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わたしが見た建設業 「土木世論の研究者が『エゴサ』で見た感謝のつぶやき」

京都大学大学院 工学研究科 都市社会工学専攻 助教
 田中 皓介

 「エコーチェンバー」という言葉をご存じだろうか。SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)では、自分の好きなアカウントや情報源を
フォローすることで、自分と似たような意見ばかりに囲まれた閉鎖的な空間が形成され、それが世の中の意見だと勘違いしてしまうことがある。こ
うした状況は、閉じた部屋で音が反響し増幅していく様子にたとえられ、エコーチェンバーと呼ばれている。
 テレビや新聞などの一方的な情報伝達を行うマスメディアが情報源として支配的な時代から、近年では、インターネットで自由に、能動的に情報が得られる時代になり、自分の好みの情報源だけを参照し、都合のいい情報だけに囲まれた環境を容易に作ることができるようになった。私たちはある程度は意図的に好みの情報を収集することでこうした状況を形成している側面もあるが、SNS等のリコメンドや検索のアルゴリズムにより、興味を引くような記事が過去の閲覧状況等のデータにより個人個人でカスタマイズされているため、気が付かないうちに偏った情報に囲まれていることも少なくない。
 政治的言説はもちろんのこと、最近ではCOVID-19を巡る言説においてもエコーチェンバーは生じており、それぞれの偏った空間で意見が形成、増幅され、人々の対立が深まってしまうことが懸念される。一般的には、こうしたエコーチェンバーは望ましくない状況として論じられることが多く、多様な情報に触れられる情報環境をいかに作り出し、相互の立場の違いを理解していくことが求められている。
 だが、ここではあえて、エコーチェンバーに陥ることを推奨したい。
          *  *
 過去の建設業を巡る状況を振り返れば、2000年ごろに公共事業予算はピークであったが、同時に、土木に対するバッシング世論もまたピークであり、2000年代には大幅に予算も削減され続けてきた。2011年の東日本大震災ごろから、予算は下げ止まるとともに、土木バッシングも沈静化してきた(筆者はこうした土木を巡る世論の研究を行なってきた)。そして昨今では、深刻な人手不足に悩まされるようになっている。
 こうした経緯から、近年では建設業界でも過去に根付いた悪印象を払拭するために、大手企業がゴールデンタイムにTV広告を放映するなど、広報を重視する傾向がある。もちろん、世間からの理解や支持、さらには尊敬が得られれば、建設業で働く人々のやりがいにもつながり、より多くの人々に建設業の大事さを理解してもらいたいとは思う。とはいえ、建設業はあって当たり前のインフラを支えるものであり、日頃の生活の中で人々が関心を向けることも稀であるのが実情である。
 そこで、世間の人々に理解されるのと同様に、自分たち自身が、自尊心を持って働けることもまた大事であろう。そこで使えるのが、エゴサーチ(略してエゴサ)と呼ばれる自分自身の評価を検索し確認する行為である。筆者は研究の一環として、Twitter(現X)による「エゴサ」により、建設業に都合のいい投稿の収集を試みた。
 建設業の社会への貢献は多岐に渡るが、インフラはその当たり前が当たり
前でなくなったときに関心が高まることから、例えば、除雪作業を対象にし
た。豪雪地域では、人々の生活を支えるのになくてはならない建設業の重要
な役割である。もちろん、除雪だけではない。災害復旧においても、インフ
ラを支える建設業に対する感謝を投稿している人々は確実にいる。
 実験的にではあるが、「除雪 ありがとう」で検索し、「いいね」や「リツイート(現リポスト)」をするためだけのアカウント(https:
//twitter.com/hunting39)を作成した。アカウントそのものの影響力は取るに足らないものであるが、毎日のように誰かが誰かに感謝している様子を見ることで、私自身、なんだか嬉しくなってきたのである(一般の人々による投稿例を下に示す)。

出典:https://x.com/eu34Rk4K9EN9LLO/status/1627796895333748738?s=20
出典:https://x.com/mshome_guest/status/1620946287490404352?s=20
出典:https://x.com/namitaro128/status/1618169929991352320?s=20
出典:https://x.com/tomomum/status/1681746162494353409?s=20
出典:https://x.com/wl_nakatsu/status/1680241591230017537?s=20

          *  *
 現場の除雪作業に携わる業者に対してかかってくる電話のほとんどが、クレームだという。SNSにも心無い投稿は多く、それが見えやすくもなってしまった。もちろん、建設的な批判については真摯に反省・改善が必要なこともあろう。ただ、どこの誰かも分からない、事情も知らないような投稿やクレームに心を砕かれてばかりいる必要もないのではないか。
 表明される感謝の声が多くはなかろうとも、それがたとえエコーチェンバーといわれようが、感謝の声を都合よくエゴサし抽出することもできる。そのような小さな幸せの積み重ねが、誇りを持って働くことにつながるのではないだろうか。
 見えにくくはあるが、そこには確かに、建設業への「ありがとう」は存在している。


[全建ジャーナル2023.11月号掲載]

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