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玄海遊侠伝 やぶれかぶれ


某日。シネマヴェーラの「マキノ雅弘特集」における『玄海遊侠伝 破れかぶれ』(70年)を見てきた。

主演は勝新で、マキノ雅弘監督が勝新をどう料理するのかという点を注目して見ていたのだが、70年における勝新はまだそれほどぶっ飛んでいなくて、マキノ雅弘が描き出すこてこての様式美のなかにうまくはまっていた。

ファーストシーンの舞台は朝鮮半島釜山。半島南側を日本が狙い、北側をロシアが狙うという日露戦争開戦前の緊迫した状況下、日本の憲兵は朝鮮の人たちを奴隷のごとくこき使っていた。その中にはなぜか日本人である勝新と、男の突撃列車・松方弘樹の姿が。

その夜、暴動が勃発。米蔵を襲撃する朝鮮の人たち。そこめがけ憲兵は発砲。が、朝鮮の人たちを助太刀する勝新と松方。

半島から強制送還された勝新はもともと、北九州の若松という町で料亭を経営する京マチ子の弟だった。ふらりと町に戻ってきた勝新に、町の労働者、ごんぞう衆は、

「大将が帰ってきた!若が帰ってきた!」

と喜ぶが、京マチ子は勝手気ままに暮らしてきた勝新に、家の敷居をまたぐことを許さない。

行き場を失った勝新は、ごんぞう衆のリーダー格である津川雅彦に押されて、ごんぞう衆を束ねてゆくことになる。

物語の主軸は、この勝新が率いるごんぞう衆と、そのごんぞう衆を配下に入れて、安い労働力としてこき使いたい大田黒一家の抗争なのであるが、このごんぞう衆という労働者の実体がいまいち分らない。港湾労働者なのか、それとも炭坑労働者なのか、その労働の模様をもう少し描いていれば、さらに分かり易い映画になっていたと思う。

たき火を囲んで、ごんぞう衆たちと勝新が「アリラン」を歌うシーンは秀逸。

勝新演じる磯吉は男気と腕っ節の強さで、若松の町でも名の通った男に成長してゆく。それがまた大田黒一家としては目障りなのであった。

この大田黒一家の組長は、東映でもよく出てくる顔、山本轔一。若頭が東宝の岸田森。この人が出てくると、単なる押しの強いやくざというよりも、インテリヤクザな感じを受けて現に勝新に陰謀の数々を仕掛けてくるのは、山本轔一よりも岸田森なのであった。

そんな弟磯吉を、姉京マチ子は心配しつつも許せないという微妙な立ち位置にいる。

それは運命の出会いであったろうか?芸者の安田道代と勝新は出会い、互いに惹かれて二年後に結婚しようと夜の波止場で約束する。

このシーンを見ていても思ったのだが、やはりマキノ雅弘監督は、女優を美しく撮ることにかけては天才的だ。この作品でも安田道代の女としての色気が溢れている。だがその色気と言うのは、ただ単に露出度が大きいとか、エロスを感じさせるというものではなく、もっと女の艶みたいなものを捉えているという表現が的確なのかもしれない。

これはただ単に、被写体を前にカメラを回してもできることではないと思う。例えば身のこなし、所作、歩き方、視線の配り方、そういった細かな点まで演出が行き届いているということではないか。そういったところに活動屋・マキノ雅弘の映画術を見る思いがするし、ひるがえると現在、そういった時代劇から続く、職人的な演出方法を使える監督がほぼいないという状況に寂しさも感じる。

この作品の勝新のキャラは、気っぷがよくて男気はあるが、ただ単純に暴力、腕力にもの言わせて、敵対する相手をねじ伏せるというタイプでもなくて、

「この若松はごんぞう衆の町ですたい。博打打ちの出る幕じゃなか!」

と岸田森が仕掛けてくる難題の数々に対して筋を通してゆく男である。が故に、

「大将はよか男ばい。一本筋がとおっちょる!」

とごんぞう衆、ならびに町の衆から増々支持を集めるのだった。それが増々大田黒組に、なんとしても勝新を潰さなくてはという危機感を集めるのだった。

弟のことを心配していた京マチ子だったが、胃病になり、危篤状態に。その病床で京マチ子は勝新と安田道代が固い契りを結んでいるということは露程も知らず、料亭の女中をしていた南美川洋子は、堅気ないい娘だから結婚してやれ、という遺言を残して逝ってしまう。

安田道代との約束。京マチ子の遺言。その狭間で苦悩する勝新であったが、姉の遺言に背くことはできないと、南美川洋子との結婚に踏み切る。南美川洋子は、

「私は大将の奥さんになれるような、そんな女ではありません」

と固辞するのであったが、そこは男勝新こうと決めたらその道を進むのであった。

南美川洋子は当時、大映の売り出し中の女優で、大映がその末期的様相を呈していた69年から70年くらいに作られたハレンチ路線な作品ではよく見ていたが、このようなオーソドックスなスタイルの作品で見るのは初めてであった。

この作品の見どころの一つには、勝新、京マチ子、安田道代、南美川洋子などの大映キャスト陣が揃っていることは揃っているが、そこに岸田森や松方さん、山本轔一など東宝や東映で活躍中だったキャストも加わっている点にある。

脚本も東映を代表する脚本家、笠原和夫によるものだし、全体的に大映のキャストで作った東映任侠映画という感じがする。

大映にしても日活にしてもそうなのだが、この時期経営が末期的な状況に陥っていた会社は急速に、割と集客率が見込めると思われた任侠映画に舵を切っていった。その言わば急場凌ぎの為に呼ばれたのがマキノ雅弘監督だったのだろうか?

しかしそんな状況下にあっても、まったく質的劣化を見せないという面にマキノ雅弘の才能を感じる。

そんな中、大田黒組は勝新を殺るための刺客を放つ。夜道、勝新と津川雅彦が歩いていると、いきなりドスで切り掛かってきたヤツがいた。

それはかつて釜山にて兄弟の契りを結んだ松方さんだった。だが松方さんは勝新を殺る前に、血反吐を吐いて倒れ込むのだった。

「あ、兄貴・・・。斬るなり焼くなり好きにしてくれ」

松方さんは肺病病みだったのだ。なにも言わず松方さんを許してやり、病院に入院させる勝新。

俺の中では男の突撃列車・松方弘樹がスクリーンに登場すると、一気に作品のボルテージが上がるのではないかという期待がいつもあるのだが、突撃列車がそのレールの上を爆走するには、東映実録路線という世界の映画史上最強の路線の開業を待たなくてはならなかった。

大田黒組は東京の大物政治家を仲介人に立てるという条件を出してくる。この仲介人の政治家がまたもや東映で大活躍していた悪役・天津敏で、そのことによってより東映度が倍増したことは否めない現実であった。

「どうだね。磯吉君。半島情勢も増々緊迫しているこの情勢下に、天下国家、大局的な観点に立って、君もお国のことを思えば、国の根幹を成している製鉄所の火は絶やすことができんのだよ。ごんぞう衆は製鉄所に隷属している労働者だ。君のものではないのだよ」

「わしはなんも私利私欲のためにごんぞう衆を束ねている訳ではなか。ごんぞう衆の生活を守るため、町の衆の暮らしを支えるために働いているだけじゃ。わしは頭が悪いよってに、天下国家だとかお国のためとかいうことはよく分らせんのじゃ。お国のため、お国のため言うが、それじゃあごんぞう衆一人ひとりの生活は誰が補償してくれるんじゃ」

と少々アナーキーな発言をする勝新。

「なに?君はお国の方針に逆らおうと言うのか!」

だが結局、大物政治家・天津敏は大田黒組とつるんでいるだけのことであって、その力を使ってごんぞう衆が仕事場に入る時に、通行金を徴収するというあくどい方法を巡らせるのであった。

それをただ黙って見ているしかない勝新、津川雅彦は大田黒組に敗北したのか?

一方、あの約束を交わした夜から二年。同じ波止場で勝新と安田道代は再会したのだった。

「あなた素敵な奥さんをもらったって聞いたわ」

「これには訳があるんじゃ。訳が・・・」

「どんな理由があろうと、あなたを慕って恋いこがれてきた私の二年は帰ってこないわ」

安田道代は勝新が結婚したと風の噂に聞き、天津敏の女になっていたのだった。結ばれなかった二人の悲しい定め。まるで浪花節を聞いているような筋書きだが、このような物語の〝アヤ〟を描き出すことに関しては、マキノ雅弘監督は天才的ではないかと思う。

ついにドスを握ることを決意した勝新。それに津川雅彦も続く。最後に参戦の意を表明したのは、病院から抜け出してきた松方さんだった。

始まる殴り込み。こんな九州の片田舎に来て殺されてなるものかと、天津敏は逃げ惑うが、勝新に斬り殺される。血まみれで死んでゆく大田黒組組長の山本轔一、並びに若頭の岸田森。

すべてが終わった。そう思った時、銃声が鳴り響く。それは安田道代が自分自身で自分の体を打ち抜いた音だった。勝新に抱きかかえられる安田道代。

「私ってバカな女でしょ。でもあなたのこと命を賭けて惚れ抜いていたのよ・・・」

自分の運命を悟った彼女は、自ら命を絶つことを選んだのであった。安田道代にかける言葉もなく、ただ抱きかかえるしかない勝新というところでエンド。

任侠映画の中にも悲恋など多様な要素を盛り込んだ秀作であった。


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