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天才手塚治虫が人生のどん底に人間の業を描いた短編「空気の底」倫理観のぶっ飛んだ近親相姦、人間のエゴ、愚かさををぶちまけた真の手塚ワールド炸裂

今回は手塚治虫が愛した傑作短編集「空気の底」をご紹介いたします。

本作は先生本人も
「どれも長編になり得る要素をもっている」と評しているように
物語の素晴らしさをぎゅーっと凝縮した純度の高い短編集に仕上がっております。

しかし本人お墨付きと言っても
そんじょそこらの生易しいものじゃありません。
人種差別やホームレス、倫理観のぶっ飛んだ近親相姦ものなど
人間のエゴ、愚かさををぶちまけた真の手塚ワールドがご覧いただけます。

今回はそんな
欲にまみれた人間の愚かさを描いた傑作をご紹介いたしますので
ぜひ最後までお付き合いください。


それでは本編行ってみましょう

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本作は1968年から1970年にかけて、
プレイコミックで連載されたものであります。
「空気の底」執筆当時、手塚先生は会社の経営難のドン底にあり
スランプの絶頂期と言ってもいいくらい低迷していた時期であります


その辺りの精神状態が漫画に反映されたとも言えますが
ボク個人的には
低迷といっても能力が低下したのではなく
時代のニーズが手塚作品と合わなかっただけで作品自体決して面白くなかったというわけではないと思っています。
その証拠にこの「空気の底」にはストーリーテラー手塚治虫の才能が炸裂しています。

人間の表と裏、誰もが持つ二面性を浮き彫りにした作品が多く
今見てもめちゃくちゃ面白いですし
とても50年前の作品とは思えないクオリティです。

時に合理的ではない行動をとってみたり
説明のつかない行動原理、
その愚かさこそが人間であると語りかけてくる対比描写

ちょっとした事で人生の歯車が狂いどっちに転ぶか分からない人間ドラマを描いた本作はまさに傑作といっても過言ではありません。
決して後味の良い作品ではなくどちらかと言えば後味悪いですけど(笑)
むしろキレキレに尖がった屈折した天才の一遍が見れるので
ある意味非常に良質な短編集であると言えるでしょう。



タイトルの「空気の底」とは
そんな愚かな人間たちが地上にへばりつき、
私利私欲にまみれて生きる姿を揶揄したタイトルであります

天才手塚治虫が人生のどん底に人間の業を描いた短編…
ちょっと見たくなってきましたよね

どれも秀逸な短編ではあるのですが今回は14篇ある短編の内
タイトルにもなっている「空気の底」をご紹介し
後は最後にまとめてご紹介しようと思います。

それでは短編「ふたりは空気の底に」見ていきましょう

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         -----------あらすじ------------

19XX年人類の終焉を告げる核爆発が炸裂
人類は滅びてしまいますが
その時、万博会場に展示されたユニットカプセル内にいた男女の赤ちゃんは
科学技術の粋によって作られた機械により自動で栄養を取り育てられ
そのまま成長を続けていきます。

幼児から青年へと成長し、お互い男女を意識しあうようになり
やがて2人は愛し合うようになります。

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人類が絶滅しているため
生まれてから2人しか知らない2人は愛し方さえも良くわからないけど
無限の幸せを感じ幸福感に満たされていました。

やがて2人は放射能に侵されている外の世界を意識するようになり
いつか外へ出てみたいと思うようになるんです。
今が幸せであるにも関わらず…。
そして禁断の外の世界へ向かおうとするのですが、
外を目指した二人の結末や如何に…

というストーリーになっております。



冒頭に熱帯魚の水槽にタバコを投げ入れた心無い人間と
ニコチンの溶けた水の中で徐々に呼吸を奪われて死んでいく熱帯魚が
描かれているんですが
これこそ本編の大枠のテーマを見事に象徴しています。

施設の中と外
キレイな世界汚れた世界
それらを対照的に描くことでより鮮明に
戦争によって分断された2つの世界観を表現しています

そしてキレイな世界で幸せに居た2人ではあるんですが
もっと幸せになりたいと今ある幸せでは満足できなくなるんですね。
そして自ら外の放射能の世界へ足を伸ばす…

核戦争の悲劇を起こした人間も愚かなら
次の世代でも変わらず欲望を追い求め破滅していく…

一見すると切ないラブストーリーにも見えるのですが
やっぱり人間は愚かなことを繰り返すという
手塚治虫の皮肉にも見えるんですよね。
ここら辺、どのような解釈にもできるので
見る人によって受け取り方が変わってくるとは思いますが
こうした普遍的なテーマを放り込んでくるのが
手塚短編の特徴でもありますので
ぜひご自身の目で感じ取ってみて欲しいと思います。


ちなみに本編で
愛を知るために過去の教材として
エッチなシーンの映像を見るコマがあるんですけど
そこには本物の女性の写真が使われております。
お乳もモロに出ているんでこれは当時なかなかに刺激的な代物だったと思います。
実験的とは言え手塚先生かなり攻めたアプローチですよね。
残念ながら今現在は別画像に差し替えられております。

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さぁ如何でしたでしょうか
人間の二面性そしてちょっとアダルトでダークな短編
特徴的なのは
淡々と物語が進んでいく怖さ、そして淡々と見せる暴力とエロ
死に方にも過剰な描写があないのでそれが余計に怖いし
不気味だしエロい(笑)
そんな短編がみっちり収録されている本作の
残りの作品をダイジェストでご紹介していきましょう。


1.ジョーを訪ねた男
黒人差別していた白人に黒人の内臓を移植した直球の人種差別ネタ。
人間の心の移り変わりが見事に表現された一作

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2.野郎と断崖
どんな悪人であっても罪悪感を感じ、心の奥底では清い心を持っているのではと感じさせてくれる人間らしさとはを問う秀作です

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3.グランドメサの決闘
親子と言う血のつながりのドラマ。最初は復讐劇かと思いきや…
ラストは良くも悪くもどちらとも解釈できる構成が見事

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4.うろこが崎

合理的根拠のないもの、いわゆる迷信と呼ばれる言い伝えをベースに進む物語、現代社会の問題と伝説を絡み合わせた手塚治虫の皮肉が込められております

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5.夜の声
いつもは社長で日曜日だけホームレスになる二面性を持った男のお話
お金、権力、そして女、様々なすれ違いが生む奇妙なドラマ
TV「世にも奇妙な物語」で実写化されただけあって二転三転する展開、
そして揺れ動く人間の感情描写が手塚治虫らしさ全開であります

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6.そこに穴があった
最後のコマの不気味さが頭に焼き付く不気味なオチです。
タイトルの「穴」は何のことを指しているのか。
これもじっくりと考えてみてください。

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7.カメレオン
これぞ手塚節、二転三転そして最後にドン、
人間のエゴ、愚かさを描かせたら天下一品ですねほんと…。

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8.猫の血
タイトル通り猫っぽい話なんですが真意は核戦争の悲劇を描いている社会派短編。

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9.わが谷は未知なりき
思わず息を飲んでしまうラストの展開
人間の「生きる」「種を繋いでいく」という非常に大きなテーマが背景にありどこか火の鳥を思わせる壮大さがある短編です

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10.暗い窓の女
「奇子」「ガラスの城の記録」の流れを組む性のタブーを描いた短編ですが
これらは決してエロい観点から描かれているのではなく物語の一部として
シレっと溶け込んでいる凄まじさがあります。
ヘタすると美しさすら感じてしまう妖しい愛の姿
ひとつ前の「わが谷は未知なりき」にも通づる手塚治虫お得意の
爆裂した近親相姦モノ

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11.カタストロフ・イン・ザ・ダーク
一人の女性を死を目撃したDJが放送中に現実か幻覚か分からなくなる
不思議な現象が起こるサスペンス!
現実か非現実か分からなくなる描写は手塚治虫の十八番です!

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12.電話
こちらも怪奇サスペンスもの。
女性からの電話を受けるがその女性は死んでいるという。
もう一回電話がかかってくるが果たして…

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13.ロバンナよ
こちらは別記事でご紹介しているのでぜひご覧頂きたいのですが
ロバと女体という尖がった表紙は問答無用でヤバい作品です(笑)
しかも「空気の底」という短編でありながら「空気の底」の短編じゃなく
この「ロバンナよ」が表紙ですからね
まさに手塚治虫お気に入りのド変態、人外獣エロファンタジー短編

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…というわけで全14篇みて参りました。
ジャンルの多様性そして異なる人間ドラマを
わずか数ページにまとめ上げた手塚ワールドは必見であります。

ハッピーエンドだけが物語じゃないと言わんばかりの
ダークでシニカルな手塚治虫節でありますが
どれも正解がないオチ、見る人それぞれに問いかける手塚治虫の世界
ぜひともその目で体験頂ければと思います。


そして本作は色んなバージョンで見ることができます。
最も手軽なのはキンドルでポチるのが手っ取り早く安くすみますが


おすすめはコチラです。

「空気の底オリジナル版」
これはすごいです。


こちらまず雑誌サイズのB5判で復刻されておりますので
通常単行本とは迫力が違います。
さらに連載時に毎回カラー扉がついていたものをすべて再録しておりますので、これまで見ることがなかった扉絵をしかもカラーで見ることができます。
しかも原画から印刷しているので
連載当時よりも彩色が鮮明で非常に美しい仕上がりになっている優れもの。

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そして見開きページも
手塚先生が設定した通りの流れに組み替えられている徹底ぶり。

マンガは本来、ページをめくった時の効果などを考えて描いていくんですが
単行本化の際にはタイトルページを取ったり
広告ページを削ったりして作者が本来意図して作った流れが崩れてしまうことがままあります。
それを今回は手塚先生の意図した雑誌掲載当時の正しい形で復刻!

これにより短編独特の最後のページに向かうオチの展開が見えずに
どんでん返しを味わうことができるようになっております。
これは非常に嬉しいこだわりですね。


さらに本編14篇にプラスして
「おそすぎるアイツ」
「処刑は3時におわった」
「聖女懐妊」
「嚢」

というキワモノの短編が4つも追加されております。

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『嚢』は、のちに『ブラック・ジャック』でピノコ誕生のエピソードとして採用される畸形嚢腫を扱った短編で元祖ピノコのモデル。

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そして「聖女懐妊」はヤバイですよ(笑)
これね、単なるSFファンタジーでなく
「差別」「暴力」「人権」「愛」など様々なテーマが入り組んだ
社会派ドラマなんですよね。
ご興味のある方はぜひご覧くださいませ。


…というわけで今回は「空気の底」ご紹介いたしました。


ちなみに昨日、しらうめさん
同じく「空気の底」を読書感想を配信されていました。

50年以上も前の作品作品をほぼ同日にアウトプットするって
どんなタイミングなんですかね。
ちょっとびっくりしました(笑)

ボクとは違う解説、感想を見比べてみるとより面白いと思います。
ぜひ覗いてみてくださいね


最後までご覧くださりありがとうございました。

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