二十歳のころ 第五十二章
冬を味わいたかった。僕は夏を求めて四ヶ月間旅をしていた。パースから赤道により近いダーウィンに移動をし、そして赤道上を航海し、バリ島へ。熱に帯びた僕の体と心はきりりと頬がひきしまる冬を求めていたのかもしれない。冬の寒さ。それは僕の過ごしていた長野の大学生活の素朴な暮らし。気心知れた仲間。長野での暮らしを思い出し、少しでも環境を近づけたいと願っていたのかもしれない。オークランドに到着し、空港を出ると外気は冷たい。僕はどこか懐かしさを感じ、頬を緩めた。
オークランドの空港からシティの中心にある観光案内所へリムジンバスで向かう。観光案内所に到着すると僕は案内所の受付の方にバックパッカーが利用するユースホステルやバックパッカーズ等安い宿泊施設は近くにないかと尋ねた。受付の方は観光案内所の近くにバックパッカーズがあると言い一枚の観光案内地図を僕に渡した。
僕は地図を貰い、観光案内所を出て、バックパックを背負って表通りを歩いている。すると日本の修学旅行の団体と遭遇した。僕の勘からすると大学生ではなく高校生だろう。僕と修学旅行の高校生の視線が交わる。その高校生の一団は皆小奇麗でファッショナブルに僕の瞳には映った。それに引き換え僕は冬なのに丈が膝までしかないジーンズ。赤いセーター。くたびれたバックパックと寝袋。同じ日本人の若者なのにお互いに声もかけることさえできない。少なくとも僕にはためらいがある。今の自分と彼らでは住んでいる世界が違いすぎると感じた。
僕は修学旅行の高校生に打ちのめされた。僕は通りをとぼとぼ歩き、路地裏にあるバックパッカーズを見つけ建物に潜り込んだ。バックパッカーズのロビーを見回すと僕と同じような各国のバックパッカーがいる。今の自分は観光地を元気に巡る短期旅行者ではなく、バックパッカーなのだということを改めて自覚した。
僕はレセプションで宿泊の予約を済ました後、ドミトリーでベッドを確保し、バックパックを置く。そして僕はバックパッカーが集まるラウンジへ向かった。話し相手となる誰かがいるかもしれない。ラウンジを見渡すと日本人のバックパッカーの男性が一人いる。僕よりもいくらか年配、つまり二十代後半もしくは三十代前半に見えた。僕は挨拶をすると彼も厭わず話しかけてきた。
「ワーホリですか?」
「ワーホリですけどオーストラリアの。」
「まだ君若いんだ。自分も昔ニュージーランドでワーホリやっていたよ。あの時はお金なくてねぇ。ヒッチハイクでニュージーランドを周っていたよ。」
「ヒッチハイクですか?それは凄い。」
「いや。金なかったからねぇ。」
「確かに僕も金ないですよ。でもなんでまたニュージーランドに?」
「ニュージーランドにはもう数えると四回来ているんですよ。」
「四回も?」
「うん。今思うとワーホリやってヒッチハイクしていた頃、あの頃が俺の青春だったような気がするよ。金がないからいろいろ考えて何とかやって凌いでいくっていうの。何回かニュージーランドに来ているけどあの頃に戻れないよ。」
「そうですか。」
「ところで表通りを歩いている修学旅行生の団体見た?」
「見ました。」
「あれって違うよなぁ。親の金でこっちに来て現地の人が買えないブランド品を買っていくの。おかしいと思うよ。現地の人絶対良くは思っていないよ。」
「そうですよね。なんかおかしいですよね。」
なかなか痛快な人だ。言いたい事を全部代弁してくれている。彼との談義はしばらく続き、修学旅行生のことは自分にはもうどうでもよくなってきた。