生き残りをかけるIntelの今後と、続く先端半導体微細化戦争
はじめに
筆者は6月に、Intelへのエールと復権を願い「半導体製造覇権争い、 そして日の丸半導体は復権できるのか?」についての記事を執筆した。筆者が退職した2012年末は、スマートフォンの台頭とIntelの10nmプロセスノードの遅延が社内の話題となっていた。その後、Intelは紆余曲折を経て現在までプレゼンスを維持してきたが、2021年にPat Gelsinger氏がCEOとして復帰し、ファウンダリ事業を強化しTSMCを追撃を目論み、さらに自社製品では9月24日にAI機能強化のモバイル向け「Core Ultra シリーズ2」(開発コードLunar Lake)搭載PCを各社が発売開始したが、同社は現在、AI対応の遅れや巨額の先行投資で経営が悪化し、2024年第二四半期には巨額の赤字に転落している。
今回は、今後Intelはどう進むのか、Intel、TSMC、そして日本のRapidusのファウンダリ各社の次世代プロセス開発の行方について考える。
一人負け状態のIntel
2012年と現在の時価総額を比較してみた。2011年からPCとスマートフォンの出荷台数が逆転し2012年はそれが決定的になった年である。ARM系プロセッサの雄であるQualcommは2012年に当時IT業界の王者Intelの時価総額を抜いた。
AMDやNVIDIAは2011年から2012年にかけてPC市場減退に伴い時価総額を大幅に落としたが、その後AMDはIntelより優れたCPUを開発しIntelからシェアを奪還したり、NVIDIAはゲーミング、HPC、AI市場で業界の中心に君臨する成長を遂げた。TSMCはApple、NVIDIA、AMD、Qualcommの製品を受託製造し、ファウンドリビジネスで世界一に君臨するようになった。
一方、Intelは2012年から時価総額は変わらず、業界に踏みとどまっているが、CPU性能や省電力性能では他社に遅れをとるようになり、Appleが独自CPUのM1を2020年に、Qualcommは2024年にSnapdragon X Elite/Plusをリリースし、PC市場に進出しIntelのシェアを奪うようになった。
また、前回の記事で書いたが、10nmプロセスノードで躓き以降、半導体微細化においてTSMCの後塵を排する状態になった。
Intel反転攻勢の躓き
前述の通り、2021年から最先端半導体製造でTSMCに追いつき、ファウンダリを自社だけではなく他社受託製造に拡大しようと5年で4つのプロセスノードを量産する「5Y4N」構想を立ち上げ、2027年にTSMCに技術的に追いつくことを目指していたが、デスクトップ向けCore Ultra シリーズ2プロセッサ(開発コードArrow Lake)をIntel 20Aプロセスノードでの製造を断念しTSMC に委託製造(3nm)に変更し、Intel 20Aプロセスノード自体をキャンセルしてIntel 18Aに集中することをアナウンスした。そのIntel 18Aは順調と伝えられているが、Broadcom社の基準に満たず委託を断念というニュースもある。
また次期PlayStationのデザインロストなどファウンダリ顧客を獲得できていない事も要因の一つであろう。
自社製品では、今年夏から13/14世代のCoreプロセッサの一部に不具合によるCPUの損傷が言われるようになったが、これの対処が不誠実でハイエンドやゲーミングユーザーの支持を失った可能性がある。筆者はIntelらしいなと感じる高飛車でなかなか非を認めてない姿勢はかつて圧倒的なシェアを誇っていた頃は通用したが、今はAMDを始めいくらでも代替が効く世の中になっており、この驕りが致命的になる事も考えられる。(Intelの掲示板にこの件の対処について述べられているが、未だにIntelは公式にリリースを出していない)
更にArrow Lake後継のアーキテクチャは2027年を待たないとならないようで、かなり今後は苦戦が予想される。
Intel の衝撃の決算結果
Intelは第一四半期に過去最高の赤字となり、第二四半期は赤字額は減少したが2四半期連続赤字となった。これに伴い、前述のプロセスノードや次期CPUアーキテクチャの開発のスキップ、一部工場建設計画の中止、開発者向けのイベントのキャンセル、大幅なリストラとコスト削減を急いでいる。さらに9月17日にファウンドリ事業部門である「Intel Foundry」を独立子会社化する予定と発表した。これはIntelが守り続けた垂直統合型の半導体ビジネスに終わりを告げる事になるかもしれない。
これらを受け米国政府は経済安全保障の観点からIntel救済を検討しており、最先端半導体製造に対して補助金を検討していたり、AMD、NVIDIAなどアメリカ企業に対しIntelのファウンダリサービスを使うよう誘導しているとも伝えられている。
また、米国投資会社、Qualcomm、ARMが投資やCPU設計部門取得を目指す動きをしており、一部は独禁法の観点で難しいと思われるが、業界再編の動きが加速する可能性も秘めており今後の動向に注目だ。
Intelの復活はあるのか
筆者は期待を込めてあると思っている。製品に関しては前述のモバイル向け「Core Ultra シリーズ2」(開発コードLunar Lake)はARM系に劣ってた電力効率を大幅に改善したブレイクスルーな製品であり、AI時代の中心になる可能性がある。
ファウンドリビジネスもIntel 20Aに固執せずスキップしてIntel 18Aにフォーカスすることは良いことであり、Intel 3も確実に立ち上がれば最先端を必要としない半導体製造の受託のチャンスが広がる。Intel 18Aが2025年に予定通り量産が始まるかが当面のチェックポイントとなる。
筆者は過去にLGA 775 Pentium4時代にIntelに入社しCore2 Duoが登場するまで、性能や発熱で有利だったAMDと圧倒的に製品的に不利な状況でいかにIntelのCPUを売るかという過酷なミッションを担当していた。
筆者はユーセージの提案はもちろん、台湾クーラーメーカーとCPUクーラーのファンおよびフィンの改良による音質の改善、当時Intel社内ではご法度だったMoDT (Mobile on Desktop :モバイル用CPUをデスクトップに転用)マザーボードの開発を台湾ODMと進めて、自作PC市場での販売やOEM PC向けの採用活動など、Core2 Duoが発売されるまで凌ぐため数々の施策を展開してシェアを死守してきた。当時これらUS本社のカウンターパートの同僚はMichelle Johnstonであったが、彼女が現在ライアント・コンピューティング事業本部 本部長兼上級副社長になったのは驚きである。
のちに、Core2 Duo発売時にブランド立ち上げに携わり、大規模イベント、キャンペーン、広告、全国の販売店員/OEMメーカー向けトレーニングを行うだけではなく、US本社とCPUやチップセットの供給とそれに合わせた台湾ODMマザーボードや周辺機器などエコシステムの供給の調整を行い、自作PC市場やOEMメーカーPCが在庫切れを起こさないようなサプライマネジメントを行なって、発売以降一気にAMDを引き離し、Intelは見事復活し、その後数年に渡って圧倒的なシェアを維持に手前味噌ながら貢献した。製品が厳しい時は、厳しい時のマーケティングや販売施策がある。
今、Intelに残っている人たちも、もっと泥臭く戦ってほしいものだ。
また、データセンター分野では本日、Intel Gaudi 3 AIアクセラレーターが発表された。これでNVIDIAが独占しているデータセンター向けAI処理に対抗できる製品ができたので、あとはどう採用してもらうかが鍵になる。
ちなみに、この製品は筆者も関わっていたIntelの黒歴史の開発コードLarrabeeと言うNVIDIAに対抗するために開発していたGPUが源流である。当時日本のゲームメーカーと開発していたが、結局使い物にならないとの結論に至り、お蔵入りとなった。それが進化しAIに利用されることは考え深いものがある。
2nmプロセスノードの先の戦い
IntelはIntel 18Aプロセスノードを来年本当に量産できれば、TSMCの2nmとほぼ並ぶことになり、自社製品や受託製品でも競争力を持つ可能性がある。すでにMicrosoftやAmazonのカスタムチップを受託しており、Amazonのチップは開発支援も行なっているとのことである。
2nm以降の戦いに関してはAppleは来年のiPhone17のチップA19はTSMC 2nmではなく3nmのN3Eを改良した第2世代N3Eで製造する可能性があるという。筆者はiPhone 15 Proを愛用しているがこれに使われているA17 ProはTSMCの3nm N3プロセスノードで製造されているが、正直失敗作で性能も電力効率もイマイチなものである。A19も3nm世代で製造されるということは、TSMCでも2nmで苦労している表れかもしれない。さらに2nm以降のA16プロセス(N2Pをリネーム)は1年程度の遅れが見込まれ2027年となる模様である。もし、IntelがIntel 18/14Aが予定通り量産できればTSMCに追いつくことができる。
一方、日本のRapidusは2027年量産を目指し2nmプロセスノードを立ち上げようとしているが、TSMC、Intel共に2nm立ち上げに苦労しており遅れが見込まれる中、Rapidusがいきなりこれらの競合と同時に量産することに懐疑的である。
経済安全保障的にも日本が80年代で失った半導体製造技術を取り戻すことは重要であるが、いきなり最先端プロセスノードに挑戦は無謀だと思うし、顧客がいないと、せっかくプロセスノードが立ち上がっても顧客なしだと今のIntelのように巨額の赤字を生む結果になるので、政府もRapidusも失敗した時のプランBを考えておくべきである。
まとめ
IntelはAI対応に遅れをとっていたが、クライアントPC向けもデータセンター向けも競争力ある製品をリリースし、次世代へのリフレッシュタイミングに問題は抱えつつも、なんとか耐え忍べる可能性が高い。またファウンダリビジネスもTSMCの3nm、2nmはまだまだ課題があり、追い付ける可能性がある。以上の事から期待をこめてIntelは復活すると筆者は考えている。
ただし、日本のマーケティング施策は間違っており、人事を含めて見直すべきである。これらのイベントや施策は逆境の中では行うべきではないし、日本のマーケティング担当者はかつて自作PCやサードウェーブやマウスコンピューターのような小規模OEMメーカーを軽視していた。これらをきっちり理解した人材をあて守りの施策をしっかりすべきである。
Rapidusのビジネス立ち上げは、無謀なチャレンジな面もあるため、パックアッププランをしっかり立てる事が成功の鍵であると考える。