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関東大震災100年 教訓を後世に
建設ジャーナリスト 山口 光
9月1日で関東大震災から100年の節目を迎えた。関東地域では今後30年以内に70%の確率で直下型地震の発生が予想される。国や都県は先進技術などを活用し、地震や風水害に対応するため予算を振り向けている。過去の震災で得られた教訓や課題を後世に伝え、想定外のリスクに備えながら強靱な国土を造っていくことは今を生きるわれわれに課せられた使命でもある。社会資本整備の担い手であり災害時には地域の守り手として活躍する建設業にかかる期待も大きい。今後の防災・減災、国土強靱化対策の展望をまとめた。
TOKYO 強靱化プロジェクト始動
東京都が昨年5月、10年ぶりに見直した首都直下地震などによる想定被害規模は、都心南部を震源とする地震(マグニチュード7.3)が発生した場合、都内の建物被害は約19万棟、死者は約6000人に上る。
被害想定の見直し理由について、小池百合子知事は社会環境の変化への対応を挙げた。気候変動の影響とみられる風水害が頻発・激甚化している。
高齢化が加速し単身世帯も増加。スマートフォンのような新たな通信ツールも普及した。
新たな被害想定の公表と同時にトップダウンで立ち上げたのが「都市強靱化プロジェクト推進会議」だ。副知事や局長など都庁幹部で構成。地震だけでなく、風水害などを含めた災害に今後どう対応すべきか、長期的な視点で議論した。そこで取りまとめたのが「TOKYO 強靱化プロジェクト」。2040年代を目標に東京の防災対策をレベルアップする。
強靱化プロジェクトの総事業費は15兆円で、このうち今後10年間で6兆円を投じる。23年度予算案では7397億円を計上。地震のほか風水害、噴火などへの対策に重点配分した。
地震対策では1981~2000年に新耐震基準で建築された木造住宅の耐震化を推し進める。被害想定を取りまとめた学識者は「00年の耐震基準を満たせば、亡くなる人を8割減らすことができる」と見ている。
発災時、ターミナル駅周辺では帰宅困難者の一時滞在施設の不足が予想される。公開空地や駅構内を柔軟活用するエリアマネジメント団体を支援し、帰宅困難者の保護促進につなげる。
気候変動で避けて通れないのが海面上昇だ。2100年までに最大約60センチの上昇が予想される。東京港にある防潮堤に優先順位を付け、長期的な視点で段階的に高さを引き上げる。
頻発・激甚化する風水害にも対応する。荒川や江戸川などにある既存堤防の決壊を想定し、高規格堤防の整備を促進するとともに高台まちづくりを加速。堤防建設とセットで実施する区画整理事業では、国による支援がより得られるよう引き続き協議する。
都は強靱化プロジェクトを継続的に進めるため、3000億円規模の「東京強靱化推進基金」を設置した。国に対して財源の配分も求める。
強靱化プロジェクトの効果を高めるためには都民一人一人の防災意識向上が欠かせない。都は区市町村による地域コミュニティーの自助・共助を促進する取り組みのサポートなどを推進する予定だが、どこまで施策の実効性を高められるか、都の手腕が問われている。
長周期地震動、津波対策で知恵絞る
東日本大震災でクローズアップされた長周期地震動。東京都内では多くの高層ビルが被害を受けた。国民の生命と財産を守るため、気象庁は緊急地震速報の発表基準に「長周期地震動階級」を追加し運用を開始。首都直下地震などの被害想定を公表した東京都は津波の規模を迅速に検知するシステムの開発に乗り出す。時間の経過とともに薄れがちな防災意識を喚起するため、関係機関が知恵を絞る。
緊急地震速報は従来、最大震度5弱以上を予想した場合、震度4以上が想定される地域に発信していた。都市部に林立する高層ビルは、長周期地震動の影響で家具の転倒事故などが発生。震源地から遠く離れた大阪市内でもエレベーターのロープが損傷した。
長周期地震動の揺れは震源から予測点までの距離と時間によって割り出す。免震構造を採用した高層建物は「影響を受けやすい」と指摘する気象
庁は、震度5弱以上の地震が発生しても「人がビルの揺れ方をイメージするのは難しい」と判断。
長周期地震動の被害予測を迅速に伝えるため、緊急地震速報の発表基準に同階級を追加し、2月1日に運用を開始した。
同階級は四つに分類され、人が立っていられない「極めて大きな揺れ」を階級4と位置付ける。階級3の「非常に大きな揺れ」を予想した時点で緊急地震速報を発信する。対象は全国200地域、うち東京は特別区、多摩東部と西部の3地域。国民が混乱せずに最小限の情報を提供するため、震度と階級を区別せずに速報を流す。気象庁は「事前防災を意識するきっかけにしてほしい」と呼び掛ける。
南海トラフ地震などで甚大な被害を与えかねない津波への対策も急務だ。都が2022年5月に見直した被害想定によると、海溝型地震の影響で区部は最大約2~2.6メートルの津波を予想。島しょ部は式根島の約28メートルが最も高く、地震発生から約14分で到達すると読む。
都は23年度から東京都立大学大学院と共同で、津波の高さや到達時間を予測する検知システムの開発を進める。津波発生時は音波が海上を伝い、海水に含まれる電荷(電気の量)の影響で磁場が生じる。これらの物理現象を島や沿岸部に設置したセンサーで捉える。
研究・開発に携わる都立大大学院の関係者は「震源地による」と前置きした上で、「気象庁の津波発生検知法と比較して数分から数十分早く予測できる」と試算する。ただ気象予報を直接、住民へ提供するには気象庁長官の許可が必要だ。都は予測結果を短時間で提供するため、各自治体への周知方法も探る。
都民や国民が具体的な発生源と津波の規模を事前把握できる検知システム。最先端の学術成果として「大きな転換を生む」(関係者)可能性が期待
される。
対策は道半ば、国土の持続性確保へ
3 年目を迎えている国の「防災・減災、国土強靱化のための5か年加速化対策」。政府は昨年12 月に成立した2022 年度第2次補正予算で5か年加速化対策関連に1兆5341億円を計上。3 カ年累計の国費は5 兆円の大台を突破した。
加速化対策は風水害や大規模地震の対策が大部分を占め、予算のおよそ4分の3に相当する。
22年度第2次補正予算の加速化対策関連のうち、中核を担う国土交通省分は1兆2123億円。流域治水、津波対策、建築物の耐震化、高規格道路のミッシングリンク解消、インフラ老朽化対策などに取り組む。3Dモデルの構築をはじめICTを活用した防災対策を高度化する費用も計上してある。
関東甲信1都8県を所管する国交省関東地方整備局の22 年度第2 次補正予算配分額は3274 億円で、うち加速化対策の事業費は2937億円余り。
対策3年目の予算は「前年度並みの規模を確保」(幹部)した。補正予算配分額の内訳は直轄事業が約704億円、補助事業が約2233億円。直轄は19
年台風19 号で甚大な水害が起きた4 水系(那珂川、久慈川、多摩川、入間川)の緊急治水対策プロジェクトなどを行う。
1都8県の23年度予算は、知事選が行われたため骨格編成となった山梨県を除くと、普通建設事業費などの投資的経費が前年度を下回ったのは栃木県だけ。庁舎整備の出費が目立った前年度の反動減で、同県は河川改良復旧事業費などを増やした。補助・直轄事業の公共事業費は前年度比6.3%増、県単公共事業費は3.8%増となっている。同事業費は防災インフラの整備などに伴って茨城県も2.4%増となる。
神奈川県は地震災害対策などに1000億円超、風水害対策に600億円超を投じる。千葉県は県土整備部の河川・海岸・砂防事業に284億円、埼玉県は埼玉版流域治水対策に124億円を計上した。
当面新規の県有施設を建設しないことを原則としている長野県であっても自然災害の頻発・激甚化を踏まえ、防災・減災事業に重点を置いて予算を編成。群馬県は災害レジリエンスNO.1の実現として防災インフラの整備・避難のサポートに285億円を確保した。
「国の12月補正予算の成立前から補正予算を手当てし、迅速に対応できるようにしている都県がある。早期執行の意識も高まっている」。関東整備局のある幹部は加速化対策や防災・減災に前向きな都県の姿勢をそう捉えている。その上で「加速化対策は5年で終わるものではなく、中長期で取り組む必要がある」と指摘する。
首都圏では、7月28日に閣議決定した国土形成計画(全国計画)に基づく首都圏広域地方計画の検討を関東整備局が進めている。基本コンセプトの一つに挙がったのは「巨大自然災害リスクに対する持続性の確保」。災害への備えはまだまだ続く。
国土強靱化アフター5 か年が法制化
国を挙げて自然災害に強い国土造りを推進する体制も一段と充実しつつある。今年の通常国会では議員立法の改正国土強靱化基本法が成立した。
改正法では国の「防災・減災、国土強靱化のための5か年加速化対策」(2021~25年度)の後継となる計画策定を法制化し、中長期にわたり事業を進める基盤を構築する。全国で激甚な自然災害が頻発し、巨大地震の切迫性も高まっている中、国民の生命や財産を守り続けるためには、国土強靱化の取り組みが欠かせない。公共投資を確保し事業の予見性を高めるという点、建設産業に与える影響も大きい。
国土強靱化基本法は東日本大震災を教訓に2013年12月に制定された。政府は激甚な豪雨災害や地震の多発を踏まえ「防災・減災、国土強靱化のための3か年緊急対策」(2018~20年度)や5か年加速化対策を展開。一連の対策は、災害時に被害を防止・軽減するなど、ストック効果を発現している。
内閣官房国土強靱化推進室によると、5月に石川県能登地方で最大震度6 強の地震が発生した際、3か年緊急対策で耐震補強した道路橋が被害を免れたという。6~7月の梅雨期に各地で相次いだ豪雨災害の被害も抑制。3か年緊急対策や5か年加速化対策により各地で集中実施してきた河川の河道掘削や堤防、砂防施設、農業用ため池、のり面などのインフラ整備が被害を防止または軽減した。
河道掘削の場合、3か年緊急対策や5か年加速化対策、再度災害防止対策によって全国で約8960万立方メートルを掘削した。その効果として過去に大規模な浸水被害をもたらした降雨と今年6~7月の大雨で発生した浸水戸数を比べたところ、6月に大雨が降った庄内川水系土岐川(愛知、岐阜両県)は11年9月の洪水比約99%減の2戸、大和川水系大和川(奈良県、大阪府)は17年10月比約83%減の43戸、7月に大雨が降った筑後川水系花月川(大分県)は12年7月比約99%減の11戸、山国川水系山国川(福岡、大分両県)は12年7月比約85%減の30戸と大幅に軽減した。
公共投資に目を向けると、国の当初予算で一般公共事業費(国費ベース)は21年度以降6.1兆円で横ばいに推移。これに5か年加速化対策として前年度の補正予算で21年度分は約1.7兆円、22年度分、23年度分はそれぞれ約1.3兆円ずつ積み増した。追加分は全体の約2割に相当する。
こうした効果を踏まえ、地方自治体や建設業団体などからは、5か年加速化対策の着実な実施と後継計画の策定を求める声が根強く、それに応える形で法改正が実現した。
改正法によると、「国土強靱化基本計画」に基づいて展開する施策の「実施中期計画」を政府が策定する。同計画では計画期間や、実施する施策の内容、重要業績評価指標(KPI )を記載。このうち、5か年加速化対策の後継計画に当たる部分として、重点的に推進する施策内容を抽出し、事業規模を明示する。改正法は6月16日に公布と同時に施行した。
政府の国土強靱化推進本部(本部長・岸田文雄首相)の下部には新たな会議体「国土強靱化推進会議」(議長・小林潔司京都大学名誉教授・京都大学経営管理大学院特任教授)も設置。今後、実施中期計画案のとりまとめ作業でヒアリングしていく。
実施中期計画の法制化が実現したことによって、次の焦点は同計画の策定時期や年限、予算規模といった内容がどこまで明示されるかに移る。5か年加速化対策の後継計画の期間や規模は未定。5年15兆円という現行フレームの維持が最低ラインとの見方もあるが、資機材価格の高騰などを踏まえると、同規模を確保しても、実質的に事業に使用できる予算は減ってしまうため、規模拡大は不可欠といえる。
5か年加速化対策は官民合わせた総事業費で約15兆円、国費で7兆円台半ばに上る。7月20日に東京都内で開かれた国土強靱化推進会議の初会合で提示された5か年加速化対策」の3年目(23年度)までの進行状況によると、事業費ベースで全体3分の2に当たる9.9兆円が予算措置されたとした。そのため、法改正を先導した自民党の佐藤信秋参院議員は国土強靱化対策の着実な実施が求められる。自民党の佐藤信秋参院議員は5か年加速化対策の最終年度を1年前倒しし、25年度に当初予算で後継の実施中期計画をスタートするよう提唱。同対策以上の年限や事業費を確保する必要性も訴える。
強靱化対策を適切に執行するためにも、担い手となる建設産業の発展が欠かせない。改正法成立を受け、全国建設業協会(全建)の奥村太加典会長は「近年の気候変動により災害が頻発化・激甚化している中、この法改正により安心・安全な国民生活を守るための防災・減災対策が大きく進展することが期待されます。全建と47都道府県建設業協会は、会員企業が有する充分な施工能力を活かし、事業の執行に万全を期す」とのコメントを発表した。
十分な事業量の見通しに基づき、建設産業界側も計画的に雇用や設備投資を行って足腰を鍛え、事業を推進。得た利益を人材や設備への投資に再び回していくという好循環の創出が、持続可能な建設産業の実現にも結びついていくはずだ。
関東大震災の教訓を後世に
今年は関東大震災100年にちなんだイベントが各地で相次ぎ開かれている。
内容は震災の教訓を後世に伝えるセミナーや復興事業で建設されたインフラなどを見学する観光ツアー、切迫する首都直下地震などに備え防災・減災、国土強靱化対策や街づくりの在り方を考えるものなど多種多様。その一環として8月26~28日、東京都江東区の東京臨海広域防災公園で国交省主催の「関東大震災特別企画展」が開かれた。全建や東京建設業協会(東建、今井雅則会長)、群馬県建設業協会(青柳剛会長)が過去の災害対応事例を紹介した。
かねて切迫性が指摘される首都直下地震などの大規模地震や、発生頻度や被害の範囲が年々拡大している豪雨災害など、いつ起こるか分からない災害への対策は待ったなし。災害による被害を最小限に抑え持続的な成長を実現していくためにも、引き続き公共投資の安定的・持続的な確保による事前防災対策と施工体制の確保が鍵を握りそうだ。防災・減災、国土強靱化対策に終わりはない。
[全建ジャーナル2023.9月号掲載]
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今後の参考とさせていただきます。