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【火の鳥太陽編】(後編)書き換えられた秘密に迫る

今回は「火の鳥太陽編」の続き
改編された太陽編をお届けいたします。

手塚治虫のライフワークにして最高傑作シリーズと言われる火の鳥シリーズ
その最後となった「太陽編」を前回ご紹介しました


この「太陽編」も毎度おなじみ異常なほどの描き直しがある事でも有名な
手塚先生本人による改編がめちゃくちゃされております。

そしてその修正された内容が結構な重要な要素を含んでおりますので
今回は別記事としてその内容をお届けしようと思います。

今回参考にした書籍は
野口文雄著「手塚治虫の奇妙な資料」という本でありまして火の鳥以外にも
たくさんの改編について掲載されておりますので
興味がある方はチェックしてみてください。


それでは本編いってみましょう。

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さぁまずは改編についてですが
この太陽編は大きく分けて4回改編されております。

オリジナル版と
単行本になった際に3回修正が入っていますので計4回です。

太陽編は1986~1988年にかけて連載され
単行本版では上下巻の2冊構成になっている火の鳥で最も長い長編作です。

この太陽編がとんでもないのは
雑誌連載中でありながらが「太陽編下巻」が発売され
連載より先に単行本にて結末がわかってしまうという
超フライングな事態が発生します(笑)

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(角川の刊行リストを見ると1988年の連載終了前の年末に発売されている)


これによってもちろん最終回のオチを書き換えた手塚先生。

どちらのオチが真意なのかわかりませんが
とにかく書き換えで有名な手塚先生がそのままで済ます訳がありません。

それだけでなく本作は
カットされたページ数だけでも約100ページ以上という異常事態が発生。
加えて追加されたものもあるので世間の変態手塚オタク共でもすべてを
把握するのは不可能と言えるとんでもないことになりました(笑)

ということで
複雑怪奇な事になってしまっている太陽編の書き換え考察を行うにしても
あまりにも膨大すぎて比較検証もできませんし
参考資料もたくさんあって、とてもすべて拾いきれません。
如何に凄まじいことになってしまったのかだけでもご理解ください。


火の鳥出現シーン

まずは
滅多に出てこない火の鳥の出現ですが
単行本版では大幅にカットされています。
単行本版ではほぼ何も語らない火の鳥ですが
カットされたオリジナルではめちゃくちゃ喋ります(笑)
(カットされているシーンは動画でご覧ください)


未来パートでヨドミが復活するシーンは
単行本ではわずか2ページとなっていますが
オリジナルでは何ページにも渡って火の鳥が喋り散らかしています。

火の鳥曰く
おろかな人間に失望し

「長い長い間、人間の目覚めを待っていた」

「人間が宇宙に飛び立ったとき、その目覚めのチャンスが来たと思った。」

「人間が地球を遠くから眺めて自分たちが地球の上の生命をどんなに疎かにしてきたか悟ると信じたのです」

…と。

どうやら火の鳥は愚かな人間に対し
その愚かさに気づいてもらう機会をずっと待っていたようなんですね。
そしてついにその時がやってきたのだと…。
だから宇宙船に入って人間に直接語りかけています。


「もしあなたがたに叡智があるならあの星を大切に使うことです。
地球も生きているのですから…」


「その事を世界中の人間たちに伝えてください。」

…と、地球人たちに告げるのですが

まんまと裏切られるわけです。

この火の鳥の目つき、めちゃくちゃ怒ってます(笑)
(画像は動画内で)
地球人たちは火の鳥の忠告も何も聞かず
それを広めるという名目で宗教を作ってしまうんですね。


それを聞いてスグルは火の鳥に

「あんたが許すからあいつらがのぼせ上ってこんなことになった」
「あんたの責任だ」

「なんとかしてくれ」

「光教団を抹殺しておれたちを地上へ返してくれ」
「もとの世界へ戻すことくらいあんたならなんとかできるだろ」

と火の鳥に詰め寄ります
スグルもなかなかに無茶苦茶な理論をぶちまけていますけど
火の鳥は

「それはあなたがた人間が解決なさい」とあっさり断ります(笑)

「なんで何も力を貸してくれないのか?」
と必死に詰め寄るスグルに


「宗教などというものは
人間がつくったものだからです。
それを作るのも消すのも人間の心しだいです」


と会話の途中でありながら消え去ってゆくというシーンなんですが

これらがバッサリカットされています。


本書(「手塚治虫の奇妙な資料」)の考察では
「我関せずとまどろんでいる存在の火の鳥がゴチャゴチャと人間に関与している様が後で手塚先生が恥ずかしくなってカットしたのでは」と結論づけていますがどうなんでしょうね。

確かに説明っぽいって気もしますが
ボク個人的には、カットされたシーンはあっても良かったのではと思います。(ちょっと喋りすぎな気もしますが)
うーん、ここら辺のサジ加減は難しい。
でもこのシーンがあることで、より火の鳥の狙いがはっきりしてしまうので
その狙いをあえて語らないようにしたかったのかも知れません。
やはり手塚先生もちょっと喋りすぎたかなって思ったのが正しい見方なのかも知れませんね。

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続いて影の指導者である「おやじ」
その素性は「光」の大教祖の大友の叔父と甥の関係にあるとだけ語られていますが改編前のオリジナルでは

火の鳥が戦争で死んだスグルの姿を借りて
「おやじ」の前に突然幽霊のように現れ「おやじ」のことを
「猿田」と呼び掛けています。

そしてその素性を
あのお茶の水博士の弟だと暴露しているんです。
さらにアニキであるお茶の水博士とめちゃくちゃ仲が悪かったと
これまた超絶個人情報も暴露しちゃいます。

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いつか兄のお茶の水博士を引きずり降ろして
自分がその地位を狙っているという心の内を暴かれ
「これ以上あなたと話してもムダ」とコスプレドSぶり炸裂しております。

そして「光」と「影」の争いは元々は宗教戦争などではなく
単なる「叔父と甥の個人的な権力争い」だったことも暴きます。

これは驚きです。

実は壮大な宗教戦争が身内のケンカが発端だった。
という設定はさすがに薄っぺらくなると思ったのか
これはカットされています。

何よりあのお茶の水博士の弟が猿田だったっていう設定
否応なしに火の鳥の続編「現代編」「アトム編」を想像してしまうのがファン心理ですよね。

でもカットしたのはやはり「現時点では違う」と思ったのか
まだ隠しておきたかったのか、時代設定に歪が生じてしまうのか
本当のところは推測するしかないのですが
単行本版でカットされたのは、
現状ではその構想から外したと考えるのが妥当でしょう。

結果この一連の流れは
影の勝利を報告する部下と
おやじが電話で話すだけというシーンに変更されているのですが…

やはりこのシーンにおいてはカットされたにも関わらず
ファンの間では闇に葬ることはできず、
後々まで様々な憶測が飛び交う火の鳥の謎のひとつとなっております。

カットされたとは言え手塚先生の死後も憶測が散らかりすぎて
「再生編」やら「アトム編」やら
「大地編」「現代編」など、色んな構想が飛び交っておりますが
どこまでが先生の構想だったのか
もはや誰も知り得ない領域になっています。

これぞまさに
手塚先生のとんでもない置き土産になってしまったというわけですね。


ラストシーン


続いては
ラストでヨドミが原型を留めないほどのグチャグチャに破壊されるシーン
その灰は狼になって走り去り、狗族に戻った二人の霊が死後の世界で光の向こうへ消えていくラストシーンでありますが

実はオリジナルでは
物語の半ばを過ぎた時点で一度このシーンが登場しているんです。

そこで火の鳥が二人の霊に狗族の生まれ変わりであることを告げて
宗教の乱れで宗教に堕ちた人間たちを正しく導くように諭し
そして物語はまたハリマと狗族の娘だった時の話に戻っていくという展開になっております。

つまりヨドミの虐殺、変身、そしてスグルの霊との出会いの場面は連載時にはラストと併せて2回出てきているんです。

この理由として連載時は毎回山場を作らなければいけないという過程の中で
ラストシーンを途中で描いてしまったそうなんですけど
なんじゃそらって感じですね。(笑)

だから単行本版ではそれをカットしてあると。


本当のところは分かりませんけど
裏を返せば手塚先生は単行本ではしっかり読んで欲しいという想いで
加筆修正を行っているとも取れます。
雑誌に掲載された作品を単行本化するとき、徹底した描き直しを行なうことで有名な手塚先生ならこのカットは至極当然のことでしょう。


手塚先生は単行本での読者を特に大切にしておられ火の鳥以外でも
ほぼすべての作品で手を加えることでも有名な作家です。
(下記過去記事参考に)


時には大幅な書き直し、物語やキャラの名前すら変えてしまうこともあるくらい完全な形での出版にこだわっています。
(というか異常なくらい執着している)

少しでも完成度を高めるために初版であれ再販であれどんな形であれ容赦なく修正しますからね。
これは火の鳥に限った話ではなくデビューの頃から変わらぬ姿勢であり手塚ファンの中ではもはやおなじみの光景です

しかしながらこれらの修正は手塚先生の自己満足、主観であり必ずしも作品のクオリティが上がるわけではないという事をファンとして付け加えておきます(笑)


例に漏れず様々な改編、修正を加えた太陽編でありますが事実上この太陽編が火の鳥の最後のエピソードになってしまいました。

先ほどもちらっと触れましたが
この後、手塚先生が描き切れなかったものとして

第二次世界大戦前夜を舞台に構想していた「大地編」
タイトルだけ決まっていた「再生編」
2000年前後を描こうとしていた「現代編」「アトム編」

など、もはや噂話だけが一人歩きしてしまい何が本当の事なのか誰も知る由もないわけですが、手塚先生の死後、今日までも多くの人々に語り継がれているのはこれからも絶対に訪れることのない「火の鳥の終わり」を夢見てしまうからではないでしょうか。

これはある意味では
永遠に終わりのこない作品だからこその宿命なのかもしれません。

読者それぞれの想いを乗せた手塚治虫の最高傑作の火の鳥シリーズ
ぜひみなさんもお手に取り
それぞれの想いを馳せてみてください。

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というわけで今回は火の鳥太陽編の改編についてご紹介いたしました。

おすすめとしてこちらもご紹介しておきます。

編集大好きな手塚先生の前と後が非常によくわかる貴重な1冊です。
手塚治虫ファンでなくても漫画家の仕事の一端を垣間見れる資料ですので
漫画好きな方であればだれでも楽しめる1冊だと思いますのでぜひチェックしてみてください。

今回ご紹介した「太陽編」はこちら。



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