手塚治虫が人生のドン底で描いた傑作エピソード全編公開!「ブラック・ジャック ミッシング・ピーシズ」解説
今回は「ブラックジャックミッシングピース」のご紹介です。
2023年11月20日に発売された「ブラックジャック」の失われた断片を集めた
未公開原画集の現物を手に入れましたので
早速レビューしていきたいと思います。
それでは本編行ってみましょう。
まず初っ端の第1話「医者はどこだ!」原画
これは見事!のっけから素晴らしい。
紙質がとんでもなく良くてまさに複製原画の有様です。
原稿の質感がそのまま浮き彫りになっているかのような高品質な印刷技術はマジで圧巻。
これ現物見ないと伝わり切らないと思うんですけど
めちゃくちゃキレイな印刷技術です。
以前に復刊ドットコムから発売されていた「漫画原稿再生叢書」のような風体で原稿を印刷するのではなく、実際の原稿用紙を写真で撮ったような印刷技術はちょっと震えます。
上手く説明できないんですけど原稿の風合いの再現性がマジでビビります。
手塚先生のペンの筆圧がくっきりと見て取れ、
これぞまさに生原稿が目の前にあるといっても過言ではない出来になっています。下記、火の鳥の生原稿レビュー記事参考ください。
おそらくこの印刷の特殊技術のためだけにこの本の値段が上がった部分はあると思われますが「漫画原稿再生叢書」の時は27500円と超高額で神棚に飾っておくレベルの品でおいそれと出し入れできませんでしたが
これは4950円で手元に置いておけると考えるとかなり割安かなと思います。
しかもあの「ブラックジャック」の第一話が全ページ収録されていますからね。これは間違いなく貴重です。
この第一話は「ブラックジャック」のただのエピソードのひとつではないですから…。
一応補足しておきますと、、
当時手塚先生は大スランプのドン底中のドン底で何を描いてもダメ。
大ベテランになってなお、出版社に持ち込みしていたほど世間からは全く期待されていない作家でした。
さらには、ブラックジャックの連載が始まる9日前には虫プロが倒産するなど廻りが「手塚はもうダメだと」騒ぎ出し新聞紙面でも取り上げられ
まさに地獄のような状況の中で飛び出したのがこの第一話であります。
誰もが予想し得ない圧倒的復活劇!
息の根を止められそうになってもひたすらに漫画を描いてきた執念が
ここで炸裂!そんな地獄のドン底にあった手塚治虫の息遣いが味わえる作品がこの第一話なのであります。
ファンなら間違いなく見ておきたい資料だし
ファンでなくてもマンガ好きなら日本漫画界最高峰に位置する作品の産声を目に焼き付けて欲しいと思います。
続いて第55話「ストラディバリウス」。
こちらは雑誌版と単行本版が比較掲載されております。
改めて読み比べてみることで、60ページから62ページまでが付け加えられているのが分かります。
追加されたシーンは飛行機の中に置いてきた手術道具を吹雪の中で取りに行くシーンなのですが、このシーンがあることで患者のためにベストを尽くすブラックジャックの姿と
「大事なものはいつも身から離さないことですて…」という患者の言葉がリンクして物語に明らかに厚みが出ている見事な改編と言えます。
振り返ってみてもこの吹雪の中のシーンは自分が子供の頃に読んだ記憶にも印象的に残っているので非常に効果的なシーンとして追加になっているなと感じます。
わざわざ直さなくてもいいのに、それを何の違和感もなく改編しアップデートしてくる手塚治虫の恐ろしさ。
改めてド変態の仕事を見せつけられました。
まぁこんな事ばっかりやってたらそりゃあ締め切りに遅れますわな(笑)
続く第67話「緑柱石(その1)」/第67話「緑柱石(その2)」
これは2つのエピソードに大幅に再編集を施して後に「ふたりのピノコ」として改題されました。
これも改編した方がすっきりとしてドラマ性も強く劇的なストーリーになったことが分かります。
雑誌版ではブラックジャックが苦虫を噛む有名なシーンが最終コマになっているんですが編集版ではこの後の続きが描かれておりブラックジャックの心情も垣間見れるように変更されています。この辺り、手塚先生も思うところがあったんで書き加えたものと思われます。こちらも見事な改編。
続いて、第101話「侵略者」
こちらは「ブラクジャック大解剖」に掲載されたものと同じものが掲載されております。
ただ、、1コマだけ違います。
1コマだけという超絶マニアックページですがこれは購入者だけの優越としてしまっておきましょう。
続く
第104話「ピノコ西へいく」
第143話「空からきた子ども」
第145話「霊のいる風景」
この3作品については雑誌版の掲載があってその後に単行本版の改編されたところが共に掲載されております。
どれも僅な違いなので、どうしてもこれが見たかったというものではありません。
あくまでも「なんで手塚先生ってこんな編集するんだ?」というような
構成に着目するような差分なので物語の大筋を変えるようなものではないので素人には全く興味のない、というより間違いなくどうでもいいレベルの非常にマニアックな資料という感じです。
ただ同じ差分でも次の第227話「刻印」
ここは是非、解説が欲しかった。
なんといっても「刻印」の原型は皆さんご存じ第28話「指」でありまして
「指」はこれまで一度も単行本化されていない伝説の未収録作品の一角として君臨しているエピソードです。
このエピソードは色んな意味で曰く付きでありまして、
まずブラックジャックの少年時代が明確な形で登場した初のエピソードにも関わらず単行本にも掲載を見送られました。
その後、第28話から遥かな期間を経て、なぜか第227話にてタイトルを「刻印」と変えて復活します。
そして登場人物のロックの性格が180度変わるくらいに変更されるという恐ろしい改編が施されています。
さらにその「刻印」の原稿が大本である第28話「指」の生原稿を切り貼りして使われたため、
第28話「指」の生原稿はこの世に存在しなくなるという事態になります。
ですから未収録の中でも原本がすでに存在しないマジもんの未収録作ですから完全永久未収録作品として有名な、その「指」の原稿が
シレ~っと1ページだけ掲載されています。
しかも何の説明もなしに。
おい!
雑すぎるやろ。
もうちょっと何かしてくれよ。
コメントくれよ、コメント。
寂しすぎるわ。
どうでもいいレベルの差分なのでいいちゃあいいんですけど
先に解説したように他のエピソードと格が違うんですよ。格が!
他の差分と一緒にしてもらっちゃあ困ります。
往年のファンにとっては「コメントの一行二行揃えてくれよ」って感じでした。マジで。
続いて
第232話「虚像」
こちらは製作途中原稿が全編公開されています。
過去にも「ブラックジャックトレジャーブック」や「ブラックジャック大解剖」にも掲載されているので公開自体は決して珍しいものではありませんが
掲載バージョンと途中原稿が並んで掲載されているので比較して見て取れるのでより創作過程が楽します。
マンガを読むには全く適していませんが
おそらくこんな本を買う輩が「虚像」を読んでない訳が無いので
これはこれで楽しんでいただければよいかと思います。
最後に
最終話「人生という名のSL」
こちらも雑誌版の(差分)と下描き原稿が掲載されておりましたが
正直興奮するレベルのものではありませんでした。
最終回と謳っておきながら手塚先生はこの後に何話か書いておりますが
区切りとしては最終話なのでその時に手塚先生の心境が垣間見れるものが、出てくるかなとちょっと期待していたんですけど
それに値するものではなかったですね。
これはあくまでもボク個人の感情ですので
個人的な感想でいうと、ちょっと期待外れかなという感じでした。
あとはアーカイブがちょろちょろとありまして
最後に濱田髙志さんによる解題を持って本書は締めくくられております。
総合するとブラックジャックファンにとってはアリだと思います。
作品の裏側や創作に関する資料的なものが好きな方にもアリだと思います。
ただ、マンガを読みたい、新しいものを見たいというだけの方には
価格的に見ても少しハードルが高いので止めておいた方が賢明です。
というわけで今回は
「ブラックジャックミッシングピース」のご紹介でした。
「ブラックジャック」は
生と死という手塚治虫のテーマが最もストレートに現れた作品といっても過言ではない大名作。
時代が移り変わっても
世代を超え読まれ続けているのは
一生変わることのない命の尊厳を扱った漫画であるからだと思います。
今年は「ブラックジャック誕生50周年」の年でありますから振り返りも兼ねてレジェンドマンガに触れてみて欲しいと思います。
未収録掲載作品集