どもだったころ、ふたつ離れた町内に炭坑離職者専用の公営アパートがあった。行き場を失った炭坑離職者が社会問題になっていた時代だったのだろうか?

ちなみにこの時期の渥美清の「男はつらいよ」以外の主演作における役どころを見てみると面白い。
『喜劇 爬虫類』、ストリップショーのプロモーター。『スクラップ集団』、スクラップ業者。『喜劇 女は度胸』、トラック運転手。『喜劇 男は愛嬌』、マグロ船漁師など。
また脇役ではあるが東映にては『散歩する霊柩車』で、不気味な霊柩車運転手として登場する。

フウテンの寅と比べると、より底辺にいるというか、リアリティーがある。ドカチン、労務者度が濃厚である。
さらに言えば寅さんが葛飾柴又という帰るべき故郷があるのに対し、他の人物たちにはすでに故郷がない。

そんな松吉。根が自由人なので、病院からふいっといなくなり、洞海湾のゴミさらい船に乗り、そのさらってきたゴミでバラックを建てて暮らし始めた。そのゴミ仲間に坊屋三郎がいるのも嬉しい。

ボブ・ディランは名曲、「Like a Rolling Stone」にて、
「どんな気分だい どんな気分だい 転がる石みたいだってことは」
と問うたが、松吉は転がる石のような自身の運命をまったく意に介さず、けっこうエンジョイしていた。

そんなゴミさらい船に、伴順三郎が指揮を執るサンパン船という湾に大型船を係留する為のウンコ船がとっこんできて、松吉は海に投げ出されるが、引き揚げられてみると、ズボンの中にふぐが入っていて、さっそくバラックでふぐパーティーとなったのだが、当然毒にあたり、病院に担ぎ込まれたのだが、院内で花札賭博を開帳し、追放に。

しかし病院のボイラーマン、佐藤蛾次朗は裏でポン引きをしていて、港にやってくる外国人船員に声をかけ、院内にてことに及ぶという違法行為をしていた。そのパンパンが香山美子。

この香山美子が出色のできである。
香山美子と言えばどちらかというと、清純派のイメージがあったので、このパンパンの役に驚いたし、またケバい化粧に衣装が妖艶に決まっている。それでいてコメディエンヌ。

松竹の女優というと、岡田茉莉子や岩下志麻、倍賞姉妹、加賀まりこなどが有名だが、香山美子については過小評価されているのではないのか?

とそんな夜の院内にて、蛾次さんは、
「Yes She is Nightingale!」
とかでたらめなこと言って、外国人船員は大ハッスルしたのだが、いつのまにか香山美子とゴリラみたいな婦長を取り違え、院内は大騒ぎに、そこへねぐらを失い病室でこっそり寝ていた松吉が現れ、船員をのしたのだが、実はその船員は密輸犯であったことが分り、松吉は財津一郎記者の新聞でも紹介され、一躍「現代の無法松」として脚光を浴びることとなった。

無法松とは、戦前やはり北九州で活躍し、何度も映画化された『無法松の一生』の主人公で、同名の村田英雄先生のヒット曲でも有名である。

時の人となった松吉は、再び病院のボイラーマン兼車夫として住み込みを始めるが、船員をのした時から香山美子は松吉に惚れてしまい、夜な夜なボイラー室にパンパン仲間と詰めかけては、ドンチャン騒ぎを繰り広げ、ピンキーとキラーズの「恋の季節」を熱唱するのであった。

この作品、とにかく「恋の季節」が劇中にて、繰り返し、繰り返し歌われる。それほど大ヒットしていたのだと思うが、俺には横須賀という土地柄、アメリカ人の親戚がいて、その叔父さんは、この曲がヒットしていたとき日本にいたらしく、俺が学生時代に再来日した時、
「What is Pinky & The Killers?」
と聞かれた時は、答えに窮した。しかし、そのキラーズのドラマー、パンチョ鏡のドラムがジョン・ボーナムのような重戦車級であることは記しておこう。

松吉は洞海湾の頑固爺として有名な伴淳から教えを乞い、無法松太鼓大会への出場を目指すが、岩下志麻が自分を思ってないということが分ると、
「やめた。やめた。無法松なんてバカらしくて、やってらんねえや」と遁走を決め込み、期待していた関係者を慌てさせた。

その代わり松吉が目をつけたのが、あの事務で働いていたともちゃんだった。このともちゃんの爺さんが実は伴淳で、これも強烈なキャラ。
いつも醤油を煮詰めたような服を着ていて、定年がとっくに過ぎているのにサンパン船労働者として頑張っている。

孫であるともちゃんを松吉が狙っているということが分った時から、伴淳と松吉のつばぜり合いが始まるのだが、実際浅草出身の喜劇人の先輩後輩に当たる二人。
伴淳は渥美清の出現に、ここらでこいつを潰しておかなくてはと思ったのか?それとも伴淳とて、渥美清の天才性を認めずにはおかなかったのか?

ふたりの丁々発止を見ることができるだけでも幸せ。

ともかく松吉がともちゃんのあとを付けていくと、あるキャバレーの裏口から入店してゆく。
「へえ。ともちゃんがこんなところで働いているとはねー」
すっかりキャバ嬢になっているともちゃん。
「おじいちゃんや病院の人たちには内緒にしておいてね。きょうはわたしのおごりでいいから」
「分ってるよ。こんな高い店、普段は敷居を跨げねえや」

だがその夜、松吉はともちゃんとキャバレーのバンドボーイがキスしている瞬間を目撃してしまった。
頭の中が真っ白になり、そのままともちゃんを付けた松吉は彼女を力ずくでなんとかさせようとする。
「俺にも、俺にもキスさせろよっ!」
「やだっ!やめて松吉さん!」
ともちゃんにビンタをされた松吉は、またもや遁走を決め込んだ。

シーン替わってローズこと香山美子の部屋。
「うおーっ!ローズ!おりゃもうだめだよーっ!」
泣き濡れる松吉こと渥美清。こういう時の男の情けなさ、それを俺も40を超えてから分ってきたが、その男の情けなさを包み込んでやる香山美子。
しかし松吉はその香山美子の肉体は貪らない。俺だったら香山美子級のパンパンだったら土下座してでもお願いしたいところだが、そうしないところが、やはり松竹なのだろうか?

一方、サンパン船会社社長は、はっきり言って老害なだけの伴淳をなんとかクビにしようとしていた。
酒に酔った勢いで社長・權太郎宅に殴り込みをかけることになった伴淳と松吉。伴淳は角材を持ち、松吉はバス停場の標識を肩に担ぎ、鍋をヘルメットのように被っている。
「おい。松吉、おめえ裏に回れ」
それでなくてもアナーキーな松吉が、ともちゃんの一件もあり、むしゃくしゃしていて、やる気まんまんになっている。
「爺さん。なんかあったら大声だせよな。俺が間髪入れず乗り込むからよ」

玄関先で気勢を上げる伴淳。
「てめえ!權太郎!俺をクビにしようたってそうはいかねえぞ!」
俺だったら、あんな者に乗り込まれたら速攻で110番に通報するが、そこが權太郎のうまいところで、サントリーウイスキーをグビグビ飲ませ、退職金200万円ということで納得させた。

次の日。ともちゃんと恋人のトランぺッターが現れ、結婚させて欲しいと伴淳に願い出たが、伴淳は便所に篭城し頑として聞く耳を持たない。
「おじいちゃんの頑固者!じゃあいいわよ!ふたりして大阪で暮らす為に、この200万円のうち100万は結婚祝いとしてもらっていくわ!」
「そうさせてもらいます」

血相を変えて便所から飛び出してくる伴淳。そして間髪入れず、トランぺッターのケツに連続蹴りを入れる。
「てめえ!このラッパ!てめえみてえな男にともよくれてやるために俺はサンパン船で働いてきた訳じゃねえんだ!帰れ!ふたりとも帰れ!」

この伴淳が住んでいるバラックがやはり素晴らしい。洞海湾にへばりつくようにして建っていて、さらに屋根が高架下とくっついていて、その上を汽車が走っている。
本当に松竹の美術さんが再現するバラックは「美術」級である。

その夜、何者かが伴淳宅に侵入し100万をかっきり盗んでいった。

泥酔し郵便ポストと格闘する松吉。夜の盛り場で遠巻きに人々は、その姿を見て笑っている。
そこにローズが現れ、いよいよふたりはキスをするのかと思ったら松吉が言う。
「ともちゃん。幸せに暮らせよな」
ローズにビンタされる松吉でラストカット。

野村芳太郎監督、渥美清コンビの代表作とされる『拝啓天皇陛下様』も見てみたいと思わせる秀作であった。

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