同和利権
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ワシは同和問題を全然知らないので、今、勉強しているんだ。これはそのノートのまとめのnoteというか。(^_^;)
詳しい人は多いと思うけど、ワシのように何も知らなかった人には、最初のとっかかりとして分かりやすいと思うnote。
同和利権とは?
同和利権とは、被差別部落の環境改善対策として、巨額の予算が計上されてきた同和対策事業に関わる活動により、同和団体が政治家・役人・暴力団と結託し、公共事業に便乗して手に入れる、巨額の利権をさす語である。
本来の意味はこうした経済活動に関する詐欺・横領などの経済犯罪として成立する行為を指すが、広義での同和利権は、教育現場への同和教材の大量販売など、犯罪としては成立しない経済的利益に関する行動や、たとえば公務員の同和枠採用や同和加配など、経済行為を伴わない広い意味での同和団体の権力拡大行動も含めることがある。
1980年代から、「北九州市土地ころがし事件」に始まり、日本同和清光会による事件、「東京パブコ脱税事件」、「モード・アバンセ事件」など同和団体幹部らの一連の不祥事件、同和行政に関わる事件は報道されてきたが、それらを総称する言葉はなかった。近年、宝島社の『同和利権の真相』シリーズを中心とした寺園敦史、一ノ宮美成、グループK21ら若手ジャーナリストの執筆活動により、それらを一括する言葉としての「同和利権」は広く知られるところとなり、やがてハンナン事件や飛鳥会事件など逮捕者を出した事件が「同和利権」を象徴するものとして語られるようになった。
政治家の資金源となっているとされることもある(部落解放同盟は対立関係にある日本共産党を除き、民主党を中心に自民党、公明党、社民党と、自由同和会は自民党と、全国人権連は共産党と友好関係を持っている)
日本共産党は、長野県御代田町で、部落解放同盟言いなりの「同和事業」が推進されており、子どもの何気ない会話も「差別事象」として行政や教育関係者に不当な圧力が加えられていたと主張している。御代田町では、2006年に同和事業担当の町職員が自殺する事件が起きている。
小池晃は辞任した民主党所属で部落解放同盟幹部の松本龍大臣の発言の『書いたら終わりだぞ』というマスコミ恫喝は、部落解放同盟のもともとの性質・性格が出たもの」と批判し、同和問題は基本的にすでに解消しており、不公正な同和対策を継続すること自体が新たな偏見を生み出すものであり、部落解放同盟による無法な利権あさりを許すわけにはいかないと指摘している
同和利権の真相 Amazonの選評から
同和利権の真相〈1〉 (宝島社文庫)
2003/8/1 寺園 敦史 (著) 一ノ宮 美成 (著) グループK21 (著)
宝島社文庫「同和利権の真相 2」 文庫 – 2004/4/1
同和利権の真相3 (宝島社文庫) 文庫 – 2004/12/28
同和利権の真相 (4) (別冊宝島Real (067)) ムック – 2005/10/1
同和利権の真相〈4〉 (宝島社文庫) 文庫 – 2006/12/1
同和と暴力団 公金をしゃぶり尽くした日本の闇人脈 (宝島SUGOI文庫) 文庫 – 2012/1/1
京都と闇社会〜古都を支配する隠微な黒幕たち (宝島SUGOI文庫) 文庫 – 2012/10/4
歴史と文化の町「京都」には別の顔がある。世界的な観光都市であるがゆえに集まる富と権力。それをめぐる暗闘の歴史だ。暴力団からフィクサー、タレント、地元財界重鎮、同和団体、伝統仏教、新興宗教教祖…「古都」の"支配者"たちが入り乱れた、隠微な権力闘争と背徳の錬金術とは?京都の裏面をえぐり出す出色のルポルタージュ。誰も書けなかった現代京都、その黒幕の系譜。
隠れたベストセラー『同和と暴力団』に続く、著者グループの最新刊! 京都ヤクザ戦争から財界の黒幕・山段芳春の履歴、京都駅前開発と同和団体崇仁協議会、西本願寺の内紛に介入した部落解放同盟、現代のタブーとなった裏千家、奇怪教団「無量寿寺」の正体、細木数子と組んだ世にも不思議なお墓商法、5代目山口組・宅見勝若頭暗殺の背景、古都のタニマチ・佐川急便・佐川清会長の錬金術、阿含宗「桐山靖雄管長」の闇……世界屈指の観光都市の水面下で起こってきた隠微な利権争い、闇社会の暗闘を描く裏面史ノンフィクション!
やはり京都!
朝田理論
朝田 善之助
生誕1902年5月25日 大日本帝国 京都府
日本の部落解放運動家、会社経営者。元部落解放同盟中央執行委員長。
朝田理論とは、部落解放同盟中央本部の第2代中央執行委員長となる朝田善之助が1956年に部落解放同盟第11回全国大会で主張しだし、翌年に組織方針として確立させた部落解放理論。朝田テーゼ、朝田ドクトリンとも呼ばれる。「不利益と不快を感じさせられたら全て差別」「差別か否かというのは被差別者しか分からない」といった、『差別』と感じた者に全ての決定権と主導権があるという考え方で、戦後に部落解放同盟が主導した部落解放運動の根底を成している。
若い頃の武勇伝 (朝田善之助『新版 差別と闘いつづけて』46-47頁)
1928年1月、地元の西田中で「あの娘すきや、ぜひ嫁にもらいたい」という知人男性の希望を受けて拉致行為に加担し、警察に連絡され、正月3日から5日間引っぱられた。このとき朝田らは、娘が母親と連れ立って風呂に行くところを集団で待ち伏せ、やってきたところを羽織を脱がせて頭からかぶせ、集団で担いで行ったが、当の娘が暴れて逃げたため未遂に終わったという。
同年、三・一五事件の後、全国水平社本部の再建にあたって、1940年まで本部幹部を務める。
「差別者をつくるのは簡単だ」朝田 善之助
若いころ朝田に師事していた東上高志によると、朝田は常々「差別者をつくるのは簡単だ」と豪語していたという。東上は朝田と共に大阪の朝日新聞社まで歩いていた時、「八百八橋」の一つである「四つ橋」にさしかかり、「東上君、あれを読んでみ」と朝田に言われた。「四つ橋」と東上が答えると、朝田は「お前、今、四つ(被差別部落民の賤称)言うて差別したやないか」と非難してみせた。
このような強引な難癖の付け方は、矢田事件における「木下挨拶状」への糾弾の際にも応用された、と東上は述べている。
矢田事件、「木下挨拶状」への糾弾はこの動画の冒頭で軽く紹介されている。動画自体、面白く20分でかなり分かるから見るべし。
ちょっと知っただけでもゲップが出そうだが・・・(;´Д`A
えせ同和
分からないところがある。 貧乏な同和と、恐喝や差別産業で裕福な同和。 恐喝の方をエセ同和というんだろうけど・・・ 恐喝も元々、同和が怖いというイメージがないと出来ないわけで・・・・ 歴史はどうなっているんだろう?
Wikiの・・説明がややっこしい。誤魔化している文か、怖くて直球で書けなかったのか?検索しても一から説明してくれるサイトや人は見つけられなかったので、一から考える。
危険かもでここから隠す。(;´Д`A
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